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奔放なウィットと想像力の炸裂する、アルゼンチン作家の衝撃作。

文学会議

セサル・アイラ/著 、柳原孝敦/訳

1,836円(税込)

本の仕様

発売日:2015/10/30

読み仮名 ブンガクカイギ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 190ページ
ISBN 978-4-10-590121-9
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,836円

小説家でマッド・サイエンティストの〈私〉は、文学会議に出席する文豪のクローンを作製しようと企む。しかし小さな手違いから大惨事が――。奇想天外な表題作のほか「マオとレーニン」というパンク少女たちと街角で出会った〈私〉がスーパーを襲撃するまでを描く「試練」を併録。世界的名声を誇る作家による、渾身の2篇。

著者プロフィール

セサル・アイラ Aira,Cesar

1949年、アルゼンチン、コロネル・プリングレス生まれ。現代アルゼンチンを代表する作家。小説やエッセイなど、これまでに80作以上を発表。即興や奇想をふんだんに採り入れた大胆な作風が特徴で、『文学会議』収録の「試練」は『ある日、突然。』のタイトルで2002年にディエゴ・レルマンにより映画化された。翻訳家、批評家としても活躍、ブエノスアイレス大学およびロサリオ大学で教鞭を執る。フランス政府芸術文化勲章シュヴァリエ、ロジェ・カイヨワ賞等、受賞多数。2015年にはブッカー国際賞の最終候補となるなど、近年さらに評価が高まっている。ブエノスアイレス在住。

柳原孝敦 ヤナギハラ・タカアツ

1963年生まれ。東京大学准教授。著書に『ラテンアメリカ主義のレトリック』など。訳書にセサル・アイラ『わたしの物語』、エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』、ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(共訳)、エルネスト・チェ・ゲバラ『チェ・ゲバラ革命日記』など。

書評

目が点になる〈現実〉の、愛と感動

松田青子

〈フィクション〉である物語の中で、これが〈現実〉だ、これが〈完璧〉な〈現実〉なんだと、一人称の語り手に〈フィクション〉の現実性について、隙あらばいろんなかたちでしつこく念を押されると、こっちはものすごく居心地が悪い。じゃあ今これを読んでいる私の〈現実〉は一体全体何なんだろうと不安を感じはじめ、最終的には、ここはどこ? わたしはだれ? と私の〈現実〉の次元まで歪んでしまう。やめて欲しい。
 そういうたちの悪い、厄介なことを仕掛けてくる、頭のおかしな人がセサル・アイラである。以前に読んだ『わたしの物語』が相当どうかしていたので、この人の言うことは話半分で聞くことにしよう、と心に決めて読みはじめた。予想通り、今回も頭がおかしい。表題作「文学会議」で、セサル・アイラという名前の作家であり、翻訳家でもある〈マッド・サイエンティスト〉は、楽々とクローンをこの世に生み出すことができる。彼の夢は世界征服。そのために〈完璧〉なクローンを作ろうと、〈天才〉であるカルロス・フエンテスの遺伝子を自ら発明したクローン製造器に仕込んだ結果、とんでもないことが起こる。「間テクスト性」を嫌悪する彼ではあるが、「現実を作り出す、あるいは変質させるということが文学が生み出す大きな仕組みの一部なのだとすれば、『創世記』はそのマスタープラン」だと、過去に『アダムとイヴの宮廷で』という戯曲を発表している。文学会議の一環として上演されたこの戯曲の小道具である〈望外鏡〉を武器にして、アイラはカタストロフに襲われた街の人々を救う(そもそもアイラが元凶なのだが)。粗筋だけ読むと、SFというより、自己が肥大したマンガ的妄想のようである(自分は「マンガの典型的な〈マッド・サイエンティスト〉だ」と本人も認めている)。
 さらにマンガ的なことに、このアイラは、〈愛〉に悩んでいる。根源的な〈愛〉のかたちである「アダムとイヴが現実」の存在であるならば、〈愛〉も可能だと語る彼は、「私は愛することができるのか?」「本当に愛せるのか? テレビドラマみたいに? 現実のように?」と自問し、うじうじする。
 その〈愛〉を、二編目の「試練」で二人のパンク少女が〈完璧〉に証明してみせる。太りすぎの、重い抑鬱症に悩まされている少女マルシアは、「ねえ、やらない?」という身も蓋もない一言で、彼女たちに見初められる。とにかくマルシアにご執心の二人は、「恋愛の証明としては、いわば古典」である「試練」を提案し、マルシアに〈愛〉を見せつける。
 ある場所で、「これから起こることは、なにもかも愛ゆえのことだ」とパンク少女たちが高らかに宣言した瞬間、〈現実〉はその空間を支配する「パンク少女たちの系列」と、「見守る犠牲者の系列」に二分化し、またまた惨劇が幕を開ける。そして犠牲者たちは、これまでに〈フィクション〉で描かれてきた〈愛〉を知っているがゆえに、自分たちの身にこれから降りかかる悪夢を感知する。「文学会議」でも彼らは、アイラが生み出した怪物を目にしたとき、「さらに悪いことが起こるという確信の叫び」を上げる。割り振られた役割を一瞬で理解した彼らは、さくさくと死んでいく。何も知らなければ良かったのに。
 この〈現実〉は、主人公たちに都合がいい。カタストロフや天変地異さえ利用して、彼らは不可能を可能に、〈夢〉を〈現実〉に変える。その他大勢は進んでその身を犠牲にし、ある意味、共犯関係にある。そうやって彼らが一丸となって作り上げる〈現実〉は、目が点になるけれど、清々しい。ほかの誰のためでもなく、読者のためでもなく、純粋にマルシアに〈愛〉を証明するためだけに、この〈現実〉は存在しているのだと思える。それはちょっと感動的だ。〈フィクション〉の〈現実〉や〈愛〉に〈完璧〉も何もないだろうに、そもそも本当の〈現実〉にだって〈完璧〉なんてないのに、それでも〈完璧〉だと証明しなければならない強迫観念につかれた手荒い手口は、ほとんど詐欺師かヤクザに近い。そして恐ろしいことに、ロマンティックなのだ。すべての作家は〈マッド・サイエンティスト〉だと言うこともできるかもしれないけれど、そういう言葉もなんだか退屈だ。とりあえず確かなのは、私たちの〈現実〉よりもアイラの〈現実〉のほうが断然面白いということと、パンク少女たちとマルシアがこれから「やる」ということだけだ。存分にやって頂きたい。

(まつだ・あおこ 作家)
波 2015年11月号より

目次

文学会議
試練
訳者あとがき

短評

▼Matsuda Aoko 松田青子
読んでも、読んでも、どういうつもりかわからない。話半分で聞いておこうと思うのだが、気がついたら、セサル・アイラが言う〈現実〉の虜になっている。〈現実〉の〈愛〉より、〈フィクション〉の〈愛〉の方をよく知っている気がしてしまう現代の私たちは、そのせいで誰かの〈愛〉の犠牲になるしかない。〈完璧〉な〈現実〉を求めるマッド・サイエンティストが世界征服を企み、パンク少女が意中の女の子のために〈完璧〉な〈愛〉を証明してくれる〈世界〉の中では、その他大勢である私たちは、役割通りさくさくと死んでいくしかないのだ。

▼El Cultural エル・クルトゥラル誌
「文学会議」を読み終え、不思議に思う。この作品がこれだけ長い間スペインで出版されずにきたのはどうしたわけだと。逃避の技法の豊かさ、テーマと主題を好き放題に求めて回る姿勢、現実にありえない川のような世界に読者を沈めてしまう手並みのうまさ。

▼Roberto Bolano ロベルト・ボラーニョ
エキセントリックな書き手だが、アイラは今日のスペイン語作家の中で最も優れた三人、もしくは四人のうちの一人だ。

▼El Imparcial エル・インパルシアル紙
「文学会議」では現実から幻想への移行が絶妙で、著者の世界観なのか夢なのかが時折わからなくなる。コミックのようなユーモアと優しさ、ポップカルチャーの要素、そういったものが渾然一体となっている。

▼Shibata Motoyuki 柴田元幸
体験したことのない読み心地。小説はこんなに自由なものだった! 奇想天外、奇妙奇天烈なことは間違いないが、それが妙に不徹底だったり、ときどきすごく唐突に尖鋭化したり……まさに一ぺージ先は闇。だがなんと魅カ的な闇だろう。

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