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欧州戦争としてのウクライナ侵攻

鶴岡路人/著

1,815円(税込)

発売日:2023/02/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「ウクライナ対ロシア」だけでは分からない「戦争の本質」。

2022年2月に始まった一方的な侵攻は、ロシアの戦争を超えて欧州全体の問題――「欧州戦争」になった。欧州が結束して武器や弾薬の供与に踏み切った背景、欧州全域を巻き込んだエネルギー危機の行方は? 欧州の安全保障を専門とする著者がこの大転換の構造を分析し、「ウクライナ後の世界」の課題と日本の選択を探る。

目次
はじめに
本書関連事項 略年表
地図 欧州主要部 ウクライナ主要都市と周辺国
第一章 ウクライナ侵攻の衝撃
「さらなるウクライナ侵攻」前夜の攻防
NATO非加盟国ゆえに部隊派遣なし/欧州は経済制裁のダメージを許容できるか/隣接するNATO加盟国へは防衛支援も/欧州国際秩序の再編を迫るロシア提案/日本はどう行動するのか
プーチンの主張する「NATO不拡大約束」とは何だったのか
ベーカー発言は「証拠」ではない/ドイツ統一へのソ連の「原則論的反対」をいかに乗り越えるか/対象は「東欧全体」ではなく「東独」/口頭の「約束」としては成立するか/「手打ち」を帳消しにする「九七年五月」回帰の主張
抑止と同盟の視点からみえる戦争の構図
米国・NATOはなぜ介入しないのか/エスカレーション・コントロールをめぐる攻防/抑止手段としての経済制裁?
ウクライナの「中立化」と「安全の保証」の相克
輪郭の定まらないロシアの「中立化」要求/ウクライナの「中立化」と「安全の保証」は不可分/アメリカはどこまでコミットできるか/EU加盟申請という重要な布石
失われる停戦の意味
ロシア軍の占領下で何が起きていたのか――明らかになった市民の多大な犠牲/ブチャの虐殺――ウクライナにとっての転換点
戦争における「語られ方」をめぐる攻防
今回の戦争を何と呼ぶか/クリミア攻撃はエスカレーションか/クリミア攻撃をめぐる「語られ方」の攻防/ウクライナの一部がさらに一方的併合された場合/厄介な一方的停戦シナリオ
第二章 ウクライナ侵攻の変容
武器供与をいかに引き出すか
ウクライナの抗戦力に対するNATO諸国の懐疑的見方/ウクライナの抵抗とロシアの警告/新しい武器の活用能力をいかに示すか/エスカレーションの懸念をいかに払拭するか/状況が改善していることをいかに示すか/武器供与の拡大による局面打開の選択肢
「安全の保証」問題の再浮上
EU・NATO加盟までの「過渡期」としての「キーウ安全保障協約」/対露同盟への道?――停戦合意という前提を明示しないことの含意/米国、NATO諸国はどこまでコミット可能か
「住民投票」なるもので消えた和平合意の可能性
実施自体に正当性がない「住民投票と称する行為」/「併合と称する行為」は「無視する」のが正解/ロシアは四州の「併合」で泥沼へ/「凍結された紛争」になることのリスク
ロシアの核兵器使用をいかに抑止するか
「ウクライナの問題」ではない理由/ロシアによる核兵器の使い方/米国が天秤にかける二つのリスク/米国・NATOの「警告の信憑性」を確保できるか/すでに踏み込んだ警告がはじまっている
一般のロシア国民に「戦争の責任」はあるのか
「プーチンの戦争」か「ロシアの戦争」か/一般国民への制裁へ/安全保障問題としてのロシア人/「集団責任」を問うのか
欧州は結束しているのか
結束を続けるEU/結束を支える「情」と「理」/「対GDP比」で浮かび上がる「地理的条件による格差」/「正義派」「和平派」とは何だったのか?/影の薄いドイツとフランス/一致点を見出すのが結束力
欧州エネルギー危機の構図
石炭から石油へ/「制裁でない」制裁/「エネルギー武器化」/「武器化」の背後で/「武器化」の果てに/実態として進む欧州の「脱ロシア」/「脱ロシア」のトリレンマ/脱炭素と脱ロシアの共鳴――武器化の抑止へ/脱ロシアの結果としての中国依存へ?/ノルドストリーム破壊の余波/世界へのインパクト(1)――G20のメッセージ/世界へのインパクト(2)――原油「価格上限」の試み
第三章 結束するNATO
NATOの冷戦後は何だったのか
冷戦後の存続/集団防衛から遠征任務へ/そして遠征任務から再び集団防衛へ/NATO拡大とは何だったのか/「ロシア問題」への対処/NATOの任務は加盟国防衛/さらに進むNATOの中心性
北欧に拡大するNATO――フィンランドとスウェーデンの選択
「軍事的非同盟」路線と先進的な軍隊/「同盟選択権」問題に反応した両国/最後の一押しとしてのウクライナ侵攻/NATOへの貢献が期待されるフィンランド、スウェーデン/加盟実現までの安全をいかに確保するか/変わる欧州秩序の形
新たな「戦略概念」で態勢固めをするNATO
脅威としてのロシアへ/バルト三国の焦燥感――既存の防衛計画への懸念の高まり/「前方防衛」への転換――「懲罰的抑止」から「拒否的抑止」へ/部隊なき前方展開?――実効性確保には疑問も/即応態勢の強化・拡大――時間を要するプロセスは「中長期のコミットメントの証」/米軍のさらなるコミットメント――「インド太平洋重視派」からは疑問も/次なる課題としての中国/NATOはどこへゆくのか――対ロシアの戦略は過渡期にある
NATO・ロシア基本議定書の亡霊――三つの論点
NATOによる一方的な意図表明/「現在および予見し得る安全保障環境」/「実質的な戦闘兵力」/「追加的な常駐」/核兵器に関する「三つのノー」/ロシアにとっては好都合な文書/亡霊としてよみがえる基本議定書
第四章 米欧関係のジレンマ
トランプからバイデンへ
トランプ政権下のNATO/トランプ政権下のEU/バイデン政権下のNATO、EU
アフガニスタン撤退の試練
「NATOの戦争」だったアフガニスタン/一方的な米国に噴出する憤り/米国の「強さ」が招いた無力感/欧州はどこに向かうのか
「戦略的自律」議論、ふたたび
米国に依存しない「自律性」の模索/ジレンマが凝縮されたオルブライト「三つのD」/脱米国依存「プランB」としての戦略的自律/カブール陥落の衝撃で「歌舞伎」は終わるのか
第五章 戦争のゆくえと日本に突きつけるもの
変わる目的と、変わらない目的/停戦しても終わらない戦争/弾薬供給の逼迫問題/「ロシア問題」の失敗/対露姿勢をめぐる欧州の分断と新たな展開/米欧は同じ失敗を回避できるか/米国はなぜ直接介入しないのか――ウクライナと台湾/移動する米国の防衛線/出足の遅かった日本/「ウクライナは明日の東アジア」/ウクライナ侵攻がもたらした日本人の安全保障意識の変化
注記
あとがき

書誌情報

読み仮名 オウシュウセンソウトシテノウクライナシンコウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 Foresightから生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-603895-2
C-CODE 0331
ジャンル 政治、軍事
定価 1,815円
電子書籍 価格 1,815円
電子書籍 配信開始日 2023/02/22

書評

「欧州」の視点からロシア・ウクライナ戦争の本質を読み解く

千々和泰明

 ロシアによるウクライナ侵略が開始されて一年。衝撃とともに始まったこの戦争の現在までの振り返りに加え、長期化が予想される事態への今後の向き合い方を考えるのに有益な書が、時宜を得て世に出た。
 ロシア・ウクライナ戦争をめぐっては、日本のメディアでも大きく取り上げられ、社会のニーズに応えるかたちで専門家が連日のように発信をおこなってきているが、著者の鶴岡路人氏はそうした専門家の代表格の一人である。そうした多忙のなかで著者は、「フォーサイト(Foresight)」などの媒体で、事態の推移と同時並行的にいくつもの論考を執筆してきた。本書はこれらの論考をベースにロシア・ウクライナ戦争を丹念に分析するとともに、同戦争を冷戦後のNATO(北大西洋条約機構)や米欧関係といった大きな文脈のなかに位置づけて考察したものだ。書名に「欧州戦争としての」とあるように、欧州全体を視野に入れることで、ロシア・ウクライナ戦争の本質を多様な視点から明らかにすることに成功しているといえる。
 本書がカバーする範囲は多岐にわたるが、ここでは特に二点にしぼってその内容の一部を紹介したい。第一に、核兵器使用を含むエスカレーションの抑止についての分析である。侵攻開始以来、ロシアがことあるごとにおこなってきたのが核使用の脅しだ。この点についてはまちがいなく、米露間での核の応酬というエスカレーションは避けなければならない。一方で本書は、NATO側でのエスカレーションへの懸念と、それにもとづく強い対応への反対論・消極論が強まれば、逆にロシアが核を使用する誘因を高めてしまいかねない逆説を指摘する。ロシアが核を使用した場合の報復リスクが低下するからだ。
 第二に、戦争終結の見通しについてである。2022年9月にプーチン大統領はウクライナの東部・南部の四州を「併合」すると一方的に発表した。ロシアの憲法が領土の割譲を禁止していることからも、「併合」なるものの結果を覆すことはロシアにおいては難易度がきわめて高い。そうすると今後有力と考えられるシナリオとして本書が挙げるのは、この戦争が「凍結された紛争」になるというものだ。双方の疲弊や力の均衡の成立によって、戦闘自体はどこかの時点で収束するが、正式な和平合意は結ばれず、いつでも再び不安定化する、という状態である。ウクライナにとっては、自国に不利な「凍結された紛争」化を避けるためにも、占領地を早期に奪還する必要性がさらに上昇した。
 本書でまず印象的なのは、欧州政治・安全保障に関する専門知に裏打ちされた、丁寧な論理展開であり、そのことはたとえば「NATO不拡大約束」を分析した箇所でもうかがえる。ロシア・ウクライナ戦争の原因については、「NATOがロシアと交わした不拡大約束を破ったからだ」との言説があり、具体的には1990年にベーカー米国務長官がゴルバチョフ・ソ連共産党書記長との会談でNATO不拡大に同意したとされる発言が取り上げられることが多い。この点について本書は、同会談をドイツ統一問題との関連で読み解き、かつNATO・ロシア間の長年にわたるやり取りの積み重ねを踏まえながら、「NATO不拡大約束」といわれるものの実態をあぶり出している。複雑な外交交渉の意味を正確に理解するには、専門知が必要となることを示す好例といえる。
 また、要人の発言や政府の発表を分析する際も、著者は「本当は誰に対するメッセージなのか」という点や、言外の意味を見逃さない。たとえば2022年4月にロシア外務省が、ウクライナ領内における米国とNATOの武器輸送は合法的な軍事標的とみなすと警告したことについて、ロシア側の強硬な態度を示すものと多くは理解した。しかし本書が指摘するように、ここでのポイントは「ウクライナ領内における」という表現だ。実際に現在までにロシアは、西側からの武器供与があるにもかかわらずウクライナ領外にはただの一発の銃弾も撃ち込んでいない。本書を通じて読者は、「国際政治におけるメッセージの読み方」を鍛えられるだろう。
 日本においても、2022年12月に策定された新安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)で、反撃能力の保有や防衛費増額が明記されるなど、国民の安全保障観が急速に変化した。この背景に、東アジアでも台湾有事や朝鮮有事への懸念がくすぶるなかで、ウクライナをめぐって実際に力による一方的な現状変更の試みが起こったのを目の当たりにしたことがあったのは論をまたない。今回の戦争におけるウクライナ人によるロシアへの抵抗は「人間が命をかけてでも守りたいものは何かという、戦後の日本人がほとんど問われることのなかった問題を投げかけている」という著者の言葉に、今こそ耳を傾けるべきだ。

(ちぢわ・やすあき 防衛省防衛研究所主任研究官)
波 2023年3月号より

著者プロフィール

鶴岡路人

ツルオカ・ミチト

慶應義塾大学総合政策学部准教授。1975年東京都生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障。慶應義塾大学法学部卒業後、米ジョージタウン大学を経て英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)など。

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