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レンブラントの身震い

マーカス・デュ・ソートイ/著 、冨永星/訳

2,750円(税込)

発売日:2020/11/26

  • 書籍

あのレンブラントが「新作」を発表!? AIは創造性を獲得できるのか。

人工知能は、アートや音楽、文学、そして数学などの分野で「創造性」を発揮しつつある。何世紀も前の巨匠たちの作品を学習したAIが「新作」をつくり、数学の証明を代行するようになったいま、機械は私たちを感動させることができるのか? 『素数の音楽』で知られる数学者による知的好奇心に満ちたサイエンス・エッセイ。

目次
第一章 ラブレイス・テスト
第二章 創造性を作り出す
第三章 位置についてレディー用意ステディーゴー
第四章 現代生活の秘密、それはアルゴリズム
第五章 トップダウンからボトムアップへ
第六章 アルゴリズムの進化
第七章 数で描く
第八章 巨匠に学ぶ
第九章 数学の技量アート
第十章 数学者の望遠鏡
第十一章 音楽は、数学を奏でる過程である
第十二章 曲作りの公式
第十三章 ディープ・マセマティクス
第十四章 言葉のゲーム
第十五章 AIにお話を語らせよう
第十六章 精神の邂逅、わたしたちはなぜ創造するのか
謝辞
訳者あとがき
図版について
さらに知りたい方のために
索引

書誌情報

読み仮名 レンブラントノミブルイ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Rembrandt van Rijn/Cover Painting(bottom right)、Martin Brown/Diagrams redrawn、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 400ページ
ISBN 978-4-10-590169-1
C-CODE 0398
ジャンル ノンフィクション、科学読み物、コンピュータサイエンス
定価 2,750円

書評

「人間らしさ」の外へ

森田真生

 たとえば庭にいるカマキリやミミズの姿を見て、彼らがいつか宇宙の真理を発見する日が来ると考える人間はあまりいないだろう。私たちは、人間以外の生き物が、いつかこの世の隠された真実を暴き出す可能性があるとは思っていないのだ。にもかかわらず、自分たちにはそれができるかもしれないと信じてきた。人間は、理性という特別な力によって、やがて真理に至ることができる――この信念がなければ、近代の学問の発展もなかったであろう。
 だが、人間だけを特別視するこうした信念は、知的な機械という新たな他者の台頭によって、にわかに揺さぶられ始めている。コンピュータは人間の脳には到底扱いきれない膨大なデータを高速に処理しながら、人間とはかけ離れた方法で、様々な課題を解決していく。機械がアクセスできる潤沢なデータや、高速な計算の処理能力と比較するとき、たかが人間とその小さな脳に制約された知性を、特別視する根拠も怪しくなってくる。
 実際、近年の人工知能の進歩は目覚ましい。盤上では、チェスや将棋で機械が人間を打ち負かすようになり、最後の砦とされてきた囲碁においてさえ、機械が人間を圧倒するようになった。
 人工知能の歴史は、これまで人間にしかできないと信じられてきた多くのことが、実は機械にも実行できると証明してきたのだ。何が人間にしかできないかをはっきりさせることで、人間をその他の生き物から区別しようとしてきた近代の伝統にとって、これは由々しき事態である。
 本書の著者マーカス・デュ・ソートイは、数学者としての立場から、「創造性」こそが人間と人間でないものを決定的に分かつ能力だと信じる。だが彼は、人工知能の急速な進歩を前に、半信半疑でもある。創造性という聖域においてさえ、人間が機械に屈服する日が来るのか――これが著者が本書で「実存をかけて」追究していく主題だ。
 この本の最大の魅力は、著者の迷いと逡巡が、素直に吐露されている点にある。機械はまだ当分は人間の創造力を獲得できそうにないと安堵する瞬間もあれば、いや、機械の進歩は人間のそうした甘い予測を常に裏切ってきたではないかと、緊張を取り戻す瞬間もある。安易に結論を出すことのないまま、人工知能と創造性をめぐる最新の研究と実践の現場にみずから足を運び、そこからライブ感に溢れる思考を紡ぎ出していく。
 創造性の領域における人工知能研究の最前線を取材する本書は、数学の他にも囲碁や絵画、音楽など話題が豊富だが、数学者である著者が特に強い関心を寄せているのは、数学で機械が人間を超える日が来るかだ。
 数学においても、今後コンピュータが決定的に重要な役割を担うようになる可能性がある。何しろ、数学は難しくなりすぎてきているからだ。数学という無限の宇宙の、小さな片隅をマスターするだけでも、何年にも及ぶ修行が必要になる。さらに問題は、数学の高度な複雑化のため、他の研究者の成果を厳密に検証することが、どんどん困難になってきていることだ。
 人間が証明した定理の正しさを、人間だけの力で確かめることが難しくなってきている。数学は無限で、人間は有限なのだから、人間の脳が扱える数学だけが、数学のすべてではない。数学の新たな領野を切り開くためには、人間という限界を突破していく必要があるのかもしれない。
 詳細は本書をご覧いただくとして、将棋や囲碁の世界をコンピュータが席巻したように、数学にもまた機械の足音が忍び寄ってきている。著者はそれでも、最後まで機械に代替できない「人間らしさ」とは何かを模索する。
 だが、あらゆる生き物が織りなすこの宇宙から「人間」だけを特別な存在として切り出そうとする姿勢そのものを反省する好機を、人工知能が与えてくれているようにも思える。「前提とみなされていた思い込みを捨て」「システムの外に踏み出して」いくのが、創造性だと著者は語るが、他の生物と自分を区別する「人間らしさ」に固執する思い込みを捨て、人間と人間以外を懸命に区別しようとしてきた常識の外に踏み出していくことから始まる創造もあるのではないか。本書を読みながら、私はそんなことを考えたのである。

(もりた・まさお 独立研究者)
波 2020年12月号より
単行本刊行時掲載

関連コンテンツ

短評

▼Morita Masao 森田真生

数学は無限で、人間は有限だ。とすれば、人間の限界の外には、どんな数学が広がっているのだろうか。将棋や囲碁の世界では、コンピュータは人間を刺激する相棒となりつつあるが、やがて数学でも機械が人間の限界を突破し、数学者を驚かせる日が来るのだろうか。来るとしたら、その日は近いのか。あるいは、「数学する機械」の誕生までには、決定的にまだ何かが足りていないのか。著者は「数学する人間」としての意地にかけ、人工知能研究の最前線を取材しながら考察を重ねていく。答えの見えない問いを追うスリリングな思考の旅。


▼Philippe Sands フィリップ・サンズ[英国ペンクラブ会長]

なんと楽しく素晴らしい読書経験だろう! 著者は、複雑で恐ろしくそして美しいものや、人間であることの不思議さを、理解することがどういうことか、とても簡単に、そしてとても楽しく見せてくれます。


▼Nature ネイチャー誌

心奪われる考察。著者の結論をどう取るかはさておき、そこに至る旅は雄弁さに満ち、啓蒙的でもある。


▼Jeanette Winterson ジャネット・ウィンターソン

事実がぎっしり詰まっていて面白い。創造性という言葉の意味を疑い、人間にとっての創造の意味をめぐる従来の考えをぐらつかせる。来るAIの世界への素晴らしい旅行ガイド。

著者プロフィール

1965年ロンドン生まれ。オクスフォード大学数学研究所教授、リチャード・ドーキンスの後任として「科学啓蒙のためのシモニー教授職」も務める。英ロイヤル・ソサエティ・フェロー。多数の専門書執筆のほか、新聞・雑誌に寄稿、BBCで数学番組を監修。2001年、ロンドン数学学会が40歳以下のもっともすぐれた数学研究者に授与するバーウィック賞を受賞。初の一般書である『素数の音楽』が世界的ベストセラーに。その他の著書に『知の果てへの旅』『レンブラントの身震い』など。2010年、科学への貢献に対し大英帝国勲章が授与される。

冨永星

トミナガ・ホシ

1955年京都生まれ。京都大学理学部数理科学系卒業。翻訳家。マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』、キット・イェーツ『生と死を分ける数学』、ヘルマン・ワイル『シンメトリー』など訳書多数。

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