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日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」―

森山優/著

1,320円(税込)

発売日:2012/06/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

矛盾だらけの文書、決められない組織。「国策再検討」の迷走は昔話ではない!

第三次近衛内閣から東条内閣まで、大日本帝国の対外軍事方針である「国策」をめぐり、陸海軍省、参謀本部、軍令部、外務省の首脳は戦争と外交という二つの選択肢の間を揺れ動いた。それぞれに都合のよい案を併記し決定を先送りして、結果的に対米英蘭戦を採択した意思決定過程をたどり、日本型政治システムの致命的欠陥を指摘する。

目次
はじめに
第一章 日本の政策決定システム
明治憲法と日本国憲法の相違点/国務と統帥の分裂/行き詰まりと混迷/打開への模索/大本営政府連絡懇談会・連絡会議/目まぐるしく変更された「国策」/支離滅裂な文章/「国策」の決定者たち/政党の凋落/帝国議会の行き着いた先/参謀本部の発言力拡大/「大角人事」の後遺症/陸海軍の危ういバランス/「国策」決定の手順/天皇の意志表示/「船頭多くして船山に登る」/ゴミ箱モデル
第二章 昭和一六年九月の選択
松岡の閣外放逐/日米交渉に積極的だった閣僚/虎の尾を踏んだ南部仏印進駐/対米開戦論の勃興/「帝国国策遂行方針」の起案/近衛首相の決意/出師準備と「遂行方針」の提示/海軍部内の情勢判断/「遂行方針」の文面をめぐる攻防/陸軍の硬化と情勢の急転/参謀本部の強硬論と陸海軍折衝/「目途」の問題/曖昧なままの「遂行要領」/天皇の不満/「遂行要領」の「両論並立」性/曖昧な対米条件/外務省の奮闘と目論見/挫折した寺崎の意図/「日支間の協定」の真意/陸軍の対中和平構想/外務省の抵抗と陸軍の強硬姿勢/アメリカの照会/「返電案」をめぐる攻防 「両論並立状況」の再構築/交渉推進派の策謀/対米条件の一本化/参謀本部の一方的勝利がもたらしたもの/窮地に追い込まれた近衛内閣
第三章 なぜ近衛は内閣を投げ出したか
近衛・東条会談/「英米可分論」を主張し始めた海軍/一致結束できない海軍首脳部/海軍が下駄を預けた先/内閣崩壊の原因/官僚組織の割拠性/利害のねじれ/「皇族内閣」構想/大命は東条に
第四章 東条内閣と国策再検討
海相人事に介入/東郷外相の入閣/賀屋の蔵相就任/天皇の影響力行使/硬化する統帥部と国策再検討の開始/欧州における戦局の見通し/ソ連の動向と英米可分論の行方/開戦延期論の否定/秀才集団・海軍の限界/海上輸送能力/造船量と船舶損耗量の検討/欠陥だらけの船舶損耗量算定/曖昧な物資の需給予想/「臥薪嘗胆」という選択肢/鈴木企画院総裁の「転向」/伏見宮の圧力と海相の開戦決意/戦争回避の説得と嶋田の拒絶/分裂状態だった対米作戦構想/時代遅れの建艦計画/短期決戦の誘惑/物資優先配当を要求した海軍
第五章 対米交渉案成立と外交交渉期限
東郷の交渉戦略とは/対米交渉案の両論並立性/最後の決断 一一月一日の連絡会議/連絡会議での激論/外交交渉の期限問題/新たな妥協案/東郷外相の苦悩/陸海軍の部内統制/矛盾した最終決定/変化した昭和天皇の判断/排除された臥薪嘗胆論/三年め以降の見通しで落とされた要素
第六章 甲案と乙案
日本側の最後案 乙案/東郷外相の不可解な言動/甲案をめぐる交渉/交渉のすれ違い/東京でわかった認識のズレ/甲案の拒否
第七章 乙案による交渉
乙案の「奇妙な」送られ方/東郷の意図はどこにあったか/本省と出先のギャップ/野村の独断と乙案の提示/来栖も譲歩案に協力/謎が残るハルの反応/ハルは乙案をどう捉えたか/暫定協定案とハル・ノート/東郷外相の二正面作戦/暫定協定案をめぐる攻防/中国による暫定協定案の漏洩/ハルの変心
第八章 ハル・ノート
戦争準備段階に入ったアメリカ/もし暫定協定案が提案されていたら/ハル・ノートの衝撃/最後の開戦阻止活動/空振りに終わった重臣会議と高松宮の進言/開戦決定 何のための戦いか
おわりに
あとがき
関係年表

書誌情報

読み仮名 ニホンハナゼカイセンニフミキッタカリョウロンヘイキトヒケッテイ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-603710-8
C-CODE 0331
ジャンル 日本史
定価 1,320円
電子書籍 価格 1,056円
電子書籍 配信開始日 2012/12/21

書評

波 2012年7月号より 「合意」のための「非(避)決定」

小谷賢

太平洋戦争が勃発したのは単純に軍部が暴走したからではない。陸軍参謀本部の一部組織を除けば、天皇、政府、海軍、陸軍省ですら対米戦には及び腰であった。東条内閣の成立も軍部による戦争遂行目的などではとてもなく、東条は対米戦を回避するため首相に抜擢されたのである。さらに言えば、「なぜ日本はあんな無謀な戦争を行ったのか」という問いかけ自体、戦争の悲惨な結末を知っているが故の後知恵であり、当時「対米戦」という選択は最も有望と考えられていたのである。
ではなぜ皆が開戦に消極的なのに対米戦が有望とされ、それが実行されたのか、この一見すると矛盾だらけの問いに対して、本書は戦前の政治、官僚システムの「非(避)決定」という構図から明快に論じている。
本書は一般読者を想定して執筆されているため、まず政策決定の仕組みや弊害について紙幅が割かれている。第一章を一読しておけば、当時の政策決定過程には国策を決定する政治主体というものが欠けており、国策は政府や陸海軍、外務省などの曖昧な合意の産物であったことが理解できる。ただしこの仕組みでは、それぞれが「組織の利益」を主張し出すと国策などまとまらない。そしてそのような状況が実際に生じていたのである。各組織はお互いが納得するまで膨大な「紙の上での戦い」を繰り広げ、落としどころを模索することになる。こうして組織間の合意を目指した両論併記の国策だけが文書として残されるのである。
この意思決定の根本さえ理解しておけば、第二章以降の戦争への道も難解ではない。基本的な構図は、対米戦を回避したい政府、中国からの撤兵を受け入れない参謀本部強硬派とそれをコントロールしようとする陸軍省、対米戦は回避したいが対米戦用の予算や物資は欲しい海軍、枢軸派と米英派の入り乱れる外務省が、それぞれの省益を戦わせながら曖昧な合意を形成していくというものである。しかし対米戦という対外的な、しかも国家の命運のかかった問題を、省益を優先する非決定の構図から論じていればいずれ行き詰まることは想像に難くない。曖昧な合意と議論の先送りしかできなかった政府にとって唯一合意に達することができたのが、「開戦」という悲劇的な結論であった。そこには国家としての長期的な展望や合理的な対外戦略といったものは見られない。
著者の森山優は前著『日米開戦の政治過程』でもこのような非決定の構図について論じているが、本書は一般読者向けに柔らかく書かれており、また東条内閣による国策再検討や東郷外相の外交について新たな知見を提示してくれている。本書を一読すれば、「組織の利益」、「玉虫色の結論」といった問題が昔話ではなく、それが現在にも通じていることに気付かされる。

(こたに・けん 国際政治学者)

担当編集者のひとこと

日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」―

リーダーシップ不在はいまも同じ 本書のサブタイトルを見て、ニヤリとされた方もいるかもしれません。特にサラリーマンの方なら、いっこうに決まらない検討課題、堂々巡りの議論、意見を言うだけの場となった会議など、まるで自分の勤める会社のようだと……。
 昭和16年夏から秋にかけて、第三次近衛内閣と東条内閣では、大日本帝国全体の対外軍事方針である「国策」をめぐって喧々諤々の議論が繰り広げられました。しかし、よく見てみると、政府、陸海軍省、参謀本部、軍令部、外務省の首脳らは、それぞれに都合のよい案を併記し決定を先送りして、戦争と外交という二つの選択肢の間を揺れ動いただけでした。そして、それぞれの意見を取り入れていくうちに、結果的に対英米蘭戦という最悪のオプションを採択してしまいます。
 敗戦後、連合国は東京裁判を開廷し、日本の指導者たちは共同謀議により戦争を計画・遂行したとされて、東条英機ら七名の被告が死刑に処せられましたが、実際は「共同謀議」どころか、お互い「足の引っ張り合い」をした結果の戦争であったことが本書を読むとよくわかります。
 著者の森山優氏は、その過程を振り返って、次のような感想を述べています。
「日本が開戦に向かう政治過程をつぶさに検証して行くと、これでよく開戦の意思決定ができたものだと、逆の意味で感心せざるを得ない。その道程は決して必然的ではなく、どこかで一つ何かのタイミングがずれたら、開戦の意思決定は不可能だっただろう」
 リーダーシップ不在のまま、状況に流されていく当時の指導者たちの姿は、いまの日本の現状(企業、政府、教育機関など……)と重ね合わせてみても、昔の話でも他人事(ひとごと)でもありません。

2016/04/27

著者プロフィール

森山優

モリヤマ・アツシ

1962年福岡県福岡市生まれ。歴史学者。西南学院大学卒業、九州大学大学院博士課程修了。静岡県立大学国際関係学部准教授。専門は日本近現代史・日本外交史・インテリジェンス研究。著書に『日米開戦の政治過程』。近年は日米交渉と暗号解読・情報活動の研究に取り組んでいる。

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