日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」―
1,320円(税込)
発売日:2012/06/22
- 書籍
- 電子書籍あり
矛盾だらけの文書、決められない組織。「国策再検討」の迷走は昔話ではない!
第三次近衛内閣から東条内閣まで、大日本帝国の対外軍事方針である「国策」をめぐり、陸海軍省、参謀本部、軍令部、外務省の首脳は戦争と外交という二つの選択肢の間を揺れ動いた。それぞれに都合のよい案を併記し決定を先送りして、結果的に対米英蘭戦を採択した意思決定過程をたどり、日本型政治システムの致命的欠陥を指摘する。
あとがき
関係年表
書誌情報
読み仮名 | ニホンハナゼカイセンニフミキッタカリョウロンヘイキトヒケッテイ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-603710-8 |
C-CODE | 0331 |
ジャンル | 日本史 |
定価 | 1,320円 |
電子書籍 価格 | 1,056円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/12/21 |
書評
波 2012年7月号より 「合意」のための「非(避)決定」
ではなぜ皆が開戦に消極的なのに対米戦が有望とされ、それが実行されたのか、この一見すると矛盾だらけの問いに対して、本書は戦前の政治、官僚システムの「非(避)決定」という構図から明快に論じている。
本書は一般読者を想定して執筆されているため、まず政策決定の仕組みや弊害について紙幅が割かれている。第一章を一読しておけば、当時の政策決定過程には国策を決定する政治主体というものが欠けており、国策は政府や陸海軍、外務省などの曖昧な合意の産物であったことが理解できる。ただしこの仕組みでは、それぞれが「組織の利益」を主張し出すと国策などまとまらない。そしてそのような状況が実際に生じていたのである。各組織はお互いが納得するまで膨大な「紙の上での戦い」を繰り広げ、落としどころを模索することになる。こうして組織間の合意を目指した両論併記の国策だけが文書として残されるのである。
この意思決定の根本さえ理解しておけば、第二章以降の戦争への道も難解ではない。基本的な構図は、対米戦を回避したい政府、中国からの撤兵を受け入れない参謀本部強硬派とそれをコントロールしようとする陸軍省、対米戦は回避したいが対米戦用の予算や物資は欲しい海軍、枢軸派と米英派の入り乱れる外務省が、それぞれの省益を戦わせながら曖昧な合意を形成していくというものである。しかし対米戦という対外的な、しかも国家の命運のかかった問題を、省益を優先する非決定の構図から論じていればいずれ行き詰まることは想像に難くない。曖昧な合意と議論の先送りしかできなかった政府にとって唯一合意に達することができたのが、「開戦」という悲劇的な結論であった。そこには国家としての長期的な展望や合理的な対外戦略といったものは見られない。
著者の森山優は前著『日米開戦の政治過程』でもこのような非決定の構図について論じているが、本書は一般読者向けに柔らかく書かれており、また東条内閣による国策再検討や東郷外相の外交について新たな知見を提示してくれている。本書を一読すれば、「組織の利益」、「玉虫色の結論」といった問題が昔話ではなく、それが現在にも通じていることに気付かされる。
担当編集者のひとこと
日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」―
リーダーシップ不在はいまも同じ 本書のサブタイトルを見て、ニヤリとされた方もいるかもしれません。特にサラリーマンの方なら、いっこうに決まらない検討課題、堂々巡りの議論、意見を言うだけの場となった会議など、まるで自分の勤める会社のようだと……。
昭和16年夏から秋にかけて、第三次近衛内閣と東条内閣では、大日本帝国全体の対外軍事方針である「国策」をめぐって喧々諤々の議論が繰り広げられました。しかし、よく見てみると、政府、陸海軍省、参謀本部、軍令部、外務省の首脳らは、それぞれに都合のよい案を併記し決定を先送りして、戦争と外交という二つの選択肢の間を揺れ動いただけでした。そして、それぞれの意見を取り入れていくうちに、結果的に対英米蘭戦という最悪のオプションを採択してしまいます。
敗戦後、連合国は東京裁判を開廷し、日本の指導者たちは共同謀議により戦争を計画・遂行したとされて、東条英機ら七名の被告が死刑に処せられましたが、実際は「共同謀議」どころか、お互い「足の引っ張り合い」をした結果の戦争であったことが本書を読むとよくわかります。
著者の森山優氏は、その過程を振り返って、次のような感想を述べています。
「日本が開戦に向かう政治過程をつぶさに検証して行くと、これでよく開戦の意思決定ができたものだと、逆の意味で感心せざるを得ない。その道程は決して必然的ではなく、どこかで一つ何かのタイミングがずれたら、開戦の意思決定は不可能だっただろう」
リーダーシップ不在のまま、状況に流されていく当時の指導者たちの姿は、いまの日本の現状(企業、政府、教育機関など……)と重ね合わせてみても、昔の話でも他人事(ひとごと)でもありません。
2016/04/27
著者プロフィール
森山優
モリヤマ・アツシ
1962年福岡県福岡市生まれ。歴史学者。西南学院大学卒業、九州大学大学院博士課程修了。静岡県立大学国際関係学部准教授。専門は日本近現代史・日本外交史・インテリジェンス研究。著書に『日米開戦の政治過程』。近年は日米交渉と暗号解読・情報活動の研究に取り組んでいる。