神のごときミケランジェロ
1,760円(税込)
発売日:2013/07/30
- 書籍
西洋美術史上最大の巨人。その全容をひもとく。
《ダヴィデ》《最後の審判》《サン・ピエトロ大聖堂クーポラ》── 彫刻、絵画、建築のすべてで空前絶後の作品群を創りだし、「神のごとき」と称された、西洋美術史上最大の巨人。教皇や国王と渡りあった89年の波瀾の生涯と、変化と深化を続けた作品の背景をていねいに解説。最新の知見をもとに全容をひもとく、待望の入門書。
私たちは彼のことをまだ知らない
絵画 絵画嫌いの大画家
建築 バロックの先駆者
1 父の反対を押し切って 《ケンタウロスの戦い》
2 逃げる 《燭台の天使》他
3 詐欺とデビュー 《サン・ピエトロのピエタ》
4 共和国のシンボル 《ダヴィデ》
5 レオナルドとの因縁 《カッシーナの戦い》のための習作
6 教皇の気まぐれ 《ユリウス2世廟》
7 孤独な苦行 《システィーナ礼拝堂天井画》
8 空間プロデューサーとして 《メディチ家礼拝堂》
9 革命軍の軍事技師になる 《要塞建築計画》
10 愛と悪評 《最後の審判》
11 偉大な建築家 《サン・ピエトロ大聖堂クーポラ》
12 ミケランジェロとは何者か 《ロンダニーニのピエタ》
地図 ミケランジェロ散歩
書誌情報
読み仮名 | カミノゴトキミケランジェロ |
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シリーズ名 | とんぼの本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | B5判変型 |
頁数 | 128ページ |
ISBN | 978-4-10-602247-0 |
C-CODE | 0371 |
定価 | 1,760円 |
書評
掘り出す彫刻
彫刻について「(木や石の中に)埋まっているものを掘り出すのだ」と語ったのはミケランジェロか運慶か? それが問題だ。
夏目漱石の短篇集『夢十夜』の中に、とある寺で運慶が仁王像を制作中との噂を聞いて見物に出かけた男が、感心しながら眺めていた所、その場にいた若者から「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出す様なものだから決して間違う筈はない」という話を聞く件がある。つまりこの言葉は「運慶自身の発言ではない」というのが、冒頭の問いに対するひとつの正答なのだが、ではミケランジェロが語った言葉なのかというと、そう簡単な話でもない。“偉人の名言集”の類としてさまざまな場所で引用されるこの言葉だが、出典がどうもはっきりしない。調べてもよく分からないのだ。そもそも漱石はこの台詞を、ミケランジェロからいただいたのだろうか。あるいは偶然にどこからか聞き及んだ話だろうか。いずれにせよ、一片の木塊や岩石を動き出さんばかりの(時に超自然的な)生物の姿へと変容させる彫刻家の仕事が端的に象徴するごとく、「芸術」にはある種の神秘的イメージが付与されるものであり、その時空を超えた伝播の過程を通じて生成されるキャッチーな「神話」がその存在を神格化するわけで、だからこそ時の為政者たちはその威光を大いに利用し尽くしてきたのである。
〈ダヴィデ〉〈天地創造〉〈最後の審判〉、そしてヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の大円蓋……ルネサンス期に彫刻、絵画、建築のすべての分野で名を成したミケランジェロは、そうした力学の中にどっぷりと身を浸しながら傑出した作品を生み出したという点でも運慶に通じる。戦乱の時代に鎌倉幕府が重用したトップブランドの棟梁であった異形の仏師よろしく、歴代教皇の虚栄心を満たし続けた天才芸術家。本書『神のごときミケランジェロ』は「これほど巨大な彼のことを、私たちはまだ十分には知らない」という著者の言葉どおり、広範かつ具体的なエピソードを積み重ねてミケランジェロの作品の製作過程を詳らかにすることで、ある種の通俗性にまみれた神話を解体し、再構築する試みでもある。鮮やかな筆致で明らかにされる中世イタリアの政治/社会の変遷といった“大文字の歴史”の中で蠢いた、情熱と駆け引き、嫉妬と友愛、信仰と怒り……その感情の逕路から、衣にも食にも頓着せず同じ服を着続け、制作に打ち込み傑作をものした「神のごとき」男のリアルな“体臭”が漂ってくるようだ。
(いで・こうすけ 編集者)
波 2013年8月号より
著者プロフィール
池上英洋
イケガミ・ヒデヒロ
美術史家。東京造形大学准教授。イタリアを中心に西洋美術史、文化史を研究。1967年広島県生れ。東京藝術大学卒業、同大学院修士課程修了。海外での研究活動の後、恵泉女学園大学准教授、國學院大学准教授を経て現職。著書に「Due Volti dell'Anamorfosi」(Clueb,ITALIA)、『西洋絵画の巨匠8 レオナルド・ダ・ヴィンチ」(小学館)、『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』(東京堂出版)、『もっと知りたいラファエッロ 生涯と作品』(東京美術)、『恋する西洋美術史』『イタリア 24の都市の物語』『ルネサンス 歴史と芸術の物語』(いずれも光文社新書)、『西洋美術史入門』(ちくまプリマ一新書)など。