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戦前日本の「グローバリズム」―一九三〇年代の教訓―

井上寿一/著

1,320円(税込)

発売日:2011/05/25

  • 書籍
  • 電子書籍あり

昭和史の定説が覆る! 一九三〇年代――それは日本が最も世界を知った時代だった。

国際連盟脱退、軍部の政治介入、日中戦争……多くの歴史教科書が「戦争とファシズム」の時代と括る一九三〇年代。だが、位相を少しずらして見てみると、全く違った国家と外交の姿が見えてくる。国際協調に腐心した為政者たち、通商自由化を掲げた経済外交、民族を超えた地域主義を模索する知識人――。新たな戦前像を提示する論考。

目次
はじめに
I章 満州――見捨てられた荒野
1 本土の無関心
松岡洋右の怒り/対「満蒙」経済アプローチ/張作霖に対する評価/「我国の生命線」/幣原喜重郎外相の反論/協調外交と政党政治の高まり

2 現地居留民と関東軍の危機
満洲青年聯盟遊説隊/本土から見捨てられた荒野/張作霖爆殺事件/大陸の在外公館の認識/孤立無援の関東軍/中村震太郎大尉事件

3 満州事変――「満洲」の再発見
事変勃発/領有から独立国家へ/大恐慌の怨嗟の矛先/協調外交のネットワーク/政民協力内閣構想/満州国の建国/「王道楽土」の理想とは裏腹に
II章 国際連盟脱退とその後――欧州を知る
1 欧州の現実を目の当たりに
国際連盟外交/「五人委員会」それぞれの内情/チェコスロヴァキアと日本/常任理事国としての立場/緊迫するジュネーヴ情勢

2 極東における危機と欧州にとっての危機
リットン調査団の来日/国内外からのテロの脅威/小国への働きかけと大国の意向/メディアの役割/芦田均「非脱退の論理」/脱退問題へ松岡の努力/「失敗した。失敗した。失敗した」

3 欧州諸国との新しい外交関係の模索
その後のジュネーヴ情勢/ドイツとの関わり方/脱退後の欧州外交基軸/ファシズム国家への警戒/海軍軍縮予備交渉/横山正幸の報告/蝋山政道の構想
III章 国内体制の模範を求めて
1 「挙国一致内閣」の国際的な連動
河合栄治郎の欧米報告/新渡戸稲造の対米広報外交/日米関係、蝋山の結論/近衛文麿のアメリカ印象記/予備交渉決裂が相互理解に/日本の模範国として

2 国家主義のなかの欧米
岡田忠彦の欧米視察/星島二郎がみたナチス党大会/ドイツに傾斜する鳩山一郎/伍堂卓雄の評価修正/失業対策と農村救済策/ヒトラーの下での平等/新しい国家像と生活様式

3 民主主義の再定義
英米協調論者の対独伊接近/斎藤隆夫が説く「中道」/対ファシズム国接近/矢部貞治のヒトラー観/パリでの「デモクラシー」論争/社会大衆党の躍進
IV章 外交地平の拡大
1 地球の反対側にまで展開する経済外交
誤った日本外交のイメージ/「我国として活くるの途」/アフリカ、中南米、非欧米世界の国へ/「最も遠隔の地」ブラジル/対米関係修復の方策として/バンビー・ミッション/独伊、自給自足圏の壁

2 経済摩擦と国際認識
世界経済のブロック化/相互主義の限界/カナダへ通商擁護法の発動/オーストラリアでの「日本脅威」論/「印度は英国の生命線」/政治の意思で妥協した日蘭会商/包括的通商政策七つの原則

3 地域研究の始まり
東亜経済調査局附属研究所/イスラーム研究の先駆者、大川周明/中国に特化した東亜同文書院/国民の中国理解の促進に
V章 戦争と国際認識の変容
1 日中戦争と「東亜」の創出
満州国の「門戸開放」/盧溝橋事件/国内の好戦ムード/トラウトマン工作/「国民政府を対手とせず」/中国再認識論/「支那人をもっと知ろう」/中山優と第二次近衛声明/「東亜協同体」論

2 ファシズム国家との対立
日独防共協定/排英運動の高まり/「隔離」演説/ファシズム国へ歩み寄る矢部/蝋山政道の対英協調論/行き過ぎた強硬論/「持てる国」対「持たざる国」/対独伊接近の抑制/「東亜協同体」論の挫折/日中戦争解決のための対米工作/独ソ不可侵条約の影響/大政翼賛会の成立

3 「南洋」との出会い
太平洋委任統治諸島/正当化する矢内原忠雄/丸山義二が感じた対日感情/二つの「南洋」旅行記/企画院直属の東亜研究所/「南進」へと傾けた役割/対「南洋」経済的アプローチ/バタヴィアに派遣された小林一三商相/「大東亜共栄圏」の虚構を指摘する/日独伊三国同盟と日米戦争の接近
おわりに
南方戦線の現実/敗戦の合理化を図った「大東亜宣言」/そして、戦後構想へ

参考文献リスト

あとがき

書誌情報

読み仮名 センゼンニホンノグローバリズムセンキュウヒャクサンジュウネンダイノキョウクン
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-603678-1
C-CODE 0331
ジャンル 日本史
定価 1,320円
電子書籍 価格 1,056円
電子書籍 配信開始日 2011/11/18

書評

波 2011年6月号より 逆説のグローバリズム

佐藤卓己

歴史教科書の多くが一九三一年満州事変勃発から一九四五年敗戦までを「一五年戦争期」と括り、一九三〇年代日本の外交を孤立化、その文化を国粋化の視点から記述している。三三年国際連盟脱退、三六年日独防共協定成立、三七年日中戦争勃発、四〇年大政翼賛会成立、四一年日米開戦……と年表で出来事を追えば、「軍国主義」、「ブロック経済」、「ファシズム外交」の三点セットの歴史理解はなるほど説得力がある。この戦後的常識に真正面から挑み、その脱構築を成し遂げたのが、井上寿一『戦前日本の「グローバリズム」』である。
まず、意表を突くタイトルである。私は戦時中のスローガン「八紘一宇」を思い出した。日本書紀に由来する四字熟語を英語に直訳すると“all the world under one roof”(全世界を一つ屋根の下に)、わかりやすく意訳すれば“Japanese globalism”(日本の世界化)となる。第二次近衛文麿内閣が一九四〇年七月二六日策定した基本国策要綱にはこうある。
「皇国ノ国是ハ八紘ヲ一宇トスル肇国ノ大精神ニ基キ、世界平和ノ確立ヲ招来スルコトヲ以テ根本トシ、先ツ皇国ヲ核心トシ、日満支ノ強固ナル結合ヲ根幹トスル大東亜ノ新秩序ヲ建設スルニ在リ」
たとえ「大東亜新秩序」構想は戦争正当化の大義名分に過ぎなかったとしても、「日満支ノ強固ナル結合」、いわゆる東亜協同体論など国民国家を超える理念に共鳴した知識人は少なくなかった。やがてアジア太平洋全域に拡大した戦場で、さらに連合軍占領下の本土でも日本人は「命がけの異文化接触」を体験した。それゆえ、私は「大衆の国際化」の起点をこれまで一九四〇年代の総力戦体験に求めてきた。しかし、「一九三〇年代は日本にとって、世界がもっとも広がった時代だった」(三頁)と主張する本書を読んで、さらに時代を遡る必要を痛感している。
実際、「戦前グローバリズム」の視点から見えてくる風景は新鮮だ。たとえば、満州国建国以後も日本人移民の圧倒的多数は満州ではなく中南米にむかっていた(I章)。満州国と国際協調を両立させるために、外務省が敢えて選択したのが国際連盟脱退だった(II章)。この当時の国際状況を河合栄治郎をはじめとする自由主義知識人の多くは「ファシズムvsデモクラシー」の対立と考えていなかった(III章)。この対立図式の無効性については、評者もメディア研究において繰り返し論じてきた。この図式は第二次大戦における連合国のプロパガンダではあっても現実的な歴史理解としては問題外である。スターリンや蒋介石の政治をデモクラシーと呼ぶならば、ファシズムとデモクラシーに境界はない。英米の政治もまた危機の時代においては十分に全体主義的だったのである。この「持てる国」英米のブロック経済に対して、日本は自由貿易政策を掲げてアジア・アフリカに積極進出し、経済摩擦を引き起こした(IV)。そうした経済進出とも重なって日中戦争期には「東亜」「南洋」への関心が一般国民にまで拡大した。東亜経済調査局附属研究所、東亜研究所など、戦後に開花する中東、東南アジアの地域研究の種がまかれたのもこの時代である(V章)。こうしたグローバル化の系譜をたどれば、日本の戦前=戦後に国際認識の連続性があることは自明である。
とはいえ、敗戦後は「八紘一宇」に代表される戦時宣伝への反発、あるいはGHQ占領政策、また国際共産主義運動の影響などもあって、私たちは「戦前日本のグローバリズム」に真正面から向き合うことを避け続けてきた。例えば、「超国家主義」という多義的な言葉である。学術用語というより政治的罵倒のレッテルとして使われてきた。しかし、「国家を超える主義」と解釈するならば、国境や民族を越えた国際協調主義、自由貿易主義をも含む概念となる。超国家主義をも追い風として国民一般の対外認識は向上したのである。
その上で、危機の時代の教訓として著者が最も訴えたかったのは、「国際協調と平和を意図しながら、結果は対立と戦争に至る」歴史の逆説だろう。八〇年前のグローバリズムの帰結は、まさしく悲劇的なものであった。厳しさをます国際情勢の中で、明治維新、昭和敗戦に続く「第三の開国」が叫ばれる現在、本書は必読の歴史書だろう。歴史に学ぶとは、逆説から学ぶということに他ならないのだから。

(さとう・たくみ 京都大学大学院准教授)

担当編集者のひとこと

戦前日本の「グローバリズム」―一九三〇年代の教訓―

今日なお学ぶべきところが大きい一九三〇年代 満州事変と国際連盟脱退によって国際的な孤立に陥った日本外交は、東アジア地域に排他的な自給自足圏を確立し、英米の「持てる国」に対して、「持たざる国」として対抗する。その結果、日中全面戦争からアジア太平洋戦争に至る国家的な破局へと向かう――歴史教科書で習う一九三〇年代の日本像といえば、こんなところではないでしょうか。
 でも、実際のこの時代の日本は、「そんなに硬直したものではなかった」と筆者の井上寿一さんはいいます。「むしろ、今よりよほど自由で、好奇心旺盛な世界的視野を持ち、国際感覚にも長けていた」と。
 たとえば、国際連盟からの脱退は、日本の孤立化ばかりが強調されていますが、実はその後も欧州諸国とは密接な関係を保っており、連盟自体は日本に残ってもらいたかったのです。それは、満州国と国際協調を両立させるために外務省が敢て選択した、いわば「協調のための脱退」であったからです。そのことを連盟諸国も分っていたのでした。
 あるいは、世界恐慌下、英米の「持てる国」に対して「持たざる国」日本もブロック経済体制によって挑戦したという構図も、実際のところは正しくはありません。強固な特恵関税ブロックを敷いていたのは英米の方であり、日本は独り自由貿易政策を貫き、アジア・アフリカなどにも積極的に外交進出していたのです。また、そうした進出とも重なり、この時代は一般国民にまで「東亜」「南洋」への関心が拡大していたのでした。
 本書を読んでいてよく分るのは、一九三〇年代の日本には、いかに人知れず国際協調と平和を意図した為政者、知識人たちが多かったかということです。しかし皮肉なことに、その結果は「対立と戦争」へ至ることになるのですが……。この歴史の逆説、ダイナミズムは、今日でもなお、きっと学ぶところが多いはずです。

2016/04/27

著者プロフィール

井上寿一

イノウエ・トシカズ

1956年、東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業。学習院大学法学部教授。法学博士。専攻は日本政治外交史。主な著書に、『危機のなかの協調外交―日中戦争に至る対外政策の形成と展開―』(山川出版社、吉田茂賞)、『日中戦争下の日本』(講談社選書メチエ)、『昭和史の逆説』(新潮新書)、『山県有朋と明治国家』(NHKブックス)、『吉田茂と昭和史』、『戦前昭和の社会 1926-1945』(共に講談社現代新書)。

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