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安楽死のできる国

三井美奈/著

748円(税込)

発売日:2003/07/19

  • 新書
  • 電子書籍あり

安らかに往きたい。「死の自決権」がもたらした希望、尊厳、そして試練――先進国オランダの現在。

大麻・売春・同性結婚と同じく、安楽死が認められる国オランダ。わずか30年で実現された世界唯一の合法安楽死は、回復の見込みのない患者にとって、いまや当然かつ正当な権利となった。しかし、末期患者の尊厳を守り、苦痛から解放するその選択肢は、一方で人々に「間引き」「姥捨て」「自殺」という、古くて新しい生死の線引きについて問いかける――。「最期の自由」をめぐる、最先端の現実とは。

目次
 はじめに
第一章 「死ぬ権利」がある国
安楽死パスポート
生命の自決権を求めて
第二章 オランダ安楽死の歩み
発端は七一年の「ポストマ事件」
推進力となった「民主66」
八○年代 安楽死要件の成立
九○年代 「遺体埋葬法」の改定
第三章 世界初の「安楽死法」
健康な人の安楽死
ついに「安楽死法案」国会提出へ
司法の変化
世界に衝撃が走った日
何が画期的か
第四章 医療・福祉システムの基盤
制度化に必要な「四つの条件」
介護保険のふるさと
かかりつけ医と平等な医療
安楽死のノウハウ
医師の苦悩
第五章 制度を支える人たち
餓死を選ぶ老人
安楽死ホットライン
安楽死届け出と地域評価委員会
自発的安楽死協会
第六章 子供と痴呆高齢者
十七歳の死
痴呆に陥る苦しみ
第七章 自殺との境界線
ドリオンの薬
死のコンサルタント
安楽死とホスピス
「よき最期のために」
自宅風ホスピスの誕生
第八章 赤ちゃんの安楽死
小脳症児ハイスの死
「意味ある人生」とは何か?
「透明性」確立を目指すオランダ
第九章 安楽死を可能にした歴史
オランダ的社会管理
合理主義と市民文化
自由の国
カルバン主義の死生観
第十章 ベルギーとスイスの場合
欧州の動揺
ジャンマリー・ロランの死
ベルギー法の特徴
スイスも安楽死を容認
第十一章 日本で安楽死制度は可能か
日本の安楽死裁判
東海大付属病院事件
日本とオランダの違い
日本の安楽死運動
「覚悟」の不在
あとがき

参考文献

書誌情報

読み仮名 アンラクシノデキルクニ
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-610025-3
C-CODE 0236
整理番号 25
定価 748円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2011/11/25

インタビュー/対談/エッセイ

波 2003年8月号より 死の権利  三井美奈『安楽死のできる国』

三井美奈

 逮捕された時、女医は茶色いコートを着ていた。捜査員の差し出す傘の下、無言でうつむく姿は、「殺人犯」の汚名とはかけ離れていた。今年春、横浜地裁で裁判が始まった川崎協同病院事件。被告の女医は四十八歳。昏睡状態にあった患者の気管チューブを引き抜いた。「がんばらなくていいのよ」と声をかけ、筋弛緩剤を投与したという。
法廷で検察は故殺を主張。女医は「自然死させた」と殺意を否定し、正面から対立する。女医は患者を安らかに死なせたかった。「患者のため」の行為だったのだろう。だが、患者の意思は不在だった。独断先行の印象は残る。
日本の終末医療は、まだ密室の中にある。そう実感させられる事件だった。私も、白い病室で「患者を思う」医師のなすがままになり、死んでいくのか。そんな暗澹たる気持ちになる。
死など考えたこともなかった私が九九年夏、安楽死を取材することになった。当時、私は読売新聞ブリュッセル支局の特派員で、「再来週、オランダの安楽死の記事を書け」と、デスクから注文を受けたのがきっかけだった。記事を仕上げた後も「よき死とは何か」という疑問にとらわれ、結局、二年間取材を続けた。
オランダでは昨年、国としては世界初の安楽死法が施行された。発端は、一九七○年代の安楽死裁判にさかのぼる。女医が寝たきりの母親に、モルヒネを打って死なせた事件だ。女医の救援運動が、終末医療の全国調査、安楽死容認の枠組み策定、患者の権利法制化へと進み、法に結実するまで実に三十年を要した。思えば、日本の終末医療への認識は、オランダの三十年前の段階にあるのかもしれない。
当初、取材源探しは大変だろうと思った。日本でも死の現場を語ってくれる人探しは、至難の技だ。意に反して、オランダの医者や遺族は、聞いたこともない日本の新聞社の記者に扉を開いてくれた。時には法の枠外の経験まで話してくれた。死をタブー視しない社会に共感し、帰国後、一冊の本にまとめた。出版社探しの苦労は覚悟していたが、幸い新潮社が興味を持ってくれた。
二○○二年、欧州ではオランダに続き、ベルギーでも安楽死法が施行され、安楽死運動が活気付く一年となった。フランス・ストラスブールの欧州人権裁判所では、首から下を神経マヒに冒された英国人主婦が、「苦痛だけの人生を押しつける国家法は、人権法違反」と訴え、死ぬ権利を主張した。ベルギーでは、二十数か国の代表が参加して「世界安楽死会議」が開かれ、「死の権利は、『非人道的扱い』を禁じた世界人権宣言に合致する」とうたった宣言文を採択した。欧州では、「安らかに死ぬ権利は人権か」が論争の焦点となっている。
一方、日本の厚生労働省は、近く五年ぶりに終末医療の意識調査を行うという。日本でも、終末医療のルール作りへの取り組みが始まりつつある。私の本が、「よき死とは」を考える一助となれば嬉しい。

(みつい・みな 読売新聞記者)

蘊蓄倉庫

3種のパスポート

 海外旅行が一般的になったいま、私たちの多くがパスポートを持っていますが、オランダにはなんと3種類ものパスポートがあります。
 いわゆる「旅券」以外の2つは、「安楽死パスポート」と「生命のパスポート」。いうなれば「あの世」と「この世」のパスポートですが、残念ながら自由に行き来できるわけはなく、これらはいずれも死への旅立ちの備えです。
 20万枚が発行されている「安楽死パスポート」は、自ら意思を表せない状態におちいった時、安楽死させてもらうためのもの。反対に「生命のパスポート」は、いかなる生命停止措置をも取らないよう希望するもので、発行枚数はわずか2000枚ほどです。
 もし日本にそんなパスポートがあったら、あなたはどうするのか。一度、ゆっくり考えてみてはいかがでしょうか。

掲載:2003年7月25日

著者プロフィール

三井美奈

ミツイ・ミナ

1967(昭和42)年、奈良県生まれ。読売新聞記者、一橋大学社会学部卒。ブリュッセル支局員、エルサレム支局長、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員などを経て、2011~15年パリ支局長。著書に『安楽死のできる国』『イスラエル―ユダヤパワーの源泉―』。

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