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この村にとどまる

マルコ・バルツァーノ/著 、関口英子/訳

2,365円(税込)

発売日:2024/01/31

  • 書籍

この美しいダム湖の底に、忘れてはいけない村の歴史が沈んでいる。

北イタリアチロル地方、ドイツ語圏の一帯はムッソリーニの台頭によりイタリア語を強制され、ヒトラーの移住政策によって村は分断された。母語を愛し、言葉の力を信じるトリーナは、地下で子どもたちにドイツ語を教え、ダム建設に反対する夫とともに生きてゆくのだが……。イタリア文学界の最高峰、ストレーガ賞の最終候補作。

書誌情報

読み仮名 コノムラニトドマル
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 (C)Anirut Thailand/Photograph、Shutterstock. Elaborazione grafica./Photograph、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-590192-9
C-CODE 0397
定価 2,365円

書評

圧倒的な空白をとらえようとする言葉たち

彩瀬まる

 イタリア北部の南チロル地方に、一風変わった景観で有名な湖がある。雄大な山々に囲まれた広い湖面からすっくと一本、古い教会の鐘楼が突き出たその湖は、七十年ほど前に二つの村を沈めて作られた貯水湖だ。現在は多くの観光客が訪れ、鐘楼を背景に笑顔で写真を撮っていく。
 物語は、湖に沈められたクロン村にかつて住んでいた一人の女性、トリーナによって語られる。いや、綴られる。この物語は初めから最後までトリーナから、この村を襲った動乱の中で生き別れとなった娘・マリカへ宛てた手紙という形式でつむがれている。出されるあてのない手紙。内容の伝達を目的としていない手紙。書かれるたびに戸棚にしまわれ、表に出ることなく堆積し、やがて失われる無数の言葉の地層を、私たちは読む。ひそやかに。読者であるという特権のもと。
 トリーナは娘に語りかける。この村に生まれた自分の半生を、ファシズムの台頭によって母語が奪われ塗り替えられた村の景色を、ナチズムの移住政策によって引き裂かれる人々を、戦争が家族に与えた痛手を。ようやく平穏が訪れたかと思いきや、押しとどめようのない横暴さで村を呑み込んだダム建設工事を。そして、そんな度重なる歴史の暴力にさらされる村に、とどまり続ける自分たちの姿を。淡々と、抑制の利いた筆致で書き続ける。それはトリーナが言葉を自分を救っているものだと信じ、支えとする人だからだ。大切な言葉。剥奪された言葉。人種を分断する符号とされた言葉。本来の美しさがかき消され、憎しみの対象として出会う言葉。
 言葉を追いかけるこの物語は、やがて言葉の無力さに突き当たる。トリーナから娘へ宛てた出されない手紙は、その象徴と言えるだろう。そもそもトリーナは、娘と生き別れになったことで家族に訪れた闇のなかの日々を「言葉でたどることなど意味のない話」と位置づけ、多くを書こうとしない。体に染みついていながら、決してお互いに口にすることのない秘密めいた悲しみ。言葉によって綴られたこの手紙、この物語は、序盤から言葉の及ばない空白を内側に秘めている。時間が経ち、村が歴史の暴力にさらされるにつれ、空白はふくらみ、手紙の宛て先との距離は広がり続ける。
 出されない手紙だけでなく、出された手紙もあった。ダムの建設工事が進むにつれ、トリーナは自身の内側から湧き上がる故郷への思い、豊かで平和な土地をダムのために犠牲にすることの野蛮さについて、怒りと混乱を紙に書き留めた。できあがった文章はダム建設の反対運動をしていた夫の手で様々な新聞社へ送られることとなった。村を襲った理不尽を率直に訴えるトリーナの言葉は人々の心を動かし、農業大臣を村へ呼び、さらにはトリーナの夫をローマ教皇と謁見させる事態まで引き起こした。しかし村から放たれた言葉に対して、村の外から送り返されるのは、同情的で親身な、言葉でしかなく、それだけでは目の前で進行する工事をとめられない。
 やがて読者は、現在の景色である貯水湖のほとりに立つことになる。村が消滅する経緯を記した案内板や資料館はあれど、やはりそれだけでは沈められた村でなにが起こったか、どんな人間がどんな心持ちで生きていたかは分からない。表面上の穏やかさを取り戻した風景に残るのは、村を呑み込んだ広大な湖にも似た、圧倒的な空白だ。
 そして驚くべきことにこの物語は、言葉の無力さ、歴史の暴力が作り出す圧倒的な空白をつぶさに書くことで、その地にあった「言葉でたどることなど意味のない」話、その場にいた者にしか分からない話、失われた物事の、膨大な質量を描き出すことに成功している。出されるあてのない手紙を読み終えた読者は、本を閉じてそれぞれの土地を見回した際、これまでけっして案内板では分からなかった、失われた物事の質量を景色のあちこちに見出すことになるだろう。言葉はときに無力だ。しかし言葉が及ばない空白を正視し、その輪郭をなぞることで、空白そのものをとらえることができるのもまた、言葉なのだ。苦しみの果ての湖畔で、この物語が結晶化させる一粒の真理に胸を打たれた。

(あやせ・まる 小説家)
波 2024年2月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Ayase Maru 彩瀬まる

私は「あなた」へ語りかける。私から生まれ、しかし私のことをなにも知らない娘の「あなた」へ。1923年の春、イタリア北部の南チロル地方に暮らす主人公・トリーナは高等学校の卒業試験の勉強をしていた。しかしファシズムの台頭が彼女から言葉と仕事を奪い、さらにはナチズムが故郷の人々を引き裂いた。動乱の中で生き別れとなった娘へ、トリーナは手紙を書き続ける。降り積もった日々の言葉はやがて、歴史の暴力が作り出す膨大な空白をもとらえていく。言葉を支えとし、同時に言葉の無力さを感じたことがある全ての人に贈りたい物語だ。


▼Q libri Qリブリ

過剰なメタファーに頼らず、出来事や状況、感情を抑制の利いた語りで紡ぎだし、読む者の心にダイレクトに響く。憎しみや痛みだけでなく、愛でさえも、叫ばずに小声でささやくのだが、だからこそ、その思いの丈がひしひしと伝わる。決してあきらめることのない、勇気ある登場人物たちの、痛みに満ちた出来事を描写することにより、権力を持つ者たちの横暴と、為政者の偽善が浮き彫りにされる。この上もなく美しく、深く、そして感動的な一冊だ。


▼Il foglio イル・フォリオ

あたかも本当に当時の村の広場や通りに立っているかのような錯覚に陥るのは、場所や表象を息づかせることのできる作家の圧倒的な描写力によるものだろう。決して偶然のなせる業ではなく、地図や現地での取材、長期にわたる綿密な史料調査など、マンゾーニの流れをくむ徹底的な下調べがその根底にあることがうかがえる。

著者プロフィール

1978年ミラノ生まれ。2010年、『息子の息子(Il figlio del figlio)』でコッラード・アルヴァーロ新人賞を受賞。2015年、『最後に来たりし者(L'ultimo arrivato)』でカンピエッロ賞、ヴォルポーニ賞、ローマ図書館賞などを受賞。2018年に発表した『この村にとどまる』で、イタリア文学界の最高峰、ストレーガ賞の最終候補に選ばれたほか、イーゾラ・デルバ賞、ドロミーティ・ユネスコ賞、ヴィアダーナ賞など国内外の多数の文学賞を受賞した。世界35か国以上で翻訳され、ドイツ・イタリア両国で20万部を超え、世界で50万部のベストセラーとなった。

関口英子

セキグチ・エイコ

埼玉県生まれ。翻訳家。訳書に、パオロ・コニェッティ『帰れない山』、カルミネ・アバーテ『風の丘』『海と山のオムレツ』、プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』、アルベルト・モラヴィア『同調者』、ベアトリーチェ・サルヴィオーニ『マルナータ 不幸を呼ぶ子』など。『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』で第1回須賀敦子翻訳賞受賞。

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