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明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト―

今泉宜子/著

1,870円(税込)

発売日:2013/02/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

それは古来の形式を重んじつつ近代知も取入れた、全く新たな神社の誕生だった。

七〇万m2にも及ぶ鎮守の森、「代々木の社」とも称される明治神宮は鎮座から九十数年を数える。しかしその歴史は、全国で八万社を超える神社の伝統から見ればむしろ新しい。「近代日本を象徴する明治天皇の神社」とはいかにあるべきか――西洋的近代知と伝統のせめぎあいの中、独自の答えを見出そうと悩み迷いぬいた果ての、造営者たちの挑戦。

目次
まえがき
第一章 運動体としての明治神宮
一、「明治」の終焉
天皇崩御/明治という時代/大喪と二つの「御息所」

二、民間有志の神社請願――渋沢栄一
陵墓から神社へ/東京有志による運動の萌芽/諒闇あけて陳情また陳情/民間実業家の誇り――パリにおける渋沢の転回/ノブリス・オブリージュ――先駆者の使命感

三、神社奉祀調査会から造営局へ
神社奉祀調査会の創立/鎮座地東京の決定/帝都の品格――阪谷芳郎と都市の精神/「内苑は国が、外苑は我らが」/造営局の設置と奉賛会の組織化

四、奉賛会の使命感――阪谷芳郎
基本財産へのこだわり/ファンデーションという発想/物価高騰による苦労と工夫/奉納後の維持管理のために/果たすべき「新使命」/「永遠奉祀ノ基金」/解散、最後の一銭までも/第二奉賛会は実現していた/明治神宮祭奉祝会の誕生

五、青年団の奉仕と修養と――田澤義鋪
十万本の献木による森づくり/青年団の造営奉仕/田澤が生んだ青年団宿泊講習の原型/日本の将来を託して/修養講習としての奉仕/青年団と修養団の結節点/道の国日本への大きな一歩

六、時代をこえて
渋沢栄一の贈り物/時代の子
第二章 永遠の杜
一、「鎮守の森」誕生の力学
林苑計画のフロンティア/天然林と人工林のあいだで

二、森のビジョン――本多静六
目覚めのとき/ドイツ林学の系譜/大志を抱いて/日本森林植物帯論の生成発展/「無理なところ」に「立派なる神苑」を

三、『林苑計画』の実事――本郷高徳
橋を架けるひと/留学前夜/マイルの森で語り合う/造園ことはじめ/ミュンヘン物語/森と庭の架け橋/巧まざる匠の森づくり百年計画/森林美を求めて

四、術から学へ――上原敬二
遅れてきた先駆者/明治神宮という実験/日本に見出された理想/心の震えを引き金として/学問としての造園の誕生

五、未来を託して
森づくりモデル/今を生きる/もうひとつの「林苑計画」
第三章 都市のモニュメント
一、山形のエンジニア三傑――伊東忠太・佐野利器・折下吉延
林学、農学、工学の系譜/エキスパートたちの東北魂

二、オーソドックスへの要請――「普通」の社殿様式を求めて
伊東忠太の「非」西洋体験/新時代の神宮へ/「普通」というミッション

三、工学と農学、それぞれのアプローチ――参道の配置計画
境内・境外参道計画の変遷/アプローチの演出/内苑と外苑のあいだ

四、外苑という名のブラックホール
オールスターキャストによる外苑工事/苑路とは、直線か曲線か/記念のかたち/「佐野鉄」の登場/「ハードボイルド」建築学者の耐震構造学/ベルリンでの覚悟

五、震災復興のダイナモ――もう一つの参道
造営者たちの震災復興/折下の世界都市計画めぐり/公園道路へのチャレンジ/参道と公道のクロスロード/コンプレックスを記念する/再会と再建――戦後復興
第四章 記憶の場
一、聖徳記念絵画館という空間編成
外苑の「中心施設」として/完成まで二十年の長期プロジェクト/歴史編纂のオペレーション

二、画題選定と国史編纂――金子堅太郎
天皇紀・維新史・絵画館/「国史」待望論――「欧米議院制度取調」/「画題選定ノ方針」/金子の絵画館画題案/天皇紀から国史へ/「国史」展覧の場を求めて

三、歴史を描く――二世五姓田芳柳
歴史画をめぐる攻防/歴史の視覚化のために/パノラマ絵からの転換点/画題考証と参考下絵――精細なる事実を求めて/「史実」と「写実」のはざまで/「明治天皇紀附図」――その後の二世芳柳

四、永遠の空間へ――寺崎武男
物を言う記念碑として/大正の遣欧使節/モデルとしての国史展覧空間/神宮紙の誕生/絵画館永久保存の法則

五、聖徳記念絵画館という経験
記憶生成のメカニズム/「懐かしさ」のからくり/コメモレーション――歴史の発見
結びにかえて

書誌情報

読み仮名 メイジジングウデントウヲツクッタダイプロジェクト
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-603723-8
C-CODE 0352
ジャンル 宗教
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,320円
電子書籍 配信開始日 2013/08/30

書評

原宿、外苑前という人気スポットに潜むトポスの魅力

陣内秀信

 ヘリコプターで上空から明治神宮の広大な森を見て、感動したことがある。それが近代に創られた人工的な森だと知れば、誰もが驚くだろう。欅並木で有名な若者文化の発信地、原宿の表参道や、日本離れした素敵な外苑が明治神宮と一体として構想された事実も、忘れられがちだ。
 本書は、この明治神宮を生み出した壮大なプロジェクトの知られざる実像を描く意欲的な著作だ。主な時代は、大正から震災復興期の昭和初期。東京が近代の都市骨格を創造していく華やかな頃にあたる。一大国家プロジェクトだけに、日本近代史を飾った錚々たる人物がこれに深く関わる。著者は、その多くが海外に留学した「海を渡った造営者たち」である点に着目し、彼らが海外で貪欲に学んだことを日本の文化風土に合わせるべく格闘しながら神宮の内苑、外苑を実現したドラマを実証的に再現する。
 著者の今泉宜子氏は明治神宮に勤める研究員であり、派遣されたイギリスの大学で博士号を取得したユニークな経歴をもつ。極めて日本的なテーマに国際的な視点から挑み、海を渡った造営者たちの足跡を欧州各地に訪ね、一次史料を発掘した精力的な現地調査の成果がここに結実している。
 最初に海を渡ったのは渋沢栄一。欧米で学んだ彼の哲学に基づき、民間の力で神宮造営を行うべしとの考えをもち、特に外苑は国民の奉賛金でそれを実現した。だが、彼の東京に造営をというこだわりが問題を生んだ。空気が不浄な都会の東京には、「神聖、森厳」にふさわしいとされた針葉樹が育たない。結局選ばれた方法は、東京の気候風土に合う広葉樹で森厳さを実現することだった。林学先進国ドイツに学んだ本多静六、本郷高徳らの生態学的な理論と林学美学、そして国内を徹底調査した上原敬二が仁徳天皇陵の林から得た閃きが合わさり、荒涼たる土地だった代々木に、常緑広葉樹の荘厳な森が見事に実現されたのだ。
 海を渡った若い専門家達は、国家のためという責任と自負を強く感じ、頑張った。彼らの苦悩と喜びが、「洋行日記」を通じて描写される。ミュンヘン大学に留学した25歳の本多が、学位授与式の晴れ舞台直前の数日間、独りイザール川の下流を望み、声の立つ限り発音して演説の練習をした、というくだりは心を打つ。
 内苑に比べ、近代の自由な発想に立てる外苑では明治式を採用し、欧州各国の都市計画視察を体験した折下吉延が、並木道で公園間を結ぶパリの「連絡式公園計画」から学び、見事な銀杏並木を実現させた。明治天皇の聖徳を記念し、絵画で永久に歴史を残す使命をもつ絵画館の空間のプロデュースを担ったのは、ヴェネツィアに長く留学、日伊交流の架け橋となった画家、寺崎武男だった。
 本書は、神宮の造営史を通じて記述された林学、造園、都市計画、建築、美術を横断する日本近代史の輝く学術成果であると同時に、原宿、外苑前という人気スポットに潜むトポスの魅力を存分に掘り起こしてくれる。

(じんない・ひでのぶ 建築史・法政大学教授)
波 2013年3月号より

担当編集者のひとこと

森閑とした空間で感じる造営者たちの偉業

 中沢新一さんの『アースダイバー』や、陣内秀信さんと三浦展さんによる『中央線がなかったら見えてくる東京の古層』、あるいはタモリさんが進行役となりNHKで放映されていた『ブラタモリ』等、東京の現在の地形を古地図やかつての地籍をもとに探索し新たな発掘をしていく試みが、いま静かなブームを呼んでいるようです。普段見慣れた都会の風景が、また全く別の様相を見せてくれるのが醍醐味なのでしょう。本書もそうした知的好奇心をみたしてくれる一冊です。
 東京・代々木に鬱蒼と広がる七十万m2にも及ぶ鎮守の森、そこに佇む明治神宮とは、一体どのような存在なのでしょうか。江戸期までは加藤家・井伊家の下屋敷だったといいます。その広大な地に、崩御した明治天皇の神霊を祀る神社の建立が計画されたのはおよそ百年前のこと。もっとも百年前の創建とはいえ、全国八万社を超える神社の「伝統」からすれば、明治神宮はむしろ近代に生まれた「新しい」社なのです。「近代日本を象徴する」明治天皇の神社とは、いかにあるべきか――造営者たちは、伝統を重んじつつも西洋的近代知も取り入れるという独自の答えを見出さなければなりませんでした。古来の形式を残しながら斬新な様式美をたたえる建築はもちろん、神社としては初めて広葉樹を主木に採用した林苑造り、そして都市計画と密接に結びついた空間設計など……いずれも今日では当たり前のように存在していますが、造営者たちの苦労は並大抵のものではなかったのです。
 中でも特筆すべきは、空間設計でした。明治神宮の「場」とは、正確にどこを指すのでしょうか。それは単に境内と鎮守の森の敷地(内苑)に限られるものではありません、欅並木で知られる原宿の表参道、神宮球場ほかスポーツ施設が並び立つ外苑までも含めて、初めて明治神宮は「場」として成り立っているのです。造営中には関東大震災もあり、その結果、いまの東京につながる都市計画も考慮された複合的な空間からなる「場」の創造行為は、実に十年にわたる試行錯誤の末、ようやく完成を見たのでした。改めて現在、実地を検分し、地図で確かめてみれば、いかに美しく精緻に設計されたか、さまざまな工夫の跡に驚かされるはずです。
 例年の初詣客の数ではダントツの一位を誇る明治神宮ですが、年始だけでなく是非、普段の日にも訪れることをお薦めします。森閑とした空間の中、造営者たちの偉業に触れる散策は、きっと新たな発見をもたらすでしょう。

2016/04/27

著者プロフィール

今泉宜子

イマイズミ・ヨシコ

1970年、岩手県生まれ。明治神宮国際神道文化研究所主任研究員。東京大学教養学部比較日本文化論学科卒業。雑誌編集者を経て、國學院大學で神道学を専攻、2000年より明治神宮に所属。2002年、ロンドン大学SOAS博士課程修了。博士(学術)。2009年9月より1年間、フランス国立社会科学高等研究院客員研究員。著書に『明治神宮 戦後復興の軌跡』。

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