ホーム > 書籍詳細:人間の器量

人間の器量

福田和也/著

748円(税込)

発売日:2009/12/01

書誌情報

読み仮名 ニンゲンノキリョウ
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 191ページ
ISBN 978-4-10-610340-7
C-CODE 0210
整理番号 340
ジャンル 哲学・思想、倫理学・道徳、教育・自己啓発、趣味・実用
定価 748円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2012/06/29

なぜ日本人はかくも小粒になったのか。無私、反骨、強欲、豹変、挺身……先達の器量に学ぶ人間論。

優れた人はいる。感じのいい人もいる。しかし、善悪、良否の敷居を超える、全人的な魅力、迫力、実力を備えた人がいない。戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶冶し、心魂を鍛える事を怠ってきた。なぜ日本人はかくも小粒になったのか――。その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。

目次
序章 器量を問う事
人物観の平板さは、自らを縛りかねない
人を見る事は、自分の器を測る事
器は何歳になっても大きくできる
第一章 なぜ日本人はかくも小粒になったのか
戦後、わが国は人物を育てようとしてきたか
戦死にたいする覚悟がいらなくなった
貧困と病苦にたいする怯えがなくなった
第二章 先達の器量に学ぶ
西郷隆盛の無私
横井小楠の豹変
伊藤博文の周到
原敬の反骨
松永安左衛門の強欲
山本周五郎の背水
田中角栄の人知
第三章 器量を大きくする五つの道
一、修行をする
二、山っ気をもつ
三、ゆっくり進む
四、何ももたない
五、身を捧げる
終章 今の時代、なぜ器量が必要なのか
器量人十傑(明治、大正・昭和戦前、戦後から今日まで)
あとがき

書評

波 2010年1月号より 悪い見本はたくさんいる

津川雅彦

著者は日本人の器量が小粒になったと言う。全く同感だ。役者も勝新太郎や森繁久彌のような毒気を含む大スターはもう出ない。企業イメージに合うようタレントを去勢するテレビでは大物は育たない。微量の麻薬所持だけの酒井法子が三〇%の視聴率で茶の間の大スターになる所以だ。文化度の低い視聴者達が優越感を持てる「おバカタレント」が人気者となる。知識をただ暗記する教育を受け、集中力散漫となる茶の間に垂れ流される情報で洗脳され、会社の減点主義故に、冒険心を萎えさせ、新しい危険に挑戦する覇気を失う日本人。
能力の基を仏教では気根、つまり「根気」だと言う。努力の継続が能力をつくり、逆境がこれを育てる。
欧米勢力に蹂躙されたアジアで、「富国強兵」を志した日本人はロシアと戦い、初めて白人に勝利した。更に、東アジア全植民地独立の大望を掲げ、世界の白人相手に戦い敗れはしたが、その「逆境」が勤勉家日本人を更に成長させ、アメリカに肩を並べる経済大国を築いた。
「山椒は小粒でもピリリと辛い」「一寸の虫にも五分の魂」。日本人のコンプレックスと誇りの格差が器量を育てた。
戦後六十五年、左翼の自虐史観が、国を護る「愛」を劣化させ、日本の伝統的「徳」の文化を衰退させた。初詣や花火の文化的催事にも装甲車付き警官が拡声器で管理する。わが身を守れない輩には家族や故郷を守る責任感が希薄になる。
「命は何よりも大事」と左翼やメディアが宣伝する現在ほど、命が軽い時代はないと著者は嘆く。「天は自ら助くる者を助く」だ。
「治に居て乱を忘れず」。平和だからこそ備えを怠らぬ「覚悟」が大事。
江戸二百六十年の長い平和にもかかわらず、士農工商の階級社会が、サムライには危機に際して命を捨てる「高貴な義務」を課し国民の資質を保った。又、秀吉に代表される階級間の自由な移動が人々に刺激も与えた。
大自然の条理として人間には個性があるから格差が生じる。人間の画一化、均等化を目的とする教育や政治が、魅力ある人間形成の障害となる。日教組が男と女の格差まで無くそうとするジェンダーフリーが、伝統的文化、端午の節句や雛祭りまで否定するのはナンセンス。
著者は昔「分厚い器量」を持っていた成功者を面白い切り口で紹介する。横井小楠は時勢に応じて「豹変」した。原敬は天から地に堕ちて「反骨」の現実主義者となった。田中角栄は「金権」という毒を政治に活かし切った。山本周五郎は原稿料を投資と考え一切私せず「遊び」に使い切った。松永安左衛門は、ホルモン的本能と冒険的興味、ケインズの言うアニマル・スピリット「強欲」で飛躍した。大久保利通は「人の知恵」を利用し、我が器量以上のものを作り出した。徳富蘇峰は徹底した風見鶏。「お世辞」と人ったらしでジャーナリストの第一線に居続けたと。
「水清ければ魚棲まず」。器量を育てるのは善悪、聖邪、正誤、美醜、清濁を併せ飲む度量だ。
その道は五つと言う(以下は僕の解釈)。
、「修行」――全ての価値が無になる死を覚悟する事。
、「山っ気」――仏は理趣経で、欲の限りを尽くせば純真無垢な蓮の花が咲かせられる、と説いた。
、「ゆっくり進む」――動物は全て心臓の鼓動数に沿って寿命が定まる。焦らず冷静に周りを観察する事が時間を有効に使い、悔いのない人生を築く。
、「何ももたない」――失うものがないことは、真理に近づく勇気を育てる。「色即是空、空即是色」だ。
、「身を捧げる」――地球上全ての命を愛し、公と義に生き、日本独特の文化である「徳」を身につけてこそ世界をリードする器量が備わる。
判り易く言えば鳩山由紀夫のようにならないことだ。

(つがわ・まさひこ 俳優)

著者プロフィール

福田和也

フクダ・カズヤ

1960(昭和35)年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。『日本の家郷』『教養としての歴史 日本の近代(上・下)』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『昭和天皇』『〈新版〉総理の値打ち』等、著書多数。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

福田和也
登録
哲学・思想
登録
倫理学・道徳
登録

書籍の分類