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正力ドームvs.NHKタワー―幻の巨大建築抗争史―

大澤昭彦/著

1,980円(税込)

発売日:2024/02/21

  • 書籍
  • 電子書籍あり

昭和の巨魁たちが競った激熱プロジェクト史!

日本テレビの正力松太郎とNHKの前田義徳。テレビ黎明期から対立してきた二大メディアは、巨大建築で覇権を競う。新宿に世界初の「正力ドーム」、多摩丘陵に4000メートルの「読売タワー」、代々木公園に610メートルの「NHKタワー」。桁外れの欲望が生み出した、破天荒な「幻の建築計画」を巡る戦後史。

目次
第1章 テレビ塔の誕生:テレビ黎明期のタワー
1 日本テレビの鉄塔:二番町
局舎用地取得の経緯:有楽町~市ヶ谷~二番町/二番町の土地と大谷米太郎/早川千吉郎の豪邸/高さ一五四メートルの鉄塔/宣伝手段としての展望台
2 NHKの鉄塔:紀尾井町
旧李王家邸跡での鉄塔建設/NHKの原点、愛宕山/風致地区とテレビ塔/宮内庁との近隣トラブル/高さ一七八メートルの鉄塔完成:内幸町から紀尾井町へ
3 NHKと日本テレビの対立
批判された二つの塔/正力松太郎とテレビ/テレビ放送の標準方式を巡る対立/予備免許を巡る対立/NHKの追い上げ
4 ラジオ東京の鉄塔:赤坂
ラジオ東京の発足/テレビへの進出/赤坂新局舎の建設/高さ一七三メートルの鉄塔
5 東京タワー:塔の一本化
浜田成徳電波監理局長の集約化構想/日本電波塔株式会社発足/芝公園につくられた理由/三三三メートルに決まるまで/田中角栄と石井桂/銀色から白・橙の塗り分けへ/東京タワー完成と日本テレビの拒絶
第2章 屋根付き球場計画:正力ドーム
1 戦後の新球場計画
正力の公約:「東京にもう一つ球場を」/戸山ヶ原球場計画:一九四七年/江東楽天地:一九四八年
2 市岡忠男の国際球場
不忍池埋め立てと国際球場計画:一九四九年/埋め立てへの反発/埋め立ての中止/芝公園へ:一九五〇年/高輪・東久邇邸へ:一九五三年
3 旧制第四高等学校人脈と「新宿スタヂアム」
永田雅一と野球場/旧制四高人脈による新宿スタヂアム計画:一九五四~一九五五年/「新宿スタジアム」から「東京スタジアム」へ:一九五六年
4 星野直樹とA野球スタヂアム:星野直樹・久米権九郎・丸山勝久
星野直樹の参画/「A野球スタヂアム計画」:一九五六年/東京ヒルトンホテル人脈:星野直樹・久米権九郎・丸山勝久/「野球場建設計画に関する基礎調査中間報告書」:一九五七年/丸山勝久と五島プラネタリウム/外資導入の失敗
5 「正力ドーム」へ:一九五八年
鮎川から正力へ/土地の履歴:前田家と正力/日本テレビの屋根付き球場/もう一つの屋根付き球場:日本テレビ対ラジオ東京/「新宿コロシアム」構想:顧問会議とゼネコンによる研究/建設用地の変更:帝石跡から淀橋浄水場跡地へ
6 バックミンスター・フラーと屋根付き球場
ウォルター・オマリーへの協力依頼/ブルックリン・ドジャースのドーム球場計画/鈴木惣太郎の渡米/フラー来日/正力ドーム計画の消滅
第3章 正力タワーとNHKタワー
1 フラーの四〇〇〇メートルタワー計画
富士山を超えるタワー/四〇〇〇メートルタワーの中身/四〇〇〇メートルタワーの建設費用/日・米・ソの親善のシンボル/四面体タワーによる一〇〇万人都市
2 日本テレビの五五〇メートルテレビ塔
五五〇メートルタワーの発表/ゼネコン三社の案/なぜ「五五〇メートル」も必要なのか?/五五〇メートルタワーへの反応/五五〇メートルタワーで受信状況は改善するのか?/東京タワーの反応
3 幻の大阪万博三五〇メートルタワー
三菱グループのバックアップ/大阪万博のシンボルタワー/丹下健三らの四〇〇メートルタワー/三菱グループの三五〇メートルタワー/運輸省・大阪府の反対、計画消滅
4 命名「正力タワー」
起工式と披露宴/正力タワーの全貌/南日恒夫と正力タワー
5 NHKの六〇〇メートルテレビ塔
六〇〇メートル級タワー構想/NHKタワー計画の背景/激怒する正力:一二〇〇メートルタワー/タワー競争への批判/NHKタワーの構造設計:一〇通りのタワー案/六〇〇メートルタワー計画の決定
6 巨大タワーを巡る対立
深まる溝/正力松太郎の死/タワー一本化へ
第4章 六一〇メートルNHKタワー
1 代々木公園でのタワー計画:第一次報告書
武藤構造力学研究所設立:超高層ビルから六〇〇メートルタワーへ/建築家三上祐三の招聘/放送センター内から代々木公園へ/三つのタワー案:A・B・C/タワーの公共性:ダラムでの経験
2 麻布テレビ・センター計画
「テレビ・センター計画」の背景/ハーディ・バラックスの払い下げ/設計コンペ:異例の二者当選
3 代々木放送センター計画へ
選手村、朝霞から代々木ワシントン・ハイツへ/ワシントン・ハイツ跡への方針転換/容認する政府、反発する東京都/岸田日出刀の反対/NHKへの払い下げ決定
4 六一〇メートルタワー計画:第二次・第三次報告書
C案一本化:第二次報告書/海外タワー視察/六一〇メートルタワー案の改良(Cー7案):第三次報告書
5 NHKタワー計画の行方
NHKタワー消滅/UHF全面移行方針の撤回/建設費用の調達:NHK内幸町放送会館の売却問題/美濃部都知事の政策/武藤清の一〇〇階建て超々高層ビル構想:四〇〇メートルビル+二〇〇メートルアンテナ塔
終章 東京ドームと東京スカイツリー
1 日本初のドーム球場の誕生
一九六〇年代のドーム構想/名古屋・ノリタケドーム/鈴木俊一東京都知事の「トウキョウドーム」/堤義明による西武球場ドーム化計画/後楽園による東京ドーム建設
2 六〇〇メートル級タワーの誕生
バブル期の超々高層都市構想/第二東京タワーを巡る競争:一九九七~二〇〇一年頃/新タワー建設決定:二〇〇三~二〇〇五年頃/高さ六一〇メートル「すみだタワー」に決定/高さ六一〇メートルの理由
さいごに
主要参考文献
図版出典一覧

書誌情報

読み仮名 ショウリキドームバーサスエヌエイチケイタワーマボロシノキョダイケンチクコウソウシ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603906-5
C-CODE 0321
ジャンル 歴史読み物、歴史・地理・旅行記
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2024/02/21

書評

一つでも実現していたら、深刻な経営難に陥っていただろう

大西康之

 能登半島地震と羽田空港航空機事故。2024年はいきなり巨大災害で始まり、テレビやネットは普通の人たちがスマホで撮影した災害・事故現場の動画で溢れた。我々はいつでも、どこでも情報を受けたり発信したりできる情報化社会に生きている。
 かつて(今も部分的に)情報は活字の形で紙に載って運ばれた。現代、情報のほとんどは電気信号の形で電波に乗って運ばれる。一般的にはこれを情報化と呼ぶ。そして「情報化の歴史とは電波塔の歴史である」と看破したのが本書である。
 東洋大学准教授で景観・都市計画・建築を専門にする筆者は、「電波塔の歴史」を探求する。それは当時の「情報」の最先端であったテレビの歴史と一対をなす。
 日本におけるテレビの歴史の主人公の一人は、戦前、内務官僚(警視庁警務部長)を経て経営不振の読売新聞を買収し、国務大臣にまでのし上がった正力松太郎だ。戦後、A級戦犯として巣鴨プリズンに収監された正力は、不起訴になると米国の後押しを受け日本テレビ放送網(日テレ)を立ち上げる。
 米国の目的は「テレビを通じて各国民に民主主義を啓蒙することで、共産主義の脅威から守る」ことだった。東西冷戦が激しくなると米国は日本に核開発を推奨するが、原子力委員会の初代委員長として「原発推進」の旗を振ったのも正力だった。
 日テレがテレビ放送を始めたのは終戦から8年目の1953年8月。その半年前に公共放送の日本放送協会(NHK)が日本初の放送を始めていた。
 電波を飛ばすには高い塔、すなわちタワーが要る。NHKは紀尾井町の高台に178メートルのタワーを建設した。日テレは千代田区二番町に154メートルの鉄塔を建てた。
 1953年に日テレのアドバイザーとして来日した米国の専門家は「(ニューヨークはエンパイア・ステイト・ビルの屋上に7局分の送信施設が設置されているが、日本の)都心に二つも塔を建てさせた日本政府の方針は不可解だ」と述べている。
 その後もテレビ放送に参入したい企業の数は増え続け、経済合理性や都市景観の観点から「これ以上、電波塔を増やすわけにはいかない」と集約化構想が浮上する。「東京タワー」の誕生である。都心にビルが増え難視聴が問題になったことから、高さはこれまでの電波塔の2倍の333メートル。NHKや民放各社が共同利用することになった。
 ところが日テレは東京タワーの利用を拒否する。「すでに持ち家があるのになぜ借家に入らねばならないのか」という正力の主張はもっともらしいが、正力は肝心なことを知らなかった。当時、正力の邸宅は神奈川県の逗子にあった。二番町の電波塔から50キロメートル近く離れており、間に高層ビルが林立している。本来なら難視聴を実感できる場所だが、正力に気を遣った日テレの幹部が正力邸に電波を届けるために特別のアンテナを設置し、技術者を頻繁に派遣して映り具合を調整していたのだ。
 いずれにせよ日テレには新たなタワーが必要だった。東京タワーにランドマークの座を奪われた正力は、新宿区東大久保に550メートルの電波塔を建てようとする。その名も「正力タワー」。晩年の正力は何かに取り憑かれたかのように巨大建造物を作ろうとする。在京プロ野球球団が増えたことを理由にした世界初の屋根付き球場「正力ドーム」、果ては多摩丘陵のよみうりランド周辺で計画された4000メートル・タワーの建設。どれも実現には至らなかったが、どれか一つでも実現していたら読売グループは深刻な経営難に陥っていただろう。
 巨大建造物に取り憑かれたのは正力だけではない。正力のライバルで「天皇」と呼ばれたNHK会長の前田義徳もその一人だ。
 朝日新聞のローマ特派員で日独伊三国同盟をスクープした前田は戦後、NHKの解説委員になり、報道局長、編成局長を経て会長に就任した。その政治力を生かし、ワシントン・ハイツ跡(代々木)の国有地取得でも大きな役割を果たした。前田は代々木の放送センター敷地内に610メートルの電波塔を建てようとした。
 二人の競争はますますエスカレートするかに見えたが、1969年、正力が84歳で亡くなったことで呆気なく終わる。日テレは東京タワーに送信機を移し、NHKタワーも技術の進歩によって不要となった。東京の新たなテレビ塔は地デジへ完全移行した翌年の2012年、「東京スカイツリー」の登場を待つことになる。正力ドームは「東京ドーム」に姿を変え、1988年に開場した。
 本書には正力ドーム、NHKタワー以外にも、高度経済成長期に計画された数々の巨大建造物の来歴が記されている。本書を片手に「強者どもが夢の跡」を巡るのもまた一興であろう。

(おおにし・やすゆき ジャーナリスト)

波 2024年3月号より

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著者プロフィール

大澤昭彦

オオサワ・アキヒコ

1974年、茨城県生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科社会工学専攻博士課程修了。博士(工学)。財団法人土地総合研究所研究員、東京工業大学助教等を経て、2024年2月現在、東洋大学理工学部建築学科准教授。専門は都市計画、建築・都市計画法制史。著書に『高層建築物の世界史』(講談社現代新書)、『高さ制限とまちづくり』(学芸出版社)、訳書にザック・スコット『SCRAPERS 世界の高層建築』(イカロス出版)がある。

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