
「密息」で身体が変わる
1,650円(税込)
発売日:2006/05/25
- 書籍
- 電子書籍あり
武術、禅、茶の湯、書、庭、そして「間」。日本文化の鍵は、呼吸にあり!
いま、日本の社会が極端に弱っている。アガリやすく、キレやすく、無気力……これは身体からの警鐘だ。近代以降百余年、日本人の呼吸は浅く、速くなった。私たちの身体に眠る力強い「息の文化」をいかにして取り戻すか? 虚無僧尺八の偉才が体得した、呼吸の奥義。ナンバ歩き、古武術に続く画期的身体論。
“Be the first”――循環呼吸法/驚くべき呼吸法/密息の由来
【息の量】【安定感】【勢い】【速さ】【鼻の奥の力の抜け方】【響き】
1 呼吸の浅さ 2 姿勢の崩れ 3 予備動作の増加 4 あがりやすさ
自然環境/労働環境/生活環境/姿勢と身体性
1 しゃがむ 2 ひく――かんな、のこぎり、包丁
3 ひく――大八車、リヤカー 4 かつぐ――神輿
書道、香道の奥義/日本料理の味わい/建築の思想/禅と呼吸
絵画の空白/黒衣とマンガ/俳句・茶道・阿字観
能の異次元/間の感覚
「グルーヴする時間」/自分自身の音楽
尺八――倍音と時間と空間/能の音楽
参考文献
中村明一CDリスト
書誌情報
読み仮名 | ミッソクデカラダガカワル |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-603563-0 |
C-CODE | 0377 |
ジャンル | 哲学・思想、社会学、暮らし・健康・料理 |
定価 | 1,650円 |
電子書籍 価格 | 1,650円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/01/10 |
書評
波 2006年6月号より とりもどす、という喜び 中村明一『「密息」で身体が変わる』
10歳にもならないころだったと思う。今もはっきりと覚えていることがある。休みの日の朝など、遅く起きて、布団にすわったまま、腰をまるめてかけぶとんに顔をうずめるようにして伏せると、いつまでも呼吸しないでいられる。実際には細く息を吐いているのだが、とても長い時間がたっても平気で、まるでこのまま呼吸をせずに周囲と一体になってしまうことができるのではないか、とおぼしき平穏な時間。それはなんだか楽しいことであり、起き抜けに時間の余裕があるときはいつもやっていた。のち、保健医療の一翼を担うような仕事を始めてから、人間の呼吸数は一分間にどのくらい、という権威的な知識も身につけたが、それだけが人間の呼吸のすべてを物語っているはずがないことは、幼いころの経験から、言わずもがな、であった。呼吸を通じて、知らない世界が広がっていることは幼いわたしにも漠然と感じられたのだった。
潜在能力開発、ということばをよく耳にする。いまや、発展途上国の開発問題、というときも「経済開発」ではなくて、「潜在能力開発」を基礎とする「人間開発」について語られるほどに潜在能力開発はふつうのことばとなってきている。しかし、わたしたちの「潜在能力」とは一体なんであろうか。たとえば、からだの潜在能力とは……。からだはどれほどのことができるのか、自分たちでわかっているのだろうか。今、普通に目にし、測定できる身体能力、というものだけをものさしにしていないだろうか。からだのもつ可能性について、医学やスポーツの現在の知識の及ばない力というものについて、わたしたちは尊敬をもって接する、という態度を忘れて久しい。まして、近代以前にはわたしたちは、もっと多様な身体所作を操っていた、ということは想像もできなくなっている。
渡辺京二氏が『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー、二○○五年)でえがきだした古い日本の文明、さまざまな生活の総体は、日本の近代化の代償として、明治維新以降、急速に滅びる。片鱗としてなんとか戦後まで生き残っていた生活様式も、戦争を起こしてしまったことへの悔恨と、民主化という名のもとにいっそう加速された近代化のうちに、一掃される。簡素な住まいは、ものをつめこんだLDKとなり、正座の暮らしは椅子となり、きものは人目をひく衣装となった。近代化以前の生活様式のうちには、もちろん、生活所作にうらうちされた、さまざまな身体技法があったはずである。しかしそれらは、著者、中村明一が書くように「あまりにも自然で、実は日本人の誰もが、別に不思議にも感じないでやっていた」ことであり、わざわざ意識して伝承されていたものではなかった。だからこそ、生活様式の変化とともに次の世代につたえなければならないという発想すらなく、あっさりと、一世代で忘れられたのである。
男たちは神輿を微動だにせず運び、女たちは月経血をコントロールし、子どもは一人で産み、乳房は惜しみなく与えられていた。赤ちゃんはこどもたちに背おわれ、おむつも必要でないほどに、いく度もシーシーとささげられていた。このようなことは特筆すべきことのない日常であり、言葉にする必要も、書き残す必要も、さらさらないことであったろう。そのような、誰にとっても当たり前であった身体所作の一つに「密息」があったことが、この本ではみずみずしく語られる。失われてしまって省みられることもなかった身体所作は、何らかのきっかけで、予想もされなかった誰かにより、どこかで、見出され、実践され、ふたたび次の世代につながれていく。その再発見の道筋を案内されることは、心おどる経験である。この本では「密息」を通じて次世代に向けて紡がれるべき新しい伝統が提示される。尺八奏者である著者は呼吸のみでなく音についての考察、周波数分析なども行っておられる。また、音の研究をこえてさまざまな日本文化のありように思いをいたしておられることも、興味深い。失ったものをとりもどすことはいかにも困難である。しかし、一人の研鑽と気づきがとりもどすことができるものもまた、このように多い、という事実は晴れやかな思いをわたしたちに残す。希望の本である。
呼吸法のトレーニングについては、筆者が何度も引用する齋藤孝氏の長年の師であられた高岡英夫氏が、大変わかりやすく、本質を突いた、だれにでもとりくみやすい本をあらわしておられる(『全身の細胞が甦る! ゆる呼吸法革命』主婦と生活社、二○○六年六月刊行予定)。この本で「密息」の呼吸の妙に気づいた方の誰でもが始められるステップのひとつとして、紹介しておきたい。
担当編集者のひとこと
「密息」で身体が変わる
日本人の身体に眠る息の技術「密息」とは?
虚無僧尺八の偉才が放つ、画期的身体論!
ふだん、ことさら意識することもない自分の呼吸。けれど、ためしに深呼吸をしてみると、心が落ち着き、身体がゆるみ、感覚が鋭敏によみがえることに気づきます。近代以降のライフスタイルの西洋化のために、足腰の強靭さや骨盤を倒した姿勢を失い、しかもいまだに腹式呼吸には移行していません。そのため日本人の呼吸はどんどん浅く、速くなっていきました。 虚無僧尺八の演奏家である中村明一さんは、演奏の探求のなかでこの深い呼吸の技術に出会い、現代に再現させました。それはほんの百数十年前なら、日本人は誰もが自然にしていた呼吸法。しかも、現代の私たちの身体の奥底にも、眠っている技術なのです。
武術、禅、能、茶の湯、庭……日本文化の鍵が、「密息」に隠されている! 忘れている古来の技術、「息の文化」を取り戻そうではありませんか。息の文化=「密息」の再発見は、腰肚文化、ナンバ歩き、古武術につづく、閉塞した現状のブレイクスルーとなることでしょう。
2016/04/27
著者プロフィール
中村明一
ナカムラ・アキカズ
作曲家・尺八奏者。横山勝也師をはじめ、多数の虚無僧尺八家に師事。横浜国立大学応用化学科卒業、バークリー音楽大学、ニューイングランド音楽院大学院出身。虚無僧尺八を拠り所に幅広く音楽活動を展開し世界30ヶ国余で公演。CD「虚無僧尺八の世界 北陸の尺八 三谷」ほか。文化庁芸術祭優秀賞(2回)、文化庁舞台芸術創作奨励賞、など受賞多数。桐朋学園芸術短期大学講師。