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悪党たちの大英帝国

君塚直隆/著

1,980円(税込)

発売日:2020/08/26

  • 書籍
  • 電子書籍あり

歴史を動かした「悪いやつら」!

辺境の島国イギリスを、世界帝国へと押し上げたのは、七人の「悪党」たちだった。六人の妻を娶り、うち二人を処刑したヘンリ八世。王殺しの独裁者クロムウェル。砲艦外交のパーマストン。愛人・金銭スキャンダルにまみれたロイド=ジョージ。そして、最後の帝国主義者チャーチル……。彼らの恐るべき手練手管を鮮やかに描く。

目次
はじめに――「悪党」たちが時代を動かす
第一章 ヘンリ八世――「暴君」の真実
雷鳴とどろく玉座の暴君?/テューダー王朝の正統性/ヘンリ父子の微妙な関係/国王即位と大いなる野望/ウルジーの登場――国際政治の調整役?/後継者問題の深刻化――男子継承者への渇望/「主権国家」のさきがけ?――イングランド国教会の形成/内憂外患の一五三〇年代/「帝国」の拡大/王権と議会の協働/王の死とその遺産
第二章 クロムウェル――清教徒の「独裁者」
国中の人心激烈の極点に達して/ジェントリに生まれ/ピューリタンとしての強み/初期ステュアート王朝の議会政治/クロムウェルの登場/「神の摂理」で動く/「王殺し」/完全なる合邦へ――ダビデになったクロムウェル/ヨーロッパと「帝国」のはざまで/「無冠の帝王」の死
第三章 ウィリアム三世――不人気な「外国人王」
さまよえるオランダ人?/不遇な少年時代/ルイ一四世との対決――国際政治の檜舞台へ/イングランドとの縁組み/王位継承排除危機――名誉革命への道/立憲君主制の確立――ウィレム夫妻の即位/三王国の王に――「複合国家ブリテン」の複雑さ/勢力均衡論の導入――「島国根性」との戦い/継承の道筋――王位継承法の制定/人気のない「救世主」/財政=軍事国家の基礎を築く
第四章 ジョージ三世――アメリカを失った「愛国王」
王冠をかぶった悪党?/ハノーヴァー王朝と議院内閣制の形成――ジョージ一世・二世の時代/「愛国王」の登場/即位後の大混乱/「愛国王」の孤立とアメリカの独立/ジョージ三世の「敗因」/「悪党」ジョージとピット政権の確立/殿ご乱心!――摂政制危機という悲喜劇/頑迷な国王と改革の頓挫/病気の再発と摂政制への移行/「愛国王」の死と立憲君主制の確立
第五章 パーマストン子爵――「砲艦外交」のポピュリスト
軽佻浮薄なポピュリスト?/アイルランド貴族の家に生まれ/混迷の時代の陸軍事務長官職/外相就任とロンドン会議の掌握/会議外交の始まり/メッテルニヒとの対決/革命の時代――ヨーロッパ自由主義の王者/外相辞任――女王夫妻との確執/復活――クリミア戦争と首相就任/ヨーロッパとイギリスの転換期/時代の移り変わりと老首相の死/未来の予見者?
第六章 デイヴィッド・ロイド=ジョージ――「王権と議会」の敵役
ウェールズの魔女?/弱者のための弁護士/政治家への道/人民の王者に――商務相・財務相時代/貴族院への一撃――議会法の成立/第一次世界大戦の勃発/一二月政変と首相への就任/前代未聞の戦時体制/ロイド=ジョージの勝利/堕ちた英雄――新たなる時代の始まりと首相辞任/自由党と「ウェールズの魔女」の死/「英雄」の生涯
第七章 ウィンストン・チャーチル――最後の「帝国主義者」
歴史知らずのお坊ちゃま?/宮殿で生まれた赤ん坊/生き急ぐ若者――キューバ・インド・アフリカへ/政界進出と最初の鞍替え/ガリポリの悲劇――海相時代の光と影/失われた二〇年?――落選・鞍替え・「荒野の一〇年」/この時、この試練のため……/いかなる犠牲を払っても勝利を……/生き急ぐ老人――最後の頂上会談への執念/最後の帝国宰相?
おわりに――政治的な成熟とは

書誌情報

読み仮名 アクトウタチノダイエイテイコク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603858-7
C-CODE 0322
ジャンル ノンフィクション、世界史
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,540円
電子書籍 配信開始日 2020/08/26

書評

われわれには「悪党」が必要である

細谷雄一

 バロック期イタリアで活躍した画家カラヴァッジョの描く人物画は、その鮮烈な光と陰のコントラストが美しい。まるで光に照らされて対象の人物が浮かび上がるような生き生きとしたその描写は、背景となる暗い闇によって生み出される。わが国における代表的なイギリス史研究者、君塚直隆氏の最新の著作である本書は、これまでのものとはだいぶ趣が異なる。何しろ本書は「悪党」の群像劇を描くのだから。いわば「悪党」という深い陰を描くことで、イギリス史を再構築する野心的な試みである。読者は、本書で次々と登場する「悪党たち」の活躍に、すぐさま引き込まれ急いで次々とページをめくることであろう。
 本書では、ヘンリ八世、クロムウェル、ウィリアム三世、ジョージ三世、パーマストン子爵、デイヴィッド・ロイド=ジョージ、そしてウィンストン・チャーチルという七名の「悪党たち」が登場する。ロイド=ジョージやチャーチル以外の人物は、世界史に一定以上の関心を寄せる読者でなければ、それほど詳しくその人物像に触れる機会はないかもしれない。
 君塚氏は、「はじめに」のなかで、そのような「悪党」を、「ちょうど日本中世史に登場する『悪党』のように、公式の荘園支配(守護や地頭らによる支配)の外部からまさにアウトサイダーとして登場し、いつしか荘園体制を崩壊に導いていった武士団のような存在をイメージしている」と説明する。なるほど、歴史を動かす「アウトサイダー」こそが、本書の主役なのである。イギリス人は、「アウトサイダー」に優しい。そのことは、カール・マルクスのような亡命者を受け入れ、擁護してきたイギリスの歴史が雄弁に示している。
 本書と似たような構造をもつ著作として、二〇世紀イギリスを代表する歴史家、A・J・P・テイラーの『トラブルメーカーズ――イギリスの外交政策に反対した人々(1792―1939)』(真壁広道訳、法政大学出版局、2002年)がある。テイラーはその著書の中で、通常のイギリス外交の通史では脇役となるような「急進主義の伝統」に連なる何人もの「異端者たち」を登場させる。君塚氏が「悪党たち」に優しいように、テイラーもまた「異端者たち」に優しい。というのもそれらの人物が、同時代の多くの人が気づかぬ真実を語り、また後の時代でなければ気づかないようなかたちで歴史の歯車を動かしてきたからだ。
 君塚氏は、本書に登場する「悪党たち」がイギリスの政治や社会を変革し、イギリス史を動かす原動力となっていた事実を見逃さない。各章の冒頭には、その章の主役である「悪党」を罵り、非難する、同時代的な証言が引用されている。たとえば、経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、本書に登場するロイド=ジョージを嫌悪して、「からっぽで、中味がない」人間であって、「吸血鬼ヴァムパイアと霊媒を一緒にしたようなもの」と痛烈に侮蔑する。またチャーチルの章では、冒頭に、帝国主義者チャーチルを非難するインドのガンディーの言葉が掲げられている。君塚氏の表現を借りれば、チャーチルは、「世紀の英雄」としての顔と、「独りよがりで傲慢な帝国主義者のお坊ちゃま」としての顔と、双方を持ち合わせている。それこそが、カラヴァッジョが人物を描く際に光と陰を組み合わせたような、人物を描写する際の立体感を生み出しているのではないか。
 そして、本書の「おわりに」のなかで、アクトン卿のあまりにも有名な一節、すなわち「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」という言葉が引用されている。だが、この有名な言葉の後に、あまり有名ではない次のような一文が続くことを、私は知らなかった。すなわち、「偉大な人物というのは大概いつも悪党ばかりである」。
 光が強ければ、陰も深い。偉大な業績を残した人物の粗探しをして、批判を浴びせるのは容易である。だが、もしもその人物をより立体的に、より生き生きと描写するのであれば、光と陰との双方を組み合わせねばならない。そして、君塚氏が語るように、「彼らが残した業績が、その時々のイギリスや世界にとっては極めて偉大なものであり、またその数々の『悪徳』にもかかわらず、彼らが同時代の人々の多くから一定以上の支持を集めていたことは疑う余地がない」のである。歴史は裁判ではない。その対象となる人物のより深い理解こそが、よりよい歴史を生み出すのであろう。本書の最大の功績の一つは、歴史において人物を描く際に、そのような重要な教訓を教えてくれたことではないか。
 さて、本書でも最後の方に登場するボリス・ジョンソン首相という新しい「悪党」が、はたしてコロナ禍の現在において偉大な業績を生むことができるのか。あるいはそれができずに歴史の舞台から退場するのか。本書を楽しみながら、もうしばらく観察することにしよう。

(ほそや・ゆういち 慶應義塾大学教授)
波 2020年9月号より

著者プロフィール

君塚直隆

キミヅカ・ナオタカ

1967(昭和42)年東京都生まれ。関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』(サントリー学芸賞受賞)、『悪党たちの大英帝国』『ヴィクトリア女王』『物語 イギリスの歴史』『貴族とは何か』他多数。

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