
日本政治思想史
2,035円(税込)
発売日:2025/05/21
- 書籍
- 電子書籍あり
江戸時代から現代にいたる「政治の根本」を浮き彫りにする!
戦後の新憲法で「国政に関する権能を有しない」と規定されたにもかかわらず、天皇が今なお権力の主体であり続けているのは一体なぜか。儒学・国学・超国家主義・民主主義など従来の思想史に加えて、新たに「空間」と「時間」という補助線を取り入れ、これまで言説化されてこなかった日本固有の政治思想の本質を明らかにする。放送大学テキストに大幅に加筆修正をした決定版。
まえがき
第1章 日本政治思想史とは何か
1-1.政治思想史とは何か
1-2.日本政治思想史という学問
1-3.丸山眞男の『日本政治思想史研究』
1-4.天皇制というアポリア
1-5.「作為」でなく「自然」
第2章 空間と政治
2-1.「国の体たる、それ何如ぞや」
2-2.「国体」の視覚化
2-3.儒教と近代天皇制
2-4.空間のなかの政治思想
2-5.アーキテクチャという視点
第3章 時間と政治
3-1.西洋、中国と日本の違い
3-2.記紀神話と「なる」論理
3-3.社会進化論と「勢」
3-4.天皇制と時間
3-5.玉音放送の政治思想的意味
第4章 徳川政治体制のとらえ方―朝鮮と比較して
4-1.江戸時代の政治思想
4-2.朝鮮の政治体制
4-3.儒教政治の理想の追求―英祖と正祖
4-4.徳川日本との違い
4-5.「大奥」とは何か
第5章 国学と復古神道
5-1.本居宣長の思想
5-2.晩年の宣長と出雲への関心
5-3.平田篤胤の思想
5-4.明治維新と復古神道
5-5.千家尊福と祭神論争
第6章 明治維新と天皇
6-1.水戸学の台頭
6-2.会沢正志斎『新論』
6-3.宮中祭祀の創設と祝祭日の制定
6-4.靖国神社の創建
6-5.明治天皇の巡幸
6-6.元田永孚と帝王学
6-7.直訴の許容と禁止
第7章 街道から鉄道へ―交通から見た政治思想
7-1.ケンペルが見た街道
7-2.街道と視覚的支配
7-3.鉄道の開業
7-4.視覚的支配と時間支配
7-5.東京駅の開業と大礼
第8章 近世、近代日本の公共圏と公共空間
8-1.江戸の読書会と横井小楠
8-2.明治における公共空間の創設
8-3.自由民権運動と公共圏
8-4.横井小楠と元田永孚
8-5.車内という公共空間
第9章 東京と大阪
9-1.江戸・東京と大坂・大阪
9-2.大正デモクラシーと公園
9-3.雑誌王国・東京と新聞王国・大阪
9-4.小林一三と福澤諭吉
9-5.東京と大阪の違い
9-6.「民都」大阪の誕生
9-7.昭和天皇の登場と大阪の「帝都」化
第10章 シャーマンとしての女性
10-1.近代の皇后
10-2.神功皇后と光明皇后
10-3.貞明皇后の登場
10-4.大本と出口なお
10-5.昭和天皇と貞明皇后
第11章 超国家主義と「国体」
11-1.大正期におけるナショナリズムの転換
11-2.超国家主義とは何か
11-3.「君民一体」の空間
11-4.宮城前広場の政治性
11-5.ドイツやイタリアとの違い
11-6.戦中期の「時間支配」
第12章 異端の諸思想
12-1.正統と異端
12-2.キリスト教とマルクス主義
12-3.北一輝と『国体論及び純正社会主義』
12-4.異端の神道
12-5.無思想化の極限としての大東亜共栄圏
第13章 戦後の「アメリカ化」
13-1.マッカーサーと天皇
13-2.「下からの民主主義」の試み1―丸山眞男の場合
13-3.「下からの民主主義」の試み2―小林一三の場合
13-4.反米としての民主主義―中央線沿線を中心として
13-5.六〇年安保闘争
第14章 戦後の「ソ連化」
14-1.戦後日本とソ連の共通点
14-2.日本社会党と日本共産党
14-3.団地と日本共産党
14-4.新左翼の登場
14-5.東京西部の政治風土―中央線沿線と西武線沿線
第15章 象徴天皇制と戦後政治
15-1.天皇の皇后化
15-2.ミッチーブームと大衆天皇制の成立
15-3.三島由紀夫の政治思想
15-4.新左翼と三島由紀夫
15-5.天皇制の現在
あとがき
注記
参考文献
人名索引
書誌情報
読み仮名 | ニホンセイジシソウシ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 336ページ |
ISBN | 978-4-10-603929-4 |
C-CODE | 0331 |
ジャンル | 政治 |
定価 | 2,035円 |
電子書籍 価格 | 2,035円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/05/21 |
書評
「天皇制」と「鉄道」が交差する新たな思想史
一見すると、いかめしいタイトルだが、実は本の中身は誰にでも近寄りやすい話題に富んでいる。
「日本政治思想史」というジャンルは丸山眞男によって切り開かれた。丸山の本としては岩波新書の『日本の思想』が余りにもポピュラーなミリオンセラーだが、丸山の最初の本は『日本政治思想史研究』だった。丸山の流れは現在に続くまで、さまざまな学者や文筆家を生んできた。原武史は、その中で最もアウトサイダーにして、最も丸山の問題意識を引き継いでいる存在ではないか。本書を読んでそれを痛感した。
もともとは放送大学のテキストとして書かれた『日本政治思想史』だが、目次を一覧するだけでも、オリジナリティに溢れている。「空間と政治」、「時間と政治」、「街道から鉄道へ―交通から見た政治思想」、「東京と大阪」、「超国家主義と「国体」」と進み、戦後八十年は「戦後の「アメリカ化」」、「戦後の「ソ連化」」、「象徴天皇制と戦後政治」と三つの章で総括されている。江戸時代から現在までを取り扱うが、主要な思想家個人の思想の記述に重点を置く教科書的な体裁はとっていない。原武史自ら「確信犯的にやっている」と言明するとおりだ。
「このような日本の政治思想を探るためには、個々の思想家の言説を追ってゆくだけでは限界があります。体制を支えている思想が、必ずしもテキストに書かれているわけではないからです」
原武史の存在が世に知られるようになったのは、『大正天皇』と『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』だろう。「天皇制」と「鉄道」という二つの切り札を交差させて、新しい「日本政治思想史」を構想してきた軌跡が、本書では生かされている。いわば原武史の学問的自伝であり、原武史版の『日本の思想』でもある。
新聞記者を辞めて、原武史が東大の大学院で政治思想史を学ぶきっかけになったのは、昭和天皇の最晩年に、宮内庁取材の応援に駆り出されたからだった。日本社会全体を蔽った「自粛」はなぜ起きたか。元号が変わってあらわになる「皇后化した天皇制」。退位の意思を強く滲ませ、「平成の玉音放送」ともいわれたビデオメッセージの「おことば」による圧倒的な支持のとりつけ。天皇(現上皇)による「象徴」の定義づけ。日本の政治が、いまも「天皇」を中心に動いていることに誰よりも敏感だったがゆえの「原政治学」の誕生だった。
原武史が院生になるころ、丸山眞男は「昭和天皇をめぐるきれぎれの回想」を小さな雑誌に書き、天皇制という「呪力からの解放」の難しさを自らの経験をもとに書き残した。その丸山眞男のテーマを、原は正面から引き受け、愚直なまでに平然と推し進めている。いばらの道とはいわないが、難所の地形に新線を開通させるくらい困難な仕事のはずである。
本居宣長による天皇の「発見」以来、明治時代に「創られた伝統」が国民に浸透していく。その画期を、原は1921年(大正10年)とする。訪欧から帰国した裕仁皇太子が自らの意思で、生身の身体を見せる「見える天皇」となっていき、「君民一体」の空間が作り出された。昭和天皇は、日中戦争勃発以後には、宮城前広場(いまの皇居前広場)に集まる人々の前に、二重橋上で白馬にまたがって現われ、「勝利の幻想」を与えた。玉音放送による終戦の後にも、焼け跡の中の戦後巡幸で、その一体感は変わらずに保たれた。「国体は護持された」のだ。
司馬遼太郎は『この国のかたち』で、昭和前期の日本を「異胎」と名づけて、怪しんだ。その「異胎」がなぜ出現してしまったかは、日本近代史の大きな謎だが、原武史の『日本政治思想史』は、その疑問に対する、現時点での最も説得力ある解答といえるのではないだろうか。「原政治学」では、その時代の負の遺産がいまだに続いていると見ている。
『日本政治思想史』では、原武史によって「発見」された「大正天皇」に、あまり出番がない。大正天皇が時代への影響力を行使しなかった(行使できなかった)から、当然なのだが。『日本政治思想史』を読んでいて、原武史によって描かれた、はつらつと全国を回り、予測し難い行動をとり、気さくで人間味あふれる大正天皇(嘉仁皇太子)像が懐かしく思い出される。大正天皇の時代がもっと続き、首相の原敬も暗殺されなければ、近代日本は違った道を歩めたのではないか。『大正天皇』を読んだ時の、そんな儚い空想を思い出した。
(ひらやま・しゅうきち 雑文家)
著者プロフィール
原武史
ハラ・タケシ
1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。東京大学大学院博士課程中退。明治学院大学教授、放送大学教授を歴任し、2025年5月現在は明治学院大学名誉教授・放送大学客員教授。専攻は日本政治思想史。著書に『「民都」大阪対「帝都」東京』(サントリー学芸賞受賞)、『大正天皇』(毎日出版文化賞受賞)、『滝山コミューン 一九七四』(講談社ノンフィクション賞受賞)、『昭和天皇』(司馬遼太郎賞受賞)、『レッドアローとスターハウス』、『「線」の思考』など多数。2024年、日本政治法律学会現代政治学会賞受賞。