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とりかへばや、男と女

河合隼雄/著

1,870円(税込)

発売日:2008/08/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

男と女の境界はかくも危うい! 平安時代の男女逆転物語から「心」と「身体」の深層を探る。

性が入れ替わった男女を描いた異色の王朝文学『とりかへばや物語』。かつて「淫猥」と評された物語には、「性の境界」をめぐる深いテーマが隠されていた。男らしさと女らしさ、自我とエロス、性変換と両性具有――深層心理学の立場からジェンダーと性愛の謎を解き明かすスリリングな評論。河合隼雄が遺した名著、選書版で登場。

目次
第一章 なぜ『とりかへばや』か
1 『とりかへばや』と現代
 メタファーとしての男女
2 物語を読むこと
 深層心理学の方法
第二章 『とりかへばや』の物語
1 物語について
 物語の成立/いろいろな評価/主人公は誰か
2 姉弟の運命
 宰相中将の登場/弟君の出仕
3 男と女
 宰相中将の侵入/友情/吉野の隠者
4 苦悩
 招かれざる子/再び中将の侵入/姉君妊娠
5 宇治と吉野
 道行/右大将失踪/弟君の活躍
6 「とりかへ」の成就
 姉弟の対面/左大臣の夢/右大将出現
7 結末のめでたさ
 帝と尚侍/姉弟と中将/結末の幸福度
第三章 男性と女性
1 男―女の軸
 男らしさ・女らしさ/二分法的思考/精神と身体
2 男女の変換
 イピスとイアンテ/菊千代/秩序の次元/「秋の夜がたり」
3 トリックスター
 性の顛倒/ヒーローとトリックスター/誰がトリックスターか
4 男装の姫君
 『有明けの別れ』/ヴァイオラとルツィドール/男女の関係
5 女法王
 女法王の話/父性と母性
第四章 内なる異性
1 夢のなかの異性像
 自然児としての女性像/女性の夢のなかの男性/侵入者
2 アニマ・アニムス
 アニマ元型とアニマイメージ/アニムス/たましいの元型/対イメージの夢
3 夢のなかの性変換
 性変換の夢/性変換の次元
4 両性具有
 両性具有の神話/セラフィタ/両性具有的意識
5 境界への挑戦
 両性具有化の儀礼/第三因子
第五章 美と愛
1 男女の愛
 トリスタンとイズー/ロマンチック・ラブの変遷/エロス/さまざまの愛
2 愛の倫理
 親和力/『親和力』のなかの男女/愛の座標軸
3 たましいの美
 死と愛/道行/『とりかへばや』の倫理/コシ・ファン・トゥッテ/苦悩/知の抑制
第六章 物語の構造
1 運命
 偶然/運命と意志/昔話・物語・小説
2 トポス
 京都・宇治・吉野/吉野の意味/夢三題
3 再婚の意義
 炭焼長者/さまざまの再婚/男性像の変遷
4 心の現実
 宰相中将の位置/目的と過程/祖父・母・息子/一瞬のイメージ
注(第一章~第六章)
あとがき
索引
解説 富岡多惠子

書誌情報

読み仮名 トリカヘバヤオトコトオンナ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 264ページ
ISBN 978-4-10-603616-3
C-CODE 0395
ジャンル 古典
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,056円
電子書籍 配信開始日 2013/08/02

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立ち読み

あとがき

 本書は、わが国の中世の『とりかへばや物語』を素材として、筆者が心理療法家として関心を持ち続けてきた「男と女」という課題に取り組んだ結果、生まれてきたものである。「男と女」の問題は永遠の問題であり、誰もそれを解くことはできないであろう。それ故にこそ、それを主題とする文学作品がつぎつぎと生み出され、それはとどまることを知らない。筆者にしても、わからないことが多すぎて困るのだが、もう還暦も済んだのだから、それなりに少しでもわかっていることについて書いてみようと思った次第である。
『とりかへばや物語』を知ったのは、明恵(みょうえ)の『夢記(ゆめのき)』の研究を通じてである。明恵については、『明恵 夢を生きる』として発表したが、明恵上人にとっての女性像の重要性を認識するにつけ、当時の人々の男女観を知ろうとして中世の物語にいろいろと目を通しているうちに、『とりかへばや物語』も読むことになった。これは「男と女」という点について大いに考えさせられるものと、興味をそそられ、『明恵-』を執筆中から、『とりかへばや物語』を取りあげて一書を書きたいと考えていた。ここにやっと念願を果すことができて真に嬉しく思っている。
 スイスで学んできたユング心理学は筆者の考えを支える重要な支柱である。しかし、ユングの言う「個性化」を大切にするかぎり、彼の言葉の受け売りではなく、それを「私」という存在のなかで意味あるものとする努力を払わねばならない。その結果として、前著『昔話と日本人の心』、『明恵 夢を生きる』が生まれてきたが、本書はそれらに続く第三作になると自分では考えている。
 心理療法という仕事をしていると、「男と女」という点について考えさせられることが多い。男と女の間の愛憎は、人間関係のもつれの重要な要因である。また、男として生きる、女として生きる、というとき、男とは何か、女とは何かについて真剣に考え、悩む人も多い。あるいは、本文中にも論じるように、男-女という軸は、人間生活を考える上で、思いのほかに重要な柱として用いられている。
 心理療法家には守秘義務があって、自分の仕事の内容についてはなかなか話し難いところがある。その点で、今回のように『とりかへばや』という素材を用いて語るのなら、何らの問題も生じない。夢を用いている以外は、心理療法の場面において実際に生じることについては直接に何も語ってはいないが、本書に述べられていることは、筆者の臨床経験をその基礎にもっている。
『とりかへばや物語』は、男性と女性とを「とりかへ」るという奇想天外なアイデアを中心にしているだけあって、男性・女性に関する固定観念を打ち破り、まったく新しい視座から男女の問題を見直すことを可能にするヒントを多く与えてくれる。従って、これは古い物語でありながら、アメリカの友人が言ったように、「ポスト・モダーン」の知恵を提供してくれるようなところがある。この物語についてヨーロッパで話をしてきたが、なかなか好評だったのも、そのような点があるからだろうと思われる。
 門外漢の気安さで、自分の主観を大切にしながら勝手なことを言わせていただいたが、それでもあまりにも独善にならぬようにと、本文中に引用しているような、先賢の研究を参考にしたり、桑原博史、吉本隆明、富岡多惠子の三人の方との対談によって多くの示唆を受けたりした。ここであらためて、この三人の方に厚くお礼申しあげたい。

担当編集者のひとこと

日本人には今、「河合隼雄」が必要です。

 河合隼雄さんが惜しまれつつ世を去ってから、はや1年余。
 このたび、河合さんの代表作『とりかへばや、男と女』を選書版で復刊しました。
 本作品は、『昔話と日本人の心』『明恵 夢を生きる』と同じく、深層心理学の立場から日本の古典を読み解いた評論です。1991年に小社より単行本として刊行され、1994年に新潮文庫に収録されました。
 平安末期の作品とされる男女逆転物語『とりかへばや』は、川端康成、ドナルド・キーン、吉本隆明など多くの文人を魅了してきた異色の王朝文学。河合さんはこの物語から、「男と女」という単純な二分法を超えた、しなやかなジェンダー観を見出してゆきます。
 巷の窮屈なジェンダー論とは違って、心理療法家ならではの深い洞察に基づく論考は、われわれの凝り固まった脳と心を解きほぐしてくれます。
 何かと性急に二分法的な「答え」を求めがちな現代社会。私たち日本人は今なお、いや、今だからこそ、ますます河合さんの言葉を必要としているのではないでしょうか。

2008/08/25

著者プロフィール

河合隼雄

カワイ・ハヤオ

(1928-2007)兵庫県生れ。京大理学部卒。京大教授。日本におけるユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。文化庁長官を務める。独自の視点から日本の文化や社会、日本人の精神構造を考察し続け、物語世界にも造詣が深かった。著書は『昔話と日本人の心』(大佛次郎賞)『明恵 夢を生きる』(新潮学芸賞)『こころの処方箋』『猫だましい』『大人の友情』『心の扉を開く』『縦糸横糸』『泣き虫ハァちゃん』など多数。

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