天皇と葬儀―日本人の死生観―
1,760円(税込)
発売日:2013/12/20
- 書籍
- 電子書籍あり
土葬か火葬か、陵の形・場所、 来世観と儀式――それは私たちの「喪の文化史」だった。
モガリが政治空間だった古代、タタリとケガレに呪縛された平安、火葬が当たり前だった中世、尊皇思想が生まれた幕末・維新期、皇室と仏教の関係を切った明治、国威発揚の儀式と化した大正、国民主権下の大喪となった昭和、そして今、象徴天皇にふさわしい葬儀とは?……古代王朝から昭和まで、歴代天皇の「葬られ方」総覧。
書誌情報
読み仮名 | テンノウトソウギニホンジンノシセイカン |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 368ページ |
ISBN | 978-4-10-603737-5 |
C-CODE | 0314 |
ジャンル | 政治 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,408円 |
電子書籍 配信開始日 | 2014/06/27 |
書評
波 2014年1月号より 葬儀から見た近代天皇制の「残滓」
葬儀や陵という、「死」にかかわるがゆえになかなか言及できない話題を、皇室自身が持ち出したことは、大きな波紋を呼び起こした。日本では火葬が一般的となって久しいにもかかわらず、皇室では昭和天皇、香淳皇后まで土葬が続いてきたこと自体、初めて知った人も多かったのではないか。天皇制にまつわるさまざまな「謎」の一端が解き明かされたわけである。
では、皇室は一体いつから土葬を取り入れたのか。そもそも歴代の天皇は、死去すればすぐに葬儀が行なわれたのか。遺体はどのように扱われてきたのか――こうした疑問が、次々に浮かんでくるだろう。けれども不思議なことに、古代から現代までの天皇の葬儀を通史的に俯瞰する研究は、これまでなされてこなかった。
本書は、宮内庁で長らく皇室の取材を続けてきたジャーナリストによる、初めての本格的な天皇の葬儀の通史である。これを読むと、「古制に倣ったもの」とされた天皇の葬儀の多くが、実は仏教色を排除した明治以降に創設されたものであり、それ以前は仏教の影響が強かったことがわかる。歴代天皇で初めて火葬された持統から昭和までの八十八人の天皇のうち、火葬と判明しているのが半数近い四十四人にのぼるのも、仏教の影響を抜きにしては考えられない。土葬は江戸時代の後光明天皇以降に慣例化するものの、天皇の菩提寺に当たる京都の泉涌寺では、建前上火葬がなお継続した。これが大きく変わるのは、復古神道が台頭する幕末になってからであった。
さらに明治になると、上円下方墳と呼ばれる巨大な天皇陵が造営される。この形式は、大正、昭和天皇の陵にも受け継がれる。著者は明治とそれ以前との「深い断絶」を強調するが、確かにこの断絶に比べれば、敗戦に伴う変化は、憲法が改正されたにもかかわらず、相対的に小さかった。皇居は移らず、宮中祭祀はほぼ保たれた。葬儀や陵も大正天皇という前例が踏襲された。それは象徴天皇制にはそぐわない、天皇の権威を演出するための装置としての役割を果たした。
土葬から火葬への変更を求める現天皇や現皇后の意向は、決して唐突に出てきたわけではなく、天皇が権力の主体として登場する前の時代に戻ることで、日本国憲法に見合う葬儀が可能になるという判断を伴っていたことが、本書からは見えてくる。著者は「本職の歴史家ではないので、深い知識はない」と謙遜するが、葬儀という観点を通して、明治から昭和初期までの近代天皇制が、長い天皇制の歴史のなかでいかに異様であったか、そしてその「残滓」がいまなおどれほど払拭されていないかを明らかにした功績は、まことに大きいと言わねばなるまい。
担当編集者のひとこと
天皇と葬儀―日本人の死生観―
持統以降、実に半数以上の天皇が「火葬」だった―― 11月14日(2013年)、宮内庁より現天皇と皇后の「葬儀や陵について」の発表がなされました。「従来の土葬を火葬に変え、お二人の陵を寄り添い並び立つようにする」との内容に、驚かれた向きも多かったのではないでしょうか。その背景には、陵の簡素化を望む天皇、皇后の思いがあるとも伝えられました。
またこの発表と同時に、宮内庁は神武から昭和天皇に至るまでの124代が、土葬か火葬か、どのような「葬られ方」をされてきたかの一覧も公表しました。それによると、歴代天皇で初めて火葬された持統から昭和までの88人(北朝天皇も含む)の天皇のうち、実に半数以上が「火葬」とされていることがわかります。天皇は土葬されるのが当たり前との固定観念が私などにはあったせいか、こちらの数字も驚きでした。
土葬は、江戸時代の後光明天皇以降に慣例化するものの、天皇の菩提寺に当たる京都の泉涌寺では、建前上、火葬の儀式がなされていたほどとか。復古神道が台頭する明治までは、天皇家の「死のしきたり」は大きく仏教の影響を受けていたのです。
「明治以降とそれ以前の天皇制には、深い断絶がある」――そう本書の著者はいいます。なるほど本書をひもとけば、葬儀のあり方一つをとっても、そのことに納得がいきます。土葬から火葬への変更を求める現天皇、皇后の意向は、決して唐突に出てきたわけではないのです。むしろ、明治から昭和初期にかけての権力の象徴とされてしまった姿を、前の時代に戻ることによって、今の「象徴天皇」にふさわしい葬儀の形にしようとの意向もあるのではないでしょうか。
2016/04/27
著者プロフィール
井上亮
イノウエ・マコト
1961年大阪生まれ。日本経済新聞社社会部編集委員。1986年日本経済新聞社に入社。東京、大阪の社会部で警視庁、大阪府警、宮内庁、法務省などを担当。元宮内庁長官の「富田メモ」報道で2006年度新聞協会賞を受賞。著書に「非常時とジャーナリズム』(日本経済新聞出版社)、『焦土からの再生―戦災復興はいかに成し得たか―』(新潮社)、共著に『「東京裁判」を読む』(日本経済新聞出版社)、『「BC級裁判」を読む』(同)など。