池波正太郎劇場
770円(税込)
発売日:2006/04/20
- 新書
- 電子書籍あり
人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。池波作品の魅力を凝縮した一冊。
鬼平こと長谷川平蔵、老剣客・秋山小兵衛、そして仕掛人・藤枝梅安――。池波正太郎の作品が読者を惹きつけてやまないのは、登場人物のキャラクターとそれを描写する「ことば」に魅力があるからだろう。本書は、小説だけでなく、脚本やエッセイにも広がる多彩な「池波ワールド」を、作中の登場人物たちと、作家・池波を取り巻く実在の人々を手がかりに探索していく。「人間 池波正太郎」の生い立ちから、作品誕生の舞台裏まで描いた、池波正太郎読本の決定版。
目次
はじめに
《1》家族と師、そして友人
・母 鈴
・父 富治郎
・妻 豊子
・小学校の恩師 立子山恒長
・刎頸の友 井上留吉
・桜花楼のせん子
・生涯の師 長谷川伸
・映画好きの「兄弟」 淀川長治
・小説と挿絵(1) 風間完
・小説と挿絵(2) 中一弥
・秋山小兵衛の風貌 中村又五郎
・父 富治郎
・妻 豊子
・小学校の恩師 立子山恒長
・刎頸の友 井上留吉
・桜花楼のせん子
・生涯の師 長谷川伸
・映画好きの「兄弟」 淀川長治
・小説と挿絵(1) 風間完
・小説と挿絵(2) 中一弥
・秋山小兵衛の風貌 中村又五郎
《2》闊達自在に動く登場人物
「鬼平犯科帳」
・火付盗賊改方長官「鬼の平蔵」こと長谷川平蔵宣以
・平蔵の妻 久栄
・色好みで食通の同心 木村忠吾
・「初恋の人」の下で働く密偵 おまさ
・平蔵の妻 久栄
・色好みで食通の同心 木村忠吾
・「初恋の人」の下で働く密偵 おまさ
「剣客商売」
・短躯の老剣客 秋山小兵衛
・四十も歳下の幼な妻 おはる
・剣は強いが朴念仁 秋山大治郎
・ご飯の炊き方を知らない新妻 三冬
・四十も歳下の幼な妻 おはる
・剣は強いが朴念仁 秋山大治郎
・ご飯の炊き方を知らない新妻 三冬
「仕掛人・藤枝梅安」
・仏の鍼師の裏の顔 藤枝梅安
・吹き矢が得意 彦次郎
・江戸を売った 小杉十五郎
・内ぶところを突いてこない女 おもん
・吹き矢が得意 彦次郎
・江戸を売った 小杉十五郎
・内ぶところを突いてこない女 おもん
《3》歴史の光と影を彩った人たち
・強運の人、徳川家康と真田家の血脈
・大石内蔵助と堀部安兵衛の奇縁
・徳川の残照に賭けた近藤勇と永倉新八
・薩摩の豪傑 西郷吉之助と中村半次郎
・大石内蔵助と堀部安兵衛の奇縁
・徳川の残照に賭けた近藤勇と永倉新八
・薩摩の豪傑 西郷吉之助と中村半次郎
《4》食卓の演出家たち
・精妙の芸 吉川松次郎=松鮨
・実直な正調 今村英雄=いまむら
・ゆたかな東京人 茂出木心護=たいめいけん
・ステーキとクリーム・ソーダ 林愛一郎=元・清月堂
・本道を行く 小高登志=まつや
・気配りの応酬 川口仁志=元・山の上ホテル
・実直な正調 今村英雄=いまむら
・ゆたかな東京人 茂出木心護=たいめいけん
・ステーキとクリーム・ソーダ 林愛一郎=元・清月堂
・本道を行く 小高登志=まつや
・気配りの応酬 川口仁志=元・山の上ホテル
《終章》二十一世紀への遺言
あとがき
書誌情報
読み仮名 | イケナミショウタロウゲキジョウ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-610163-2 |
C-CODE | 0295 |
整理番号 | 163 |
ジャンル | 評論・文学研究、ノンフィクション |
定価 | 770円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/04/27 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2006年5月号より 池波正太郎の人物誌 重金敦之『池波正太郎劇場』
よく知られている話だが、池波正太郎さんが『錯乱』で直木賞を取ったのは、「六度目の正直」だった。昭和三十五年七月のことで、強く推した選考委員は川口松太郎だけだった。海音寺潮五郎は、「池波はまだ小説がよくわかっていない。候補作になったことすら意外」といって、採決に加わらなかった。一種の抗議行動である。川口松太郎も、「まだ三流作家だが、受賞することで自信がつき、一流になるかもしれない」といった趣旨の選評を書いている。自身が『鶴八鶴次郎』などで第一回の直木賞を受賞したとき、菊池寛から同様のことを言われたのが、頭にあったのだ。
当時の東京新聞「大波小波」欄の「浮動票」子は、「海音寺も川口も同じことを言っているにすぎない。海音寺のようなことを言いだしたら、果たして今後とも直木賞受賞作が存在する余地があるかどうかは疑問になる」と、シニカルに指摘した。
池波さんに「芝居だけでは、食っていけないよ」といって、小説への道を勧めた、師匠の長谷川伸は、「東京ッ子には珍しい粘りの強さがある」と評して、次のように「東京タイムズ」へ寄稿した。
授賞式は八月二日に行なわれたが、祝賀パーティーが二十九日に椿山荘で開かれている。土師清二、山岡荘八、村上元三ら、新鷹会や二十六日会、鬼の会のメンバーで賑わったと新聞記事にある。席上長谷川伸は、「君の作品には、深さがあるが広さが足りない」と苦言を呈しながらも、「君には『良かったね』と言ったけれども、『おめでとう』とは言っていなかった。ここで、『おめでとう』と言います」と祝辞を述べた。
池波さん自身も「作家としての私に最も大きな影響を与えた書物は長谷川伸先生の歴史小説とサン=テグジュペリの小説およびエッセイである」と、受賞直後に「私の文学修業」と題した小文に書いている。
この師弟関係や家族、友人知己などを通じて、池波さんの作品の背景と語録を調べたのが、『池波正太郎劇場』だ。いってみれば、「池波正太郎の人物誌」でもある。舞台に登場する人たちは多彩で広範な分野にわたっている。著名な俳優もいれば、無名な脇役も多いが、池波さんの的確な脚色と演出によってさまざまに形を変え、作品の中で名演技を披露しているのだ。
当の池波さん自身も、含羞の眼差しを込めて見得を切り、けれん味のない芝居で舞台に立っていることは、言うまでもない。
当時の東京新聞「大波小波」欄の「浮動票」子は、「海音寺も川口も同じことを言っているにすぎない。海音寺のようなことを言いだしたら、果たして今後とも直木賞受賞作が存在する余地があるかどうかは疑問になる」と、シニカルに指摘した。
池波さんに「芝居だけでは、食っていけないよ」といって、小説への道を勧めた、師匠の長谷川伸は、「東京ッ子には珍しい粘りの強さがある」と評して、次のように「東京タイムズ」へ寄稿した。
授賞式は八月二日に行なわれたが、祝賀パーティーが二十九日に椿山荘で開かれている。土師清二、山岡荘八、村上元三ら、新鷹会や二十六日会、鬼の会のメンバーで賑わったと新聞記事にある。席上長谷川伸は、「君の作品には、深さがあるが広さが足りない」と苦言を呈しながらも、「君には『良かったね』と言ったけれども、『おめでとう』とは言っていなかった。ここで、『おめでとう』と言います」と祝辞を述べた。
池波さん自身も「作家としての私に最も大きな影響を与えた書物は長谷川伸先生の歴史小説とサン=テグジュペリの小説およびエッセイである」と、受賞直後に「私の文学修業」と題した小文に書いている。
この師弟関係や家族、友人知己などを通じて、池波さんの作品の背景と語録を調べたのが、『池波正太郎劇場』だ。いってみれば、「池波正太郎の人物誌」でもある。舞台に登場する人たちは多彩で広範な分野にわたっている。著名な俳優もいれば、無名な脇役も多いが、池波さんの的確な脚色と演出によってさまざまに形を変え、作品の中で名演技を披露しているのだ。
当の池波さん自身も、含羞の眼差しを込めて見得を切り、けれん味のない芝居で舞台に立っていることは、言うまでもない。
(しげかね・あつゆき 文芸ジャーナリスト)
蘊蓄倉庫
怖い池波さん
文芸編集者から見て、お付き合いする作家の方々のタイプを分別する言い方は幾つかあるが、そのひとつに「怖いか」「怖くないか」というのがある。池波正太郎さんは、「怖い」タイプの最右翼だった。ある編集者は池波邸に近づいたときに、電信柱にしがみついて泣いたというし、電話もしないで訪れた新人作家は玄関先で怒鳴られた。そういう怖い作家と付き合うのも、編集者の極意のうちで、元「週刊朝日」の記者であった重金敦之氏は、さすが「付き合いの達人」というべき手本を本書で示してくれている。
文芸編集者から見て、お付き合いする作家の方々のタイプを分別する言い方は幾つかあるが、そのひとつに「怖いか」「怖くないか」というのがある。池波正太郎さんは、「怖い」タイプの最右翼だった。ある編集者は池波邸に近づいたときに、電信柱にしがみついて泣いたというし、電話もしないで訪れた新人作家は玄関先で怒鳴られた。そういう怖い作家と付き合うのも、編集者の極意のうちで、元「週刊朝日」の記者であった重金敦之氏は、さすが「付き合いの達人」というべき手本を本書で示してくれている。
掲載:2006年4月25日
著者プロフィール
重金敦之
シゲカネ・アツユキ
1939年、東京生れ。慶応大学卒業。朝日新聞編集委員、常磐大学人間科学部教授(ジャーナリズム論)を経て、文芸ジャーナリスト。「週刊朝日」在籍中に池波正太郎の『食卓の情景』、『真田太平記』(共に新潮文庫)を担当、著書に『池波正太郎劇場』(新潮新書)、『小説仕事人・池波正太郎』(朝日新聞出版)がある。「食」の世界にも精通し、『食の名文家たち』(文藝春秋)、『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)など多数。
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