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言論統制というビジネス―新聞社史から消された「戦争」―

里見脩/著

1,705円(税込)

発売日:2021/08/26

書誌情報

読み仮名 ゲンロントウセイトイウビジネスシンブンシャシカラケサレタセンソウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 287ページ
ISBN 978-4-10-603871-6
C-CODE 0330
ジャンル 歴史・地理
定価 1,705円
電子書籍 価格 1,705円
電子書籍 配信開始日 2021/08/26

「権力とメディアの癒着」――その原点は戦時統制にあり!

「軍部の弾圧でペンを折らざるを得なかった」は虚構だった。「報道報国」の名の下、部数を貪欲に追い求めた新聞社は、当局に迎合するだけの記者クラブを作り、唯一の統制機関「内閣情報局」に幹部を送り込んだ。そして、ライバル紙を蹴落とすために地方紙大合併を仕掛け……。戦争を利用し尽くしたメディア暗黒史。

目次
プロローグ
戦争は新聞を肥らせる/政府、メディア、国民/メディアの矛盾を問い直す
第一章 一万三四二八紙の新聞
新聞の分布/全国紙と地方紙の格差/通信社の存在/岩永裕吉の動機/古野伊之助の来歴/ナショナル・ニュース・エージェンシーの誕生/私心なき策士/二つの言論統制
第二章 変貌する報道メディア
非公式で誕生した情報委員会/変質した社論/肉弾と爆弾/「写真号外」というキラーコンテンツ/慰問で集めた購読者/地方紙の軍部批判/新聞資本主義/満州国通信社の設立/解体の危機
第三章 国策通信社の誕生
電通と陸軍/聯合と外務省/難航する統合交渉/陸軍の翻意と二・二六事件/動き始めた内閣情報委員会/古野の人脈
第四章 実験場としての満州
反日感情を抑えるために/関東軍と弘報協会の巧妙な仕掛け/言論統制の革新的見本/情報統制の最終形態
第五章 新聞参戦
「こんな程度でよいのか」/報道報国/兵器を献納する新聞社/同盟が作った新聞社と通信社
第六章 映画の統合
我国初の文化立法/「日本ニュース映画社」の設立/「欠くべからざる武器」としての映画
第七章 内閣情報局に埋め込まれた思惑
「死刑宣告の新聞」/内閣情報局の陣容/統制者となったメディア/陸軍の黒幕と呼ばれたメディア人/政経将校という実務家たち/革新官僚が描いた「公益」/同盟への補助金
第八章 自主統制の対価
吉積の書類綴/全国紙に挑んだ名古屋の「国策順応」/連盟が望んだ「好ましい統制」/植付けられた「統制の種」/古野の役割と思惑
第九章 新聞新体制の副産物
明かされた新聞の実売数/販売競争の終焉/記者クラブの履歴/枠内に入った記者たち/思想戦戦士
第十章 統制の深化
日本中の新聞を一つにする/純粋なる公的機関としての新聞/目標より先に狙いをつけて撃て/くせ者たちの争い/入り乱れる思惑/緒方案の真意/四つの連動/削られた「統制」の文字/日本新聞会という「私設新聞省」/資本と経営の分離/発表を待つだけの記者/売り上げを伸ばした共販制/南方占領地での宣撫と指導/史料I・II
第十一章 一県一紙の完成
現在の新聞社の由来/調整者古野の暗闘
第十二章 悪化する戦局の中で
憲兵政治/東條首相との会談/緒方の情報局総裁就任/焼け太りの持分合同
第十三章 巣鴨プリズン
八月十五日の光景/原爆報道の抵抗/同盟の解体/巣鴨の弁明/新団体に残された火種/古野と正力
エピローグ
生き続ける「言論統制」/「一県一紙」という特権/「軽減税率」と「記者クラブ」の問題/「新聞資本主義」の克服
言論統制関連年表
参考文献一覧

書評

現在も生き続ける「言論統制」の産物

有山輝雄

『言論統制というビジネス』とは奇異なタイトルである。通常、言論統制とビジネスとはまったく相反するものであって、両者が交差するところはまったくないと考えられている。しかし本書を読み進んでいけば、著者の言わんとするところが分かってくる。言論統制とビジネスとは交わることのない平行線の関係にあるのではなく、互いに思いがけない引力が働き交差するのである。著者の里見氏が明らかにしたように、戦前期の日本のメディアの特徴はまさにこの二つが交差するところに形成された。そしてまた大きな変革・再編期にある現在のメディアをめぐる諸勢力の力関係を考えるヒントも示されている。
 本書の主人公である同盟通信社長・古野伊之助は、言論統制とビジネスの交差点に立って内務省・軍部・情報局・全国紙・地方紙・通信社といったそれぞれの強面の諸勢力を交通整理し、戦時メディア体制を形成するうえで大きな役割を果たした人物である。しかもその戦時メディア体制は現在のメディアの基礎となっているのである。
 しかし古野はメディアの世界の陰の演出者であったから彼の活動は当時においてもなかなか見えにくかったし、また表立った記録が残りにくい。しかし里見氏は丹念に資料を博捜し、印象的なエピソードを掘り起こし古野伊之助の人物像を描いている。既に里見氏はこの時期のメディアを制度・機構の観点から見た『ニュース・エージェンシー』や『新聞統合』といった研究を著しているが、本書では制度・機構といった地紋のなかで古野という人間を鮮明に浮かびあがらせているのである。
 そこに見えてくる古野伊之助という人物はなかなか興味深い。この時期の国際的通信社で活躍する人物は樺山愛輔、岩永裕吉、松本重治、松方三郎など多彩だが、いずれも名門の出身で、欧米の大学に留学し、欧米上流階級に多くの知己をもっている。それが彼らの国際舞台での活躍の武器であったのだが、里見氏も指摘している通り古野は苦学を経てAP通信に給仕として入社したのがジャーナリズムにかかわった最初である。そうした古野が新聞聯合、同盟通信社と巨大な通信社を作りあげるのに辣腕をふるい、メディア全体の実権を握っていったのである。そこには通信社が当時の国家的政策に乗って急速に膨張していく時代の状勢があったが、古野のようなたたきあげの人物でなければ軍人や官僚などと一筋縄ではいかない交渉を重ね、自社を拡大させることはできなかったろう。
 里見氏は古野伊之助と対照的な人物として読売の正力松太郎をあげている。これは鋭い着眼点である。どちらもこの時期に急速にのしあがった個性的メディア経営者であったが、里見氏は全国紙を私益中心に経営していった正力松太郎、地方紙を擁護し且つ公益を掲げる古野伊之助といった対立軸を設定し、二人の人物と時代の特徴を描いている。ここに言論統制とビジネスとの交点がある。どちらも言論統制に抵抗したわけではない。むしろそれを利用してビジネスを大きくしていった。ただそのやり方は異にしていた。正力は私益を前面に押し出して政府の統制に歯止めをかけて読売新聞社の権益を確保し拡大した。一方、古野は国益を掲げて全国紙を掣肘して地方での一県一紙制を促進し、地方紙を基盤に国家代表通信社を作ったのである。メディアが資本主義企業として成立しているこの時期、言論統制はビジネスと対立的であったのではない。逆に言論統制体制にビジネスを組みこんでいなければ言論報道の統制はできなかったし、またメディアは統制を組みこむことによってビジネスとして安定したのである。二人はそれぞれのやり方で統制とビジネスとを調整したのである。里見氏は言論統制の産物が現在のメディア業界でも温存されているのは、それがメディア自身が参加して作ったものだから「一定の合理性」をもっていると述べているが、まさにそこに言論統制とビジネスが交差する点がある。古野伊之助はそれを体現した人物であった。
 現在、様々な新しいメディアが登場し、また巨大なIT産業が出現してきているが、そこでの問題の一つは国の政策(統制)とビジネスとの新たな関係である。本書はこうした問題を基底的なところから考えるための多くの材料を含み、刺激的な一書である。

(ありやま・てるお 元東京経済大学教授/メディア史研究者)
波 2021年9月号より

著者プロフィール

里見脩

さとみ・しゅう

1948年、福島県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得満期退学。博士(社会情報学)。時事通信社記者、四天王寺大学教授、大妻女子大学教授などを経て、2021年8月現在は大妻女子大学人間生活文化研究所特別研究員。主な著作に『新聞統合 戦時期におけるメディアと国家』(勁草書房)、『ニュース・エージェンシー 同盟通信社の興亡』(中公新書)、『岩波講座「帝国」日本の学知』第4巻(共著、岩波書店)、『メディア史を学ぶ人のために』(共著、世界思想社)など。

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