
ジートコヴァーの最後の女神たち
3,080円(税込)
発売日:2025/09/25
- 書籍
私は「女神」に育てられた。知られざる驚異を描いたチェコのベストセラー。
チェコのとある辺境の寒村には、不思議な能力で人々を助ける「女神」と呼ばれる女性たちが生きていた。天候をも左右したというその術に戦争中はナチスが注目し、共産主義時代には弾圧されたことも。チェコに実在した彼女たちの数奇な運命を、その血を受け継ぐ民族誌学者の女性が探っていく。歴史のベールをはぎ取る物語。
書誌情報
読み仮名 | ジートコヴァーノサイゴノメガミタチ |
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シリーズ名 | 新潮クレスト・ブックス |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 448ページ |
ISBN | 978-4-10-590203-2 |
C-CODE | 0397 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 3,080円 |
インタビュー/対談/エッセイ

「女神」たちは本当に生きていた
歴史に埋もれながらも生き続けた「女神」たちの存在を描いた小説がチェコでベストセラーになったカテジナ・トゥチコヴァー。不思議な力で人々に影響を及ぼし続けた彼女たちを追いかけた日々を語る。
聞き手 マルツェラ・ペハーチコヴァー
翻訳 阿部賢一
(『ジートコヴァーの最後の女神たち』の出版を記念し、小説の舞台となったチェコ東部のジートコヴァーで2012年6月に開催された朗読会後にインタビューが行われた)
――朗読会に参加した地元の人々はあなたの本を読んでいましたか?
そう思います。地元の人たちにとって、女神は大きなテーマです。ジートコヴァーの人口は百八十人ですが、今回の朗読会には百四十人が来てくれました。みんな、シュテフィナ(訳注:「最後の女神」とされ、作中にも登場するイルマ・ガブルヘロヴァーの娘)の葬儀に参列し、その流れで来てくれたのです。
――生前のシュテフィナと話をしたことはありましたか?
連絡を取ろうとしましたが、彼女は乗り気ではありませんでした。シュテフィナは八十歳を越えており、最後は不幸な死に方でした。「神の術」を頼りにやってきた男性に殴り殺されたんです。しかもその葬儀の最中、突然停電になりました。「女神」はそうやすやすと墓に入らないってことが証明されたのです。それまで彼女のことを疑っていた地元の人たちも、その時ばかりはあれは女神の仕業だねって頷いていました。シュテフィナが神の術を使うようになったのはビロード革命(訳注:1989年、チェコスロヴァキアで共産主義体制が崩壊した)以後のことだったので、あれは女神じゃない、単なる金儲けでやってるだけだって疑う人が多かったんです。
――この土地で女神の魔法が再び使われるようになるでしょうか?
わかりません。ある女性はカード占いをしており、別の女性は蠟をつかって将来を占っていますが、二人の母親は、薬草の効能について知識がありませんし、呪文を唱えられるような女神でもありませんでしたから。
――女神には、なにがしかの力があると信じていますか?
うーん……半分ぐらいかな。私が調査をしていた時、「女神たち」と特別な体験をしました。病気にかかって、なかなか回復しなかったことがありました。当時は女神の生活を科学的に調べていて、彼女たちの力をあまり信じていなかった。でもいろいろな人に尋ねると、女神の影響をどれだけ受けたか、暗示的にですが話してくれました。女神の力を彼らが信じていたからで、裏を返せば、自分たちを信じるように女神たちが彼らに接していたからです。もしかしたら、それがあの人たちの最大の技なのかもしれません。つまり、生き方の何かを変えて持病の治療に専念すること、あるいは誰かとの関係を改善するように促すことです。
私の小説でも、実名を出して実際のことを書きたいという気持ちに駆られました……。ですが、もしそうしていたら、女神たちに恨まれたでしょう。それに、当時は病気に罹り、熱が下がらず、どうしたらいいかとしばらく思い悩んでいましたから。結局、実名は出さず、出自も他人には分からないようにして書こうと決心するやいなや、病気から回復しました。それで落ち着きました。
――女神のことを最初は誰から聞きましたか?
友人の歴史家で民俗学者のダヴィッド・コヴァジークです。情報が尽きることがない泉のような人です。都市部に暮らすようになる前、両親が離婚した幼少期に暮らしていた農村の環境に舞い戻る必要があると、三年ほど前に彼に話しました。それに、興味深い運命をたどった女性について調べたいということも。すると彼はすぐにぴんと来て、ジートコヴァーの女神のことを教えてくれたのです。
――それで興味に火がついた?
そう、すぐに。でも、その話が現実なのか、はじめは確信がありませんでした。ナチス・ドイツの親衛隊、共産主義者との関係、語り手の伯母で「女神」だったスルメナ、こういったことすべてを一つずつ確認し、調査し、そのうえでフィクションの要素を足す必要がありました。
――ジートコヴァーの女神について書こうと決心したのですね。
……でも、物語がどこに向かうかまだわかりませんでした。手始めに、論文、書籍、民族誌の年報などを読み、それから、女神について何か書きたいと思い、このテーマについて何か教えてもらえるものはないかとモラフスケー・コパニツェ(訳注:ジートコヴァー一帯の呼称)に出かけました。そこで一軒ずつ訪ねて、ある時、一人の女性教師に遭遇しました。その人が、女神やその子どもたちの家々へと私を案内してくれたんです。
――あなたの小説は、どの程度事実に基づいていますか?
具体的に言うのは難しいですが、あえていえば七割以上は実際の資料に基づいています。
――読者や批評家の評判はどうですか?
『ジートコヴァーの女神たち』は好意的に受け止められています。本を読んだという人からメールが毎日のように届いて、うちの家族にも似たようなことがあったなどと教えてくれるのです。この小説は、普通とは異なる生き方をしていた多くの人に何かを訴えたようです。まさか、女神たちの運命がここまで反響があるものとは思ってもみませんでした。
出典:リドヴェー・ノヴィニ紙(金曜版)、2012年8月3日(Lidové noviny, 3. 8. 2012, č. 31, pátek)(抜粋)
(カテジナ・トゥチコヴァー)
波 2025年9月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
阿部賢一
アベ・ケンイチ
1972年東京都生まれ、東京大学准教授。東京外国語大学大学院博士後期課程修了。立教大学准教授などを経て、現職。中東欧文学、比較文学を専門とするほか、翻訳の分野でも活躍。主な著書に『複数形のプラハ』(人文書院)、『カレル・タイゲポエジーの探求者』(水声社)、訳書に『約束』(イジー・クラトフヴィル著/河出書房新社)など。
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