「ゆらぎ」と「遅れ」―不確実さの数理学―
1,320円(税込)
発売日:2015/05/29
- 書籍
- 電子書籍あり
「不確実さ」の中にこそ、問題解決のヒントがあった!
「安定」「正確」を求める現実社会は、じつは「不規則」や「不確実さ」に満ちている。そうした「不確実性」は、時に予想もしない効果をもたらしたり、有益な働きをしてくれる。トーナメント戦での番狂わせ、犯人追跡の意外な方法、免震制御、時間差による攻撃手段など。身近にある不安定現象を挙げながらその意外な効用を説く。
遅れとは?
不確実さと確率
ブランコを大きく揺らすには――共鳴
遅れの影響と効果――意外と避けられない要素
指先で棒を立てる――バランス制御(その2)
反対の手で物を振る――ゆらぎでゆらぎを制する
順列・組み合せの問題
今日は雨。明日も降るか?――条件付き確率
現実問題への応用
個と全体
局所と非局所――時間と空間で(その1)
ゆらぎと遅れ――時間と空間で(その2)
書誌情報
読み仮名 | ユラギトオクレフカクジツサノスウリガク |
---|---|
シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-603769-6 |
C-CODE | 0342 |
定価 | 1,320円 |
電子書籍 価格 | 1,056円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/11/20 |
書評
不確かなものとの付き合い方
将来を見通せる水晶玉が欲しい、と思うことがたまにある。昔と比べて変化の速い時代を生きる我々は、ますます遠い先が見通せない状況に追い込まれているといえる。ただ、少なくとも5年後までは東京オリンピックに向けて日本は大いに盛り上がっていくだろう。そういう意味で、オリンピックは人々にちょっと先の明るい見通しを与えてくれる貴重な存在であるといえる。しかしその後はどうだろうか。2020年以降、我が国は高齢者が約30%にもなる超高齢社会を迎える。そうなると、年金や医療などこれまでの社会のしくみを大きく変えていかないと、もうこの国はもたないかもしれない。こうした将来の不確かさから、漠然とした老後への不安感を覚えている人も多いだろう。
本書は、そういった我々の生活に密着した不確かなものに対して、科学者がどのように精密な予測をしようと努力しているかについて、たいへん分かりやすく書かれている。将来に対する不安を払拭するヒントが欲しい人や、日々様々な不確かなものを相手にしているビジネスマンなどにもお勧めだ。
不確かなものがあると、我々はどうも落ち着かない。それを理解して、安心したいと誰しも思うのは、危険に対する人間の防御本能のようなものだろうか。そして不確かなものの代表が、未来であろう。先のことはもちろん誰にも分らない。十年後にどこで何をしているのか、正確に予測するのは無理な話である。
それでは科学における水晶玉とは一体何だろうか。それは一言でいえば「確率」である。確率といえば中学校で習うものだが、本書ではその生きた姿を見ることができる。確率こそが不確かなものに対処する最も信頼できる武器であり、この習得によって人生はより豊かなものになると断言できる。そのため、昔確率が苦手だった人こそ、本書を確率の入門書と位置づけて読み進めていくのは如何だろうか。一線で活躍している科学者が書く一般向けの本は、あまり数が多くないため貴重である。そこにはあまり専門誌では語られることのない科学者の本音も垣間見ることができ、その人間臭さにより理解も深まるのだ。
さて、本書では首尾一貫したテーマである「ゆらぎ」と「遅れ」の具体例について、確率を用いて広く深い考察がなされている。ゆらぎは空間的な不確かさに関係しており、遅れは時間的な不確かさであると著者は説く。つまり私たちの身の回りの様々な不確かさは、これら二つが作り出す産物ともいえるだろう。
この本の特徴の一つが、このゆらぎと遅れをマイナス要因として見るだけでなく、プラスにも転じうる、ということも議論している点である。例えば遅れがあることをうまく利用して、フラッシュトレーディングという取引をすれば確実に儲けることができることが紹介されている。また、ゆらぎの例として地震が挙げられるが、制振という技術は、建物内にあえて揺れる部分を作り、そのゆらぎで地震の揺れを吸収するものである。つまりゆらぎでゆらぎを制す、というゆらぎ活用法の一つである。
そして全編にわたって著者オリジナルの研究成果がちりばめられているのが楽しい。例えば、誰でも手のひらの上で棒を立てる遊びをしたことがあると思う。もちろん棒はそのままでは不安定なので倒れようとするが、棒が倒れる方向に手を遅れずに動かすことができれば、かなりの長い時間立たせることが可能である。もしもこれが苦手な人がいれば、本書に驚きの方法が書いてあるので、ぜひ読んで試してみてほしい。それはゆらぎをうまく活用する著者の斬新なアイディアであり、自分もやってみたが確かに安定性が向上したのだ。その他にも、テニスなどのトーナメント試合では、ランキングが下位の選手でも1位になる確率がかなり高くなることが示されている。これまで運や相性、そして精神的な要因などによって勝ち負けが説明されてきたが、実は数学的な背景から来ているかもしれないのだ。強いプレーヤーでも負けることがあるという不確かさが少しあるだけで、こうしたことが数学的に導けてしまうのが確率の面白さである。
人間の直感は素晴らしいと思う時もあるし、危ういと感じる時もある。できればやはりきちんと確率を計算して確認していくことも重要であり、ここに科学の意義があるのだ。著者の言葉を借りれば、「不確かさとは慎重に向かい合うべきなのである」。
(にしなり・かつひろ 渋滞学者・東京大学教授)
波 2015年6月号より
著者プロフィール
大平徹
オオヒラ・トオル
1963年、東京都生まれ。名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授。1982年、グルー基金奨学生として渡米し、ハミルトン・カレッジに入学、1986年卒業。英国ケンブリッジ大学クライスツ・カレッジ、民間企業勤務を経て1993年に米国シカゴ大学大学院物理学専攻博士課程修了、Ph.D.取得。民間企業研究所を経て、2012年4月より現職。専門は「ゆらぎ」や「遅れ」を含むシステムの数理だが、研究対象の題材は数理、物理、生物・生体、社会・経済など幅広く取り上げている。著書に『「ゆらぎ」と「遅れ」――不確実さの数理学』(新潮選書)など。趣味はギター演奏とサイクリング。東京・港区のサッカーチームに親子で所属する週末プレイヤーでもある。