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消費から戦乱へ、「富のあり方」はどう変わったのか? 新たなる中世400年史。

蕩尽する中世

本郷恵子/著

1,430円(税込)

本の仕様

発売日:2012/01/27

読み仮名 トウジンスルチュウセイ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-603696-5
C-CODE 0321
ジャンル 日本史
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,144円
電子書籍 配信開始日 2012/07/27

日本の中世は、地方から吸いあげた富を蕩尽し続けた時代だった。過剰なまでの消費を支えた政治・経済システムとは一体どんなものだったのか。平氏の物流戦略、鎌倉御家人の複雑極まる金融操作、悪党の経済力の本質とは? 「蕩尽」という一見非合理な消費性向に着目し、院政期から応仁の乱に至る400年の流れを見つめ直す。

著者プロフィール

本郷恵子 ホンゴウ・ケイコ

1960年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学史料編纂所教授(専攻は日本中世史)。著書に『中世公家政権の研究』(東京大学出版会)、『京・鎌倉 ふたつの王権』(小学館)、『物語の舞台を歩く 古今著聞集』(山川出版社)、『将軍権力の発見』(講談社)などがあり、共著に『岩波講座 天皇と王権を考える2 統治と権力』(岩波書店)などがある。

目次

はじめに
第一章 限りなく消費する――院政期
受領のユートピア
中世はどのように始まったのか
後白河院と今様の世界観
第二章 財貨をいかに徴収するか――武家社会の始まり
国務と目代
下文と財貨
「中央―地方」関係の転換
蕩尽から戦争へ
第三章 隠遁文学の思想――鎌倉時代(一)
鴨長明と『方丈記』
『徒然草』の世界
第四章 御家人千葉氏を支える人々――鎌倉時代(二)
弱者は訴える
千葉氏をめぐる金融―閑院内裏・蓮華王院・大番役―
千葉氏をめぐる金融―法橋長専の奮闘―
不条理を支えるもの
浄土の希求、現世の蕩尽
第五章 悪党の肖像――南北朝時代
夜討・強盗・山賊・海賊
跳梁する悪党
富・力・自由
第六章 蕩尽から再生産へ――室町時代
収奪から贈答へ
八朔とモノの経済圏
モノをめぐる価値意識
おわりに

参考文献
あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

波 2012年2月号より 模索する中世史像

本郷恵子

「日本中世史が専門です」と言うと、「それはどういうものですか?」と問い返されることがよくある。古代史には強力なファンがついているし、江戸時代ならば時代劇や映画でおなじみである。武田信玄や上杉謙信などの戦国武将の名前を出せば、それなりに腑に落ちてもらえるが、その前の鎌倉時代・室町時代については、確としたイメージを描きにくいらしい。恥ずかしながら私も、自信をもって説明できる中世社会像を持っているわけではない。むしろ、そのような便利なものをさっと出して見せるほうが怪しいだろうと思わせるところが中世なのだ。
なぜわかりづらいかといえば、権力が分裂し、支配が重層化して、政権の主役や体制の枠組みがあきらかでないためだろう。対立や混乱が常態化しているようなのに、緊張関係が先鋭化せず、既存の構造が曖昧に持ち越される。模索と葛藤を繰り返しながら、それでも少しずつ成長していこうとする社会の姿を「蕩尽」と、その裏面を成す「消耗」という視点によって検討してみたのが、このたび上梓した『蕩尽する中世』である。
地方の富が京の都に流れ込み、人々がバブル景気を謳歌するかと思えば、一転、飢饉や大地震が襲い、死者が溢れかえる。地方支配の実務を担う出自不明だが機転と才覚に恵まれた代官、俗世を離れて悟りすましているようで実は支配者側の論理に囚われている隠遁者、租税の徴収側と納付側を自由に行き来する下級官吏など、多彩な人物が登場し、たくましく、いささか独善的に、打たれ強く生きぬいていく。
「泣く子と地頭には勝てぬ」という諺そのまま、百姓は地頭に苛まれるが、その地頭もまた、幕府の支配を受ける身で、さまざまな負担にあえいでいる。米や銭など現物や現金が届いていないにもかかわらず、複雑な金融取引が行われ、大量の手形や借用書が取り交わされる。多くの借金は回収不能だが、証文類に対する妙に律儀な通念や、一定の商道徳が成立しているおかげで、なんとか破綻をまぬがれている。負債や面倒事は、より弱い者へと限りなく転嫁され、人々を疲弊させた。
必要なところに物資が届かず、別のところで浪費されたり、忘れられて朽ちていくような、理不尽としかいえない状況のなかで、人々が徐々に掴み取っていったものは、人格的独立に向けての闘争であったり、「自由狼藉」と呼ばれる逸脱と同義の自由、あるいは「悪」として排斥される反体制的な力であった。彼らや社会の歩みが、蕩尽や消耗を超えて、再生産を意識するときに、統一政権が視野に入ってくる。
結局のところわかりやすい話にならなかったのは全く残念なのだが、わかりやすくなったら既に中世ではないので、私のせいではない(と思う)。新しい世界像を手探りする今日の状況を念頭におきながら読んでいただけたら、とてもうれしい。

(ほんごう・けいこ 東京大学史料編纂所教授)

担当編集者のひとこと

蕩尽する中世

中世四〇〇年史をイッキ読み 日本の中世について、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
 その時代を生きた人物ならば、すぐに何人かの名前が思い浮かびます。平清盛や源頼朝、白河院や後鳥羽院、あるいは親鸞、西行、兼好法師……。しかし、そもそもどんな時代だったのかと訊かれると上手く即答できない、中世について明快なイメージは持っていない、というひとは少なくないのではないでしょうか。十一世紀後半の院政期から応仁の乱にいたる約四〇〇年間――この時代のわかりにくさの一因は、権力が一元化されていなかったことにあるようです。朝廷と幕府のように権力が並立し、南朝と北朝のように分裂する。鎌倉や室町の幕府とて、その支配の枠組みは一枚岩とは言えない。ですから、政治や政権にばかり目がいくと、この時代のイメージはぼやけてしまう。
 そこで、著者の本郷氏は「富のあり方」に着目しました。日本の中世とは、地方から吸いあげた富を蕩尽し続けた時代だったのではないか、と。たとえば白河院は、全国の荘園・公領からもたらされた富で、華麗な寺院や離宮を次々と造らせた。京都はいわば未曾有の不動産バブル景気に沸いたのです。中世のスカイツリーともいうべき法勝寺の九重塔がその象徴ですが、支配者の権威を視覚化し、都を睥睨した高さ八〇メートルのこの塔は、今や跡形もありません。富はもっぱら消費されるだけで、それを蓄積したり、再生産に結びつけたりするといった発想は、わが国の中世にはなかったというのです。
 え、そんないい加減なことで社会が存続するの? と思いますよね。でもなんとか、四〇〇年も、存続した。それは何故か? 過剰なまでの消費を支えた経済システムとは一体どんなものだったのか? 平氏の物流戦略、鎌倉御家人の複雑極まる金融操作、悪党の経済力の本質とは何か? 著者はこれらの問いにひとつひとつ答えていきます。「蕩尽」という新視点から見つめ直す、意欲的な中世四〇〇年史をお楽しみ下さい。

2016/04/27

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