北朝鮮・絶対秘密文書―体制を脅かす「悪党」たち―
858円(税込)
発売日:2015/02/16
- 新書
- 電子書籍あり
【驚天動地の犯罪記録】+【北朝鮮住民への直接取材】秘かに勃興する新勢力とは? 独自の視点で捉えた「国の壊れ方」
記者が秘かに入手した、あの国が「絶対秘密」と指定する内部文書。そこには、統制に抗い、管理から外れた「悪党」たちのたくましいまでの行動が描かれていた。金鉱山のヤミ採掘、放射性物質の密輸出、世界遺産地区からの文化財窃盗──。数々の経済犯罪は、市場経済の拡大から露呈した国家管理の限界でもあった。文書分析と北朝鮮住民たちへの直接取材の積み重ねから、閉鎖国家の現在と、その体制崩壊への道筋に迫る。
書誌情報
読み仮名 | キタチョウセンゼッタイヒミツブンショタイセイヲオビヤカスアクトウタチ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-610608-8 |
C-CODE | 0231 |
整理番号 | 608 |
ジャンル | 政治、外交・国際関係 |
定価 | 858円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/08/14 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2015年3月号より 「資本主義化」した庶民が握る北朝鮮の未来
社会主義から資本主義、計画経済から市場経済への移行が世界の大勢になって、もう25年が経つ。しかし、北朝鮮の指導部はそうした流れに対して、最近でも「資本主義が復活した悲劇的事態」(2014年7月21日付「労働新聞」社説)と嘆き、反発している。「時代錯誤」と言うほかない政策を、まだ変えるつもりはないようだ。
では、北朝鮮の一般住民たちの考えはどうなのだろうか。じつは、指導部の頑迷固陋さに対して一般住民たちは、柔軟に思考して、表向きは指導部に従いつつ、彼らなりの方法で抵抗している。
私は取材の過程で、そうした抵抗や反発の実態が赤裸々に描写された、決定的な内部文書を入手した。それが、この本で紹介する北朝鮮の検察機関が作成し、「絶対秘密」に指定された文書だ。
検察幹部向けの教養資料として、いわば実務の参考用に作られたものなのだが、そこには2006~09年にかけて各地の検察所が取り組んだ経済事件の詳細な捜査記録が盛り込まれている。
北朝鮮指導部は、犯罪を自国の恥部と捉え、対外的にはほとんどその実態を公表しない。だからこの検察文書は、かの国の社会的実情を示す希少な情報がぎっしり詰まったものだ、と評価しても過大ではないだろう。
文書に登場する「犯罪者」たちが手を染める行為は、なかなかダイナミックだ。世界遺産指定の直前にあった文化遺産を盗んで中国に売り飛ばそうとしたり、軍や政府の地方幹部を抱き込んで金鉱のヤミ開発にいそしんだりしている。
彼らに共通するのは、法律や規制をものともせず、「なんとかして豊かになりたい」と行動するエネルギーの高さだ。単に「犯罪者」と呼ぶより、体制に強かに逆らう「悪党」と呼ぶ方がぴったりくる。こうした悪党たちを含め、社会主義政権が規制するヤミの商行為に勝手に取り組む生き方が、すでに北朝鮮国内では主流になりつつある。
中国に出てくる北朝鮮住民たちも、自国のそうした状況を「上は社会主義でも、下はすでに資本主義」と口を揃えて証言する。そして、こうした変化こそが、指導部にとって最も脅威なはずだ。
北朝鮮を巡っては、核開発問題、拉致問題など日本にとって重要な課題が存在する。また、金正恩第1書記の動向からも目が離せない。
しかし、中長期的な北朝鮮の行方を占う際、最も重要なのは、北朝鮮の経済・社会の本体を担っている庶民層の動向だと思う。その手がかりを本書から見いだしていただけるとうれしい。
蘊蓄倉庫
「閉鎖国家」と呼ばれる北朝鮮ですが、しかし首都・平壌などでは一般住民であっても、秘かにDVDやUSBといったデジタルメディアを使って流布する国際ニュースや海外ドラマなどに触れていて、国内外の事情をかなり正確に知っているそうです。
情報の入口は、国の北側で東西に「約1400キロ」もの長大さで延びる中国との国境線。改革開放により目覚ましい発展を遂げた隣国から、豊富な物資とともに流入、あるいは逆に流出する情報は、もはやあの独裁国家でも封鎖しきれません。
一方、韓国と接する南側の「約240キロ」は、ご存じのようにすべてが「軍事境界線」。さすがに情報が行き交う隙間などありません。このため、国内を移動するのにさえ自由がない北朝鮮では、その南部と北部で、生死にもかかわるほどの情報格差が生まれているようです。
(ちなみに、北朝鮮は北東部でロシアとも「約40キロ」だけ国境を接しています)
担当編集者のひとこと
あの国の「捜査報告書」から読む「国家崩壊」
あえて正直なところを申し上げると、本書は非常に宣伝の難しい本です。
本書の中核となるのは、北朝鮮という国家が「絶対秘密」に指定した内部文書ではありますが、それはロイヤルファミリー金正恩一家の秘されたプライバシーや、朝鮮人民軍の危うい戦略動向といった、誰の目にも明らかなトップシークレットが記されたものではありません。
当の文書は、あの国の「検察機関」がまとめた、経済事犯の捜査報告を主としたものなのですが、多くの人は、「北朝鮮にも検察ってあるんだ」と、そこから驚かれるのかもしれません。中身を読んでいただくと、彼の国の検事たちが意外なほど地道に聞き込みを重ねていたり、犯人の取り調べでは人情を絡めて自供を促したりと、日本の刑事さん検事さんたちと同じような苦心をしている中に、北朝鮮独特の社会事情が絡まったりしてきて非常に興味深いことばかりなのですが、これはまさに読んでいただいてはじめてご理解いただける面白さでしょう。
この文書で捜査報告がなされている事件が、治安機関の監視を出し抜いた「金鉱のヤミ開発事件」であったり、軍需工場から横流しされた「放射性物質の密輸出事件」であったり、高麗王朝の旧都・開城にある「世界遺産地区からの文化財窃盗事件」などといった、これが日本国内の事件であったらそれぞれがたいへんな騒ぎになりそうな事件ばかりで、単なる犯罪実録の読み物だと思ってもじつに読みどころが多いことは、なるほど本書の宣伝ポイントになるのかもしれません。 しかし、本書の重点はそこにはないのです。この「絶対秘密」の文書に報告されている数々の犯罪の実態から、普段は糊塗されているあの国の社会の実情、さらには国家崩壊への道筋を読み解くことに、その主眼を置いているのです。
少し着想が大きすぎるように思われる向きがあるかもしれませんが、犯罪捜査の経過からは、あの閉鎖国家の中で日常的にどれほどの犯罪があり、どんな犯罪ネットワークが出来つつあり、それを治安当局がどこまで抑えることができていて、ひいては一般住民がかならずしも体制に従順ではないことなど、最高権力者や軍の動向を見ているだけでは決してうかがい知ることのできない、「体制の綻び」と「国家の行く末」が見えてくるのです。
ということも、やはり読んでいただいてから分かっていただけることなのでしょう。
また本書は、単なる文書分析だけでは終わりません。文書から見えてくる社会現象を、著者が秘かに育んできた北朝鮮の人々との交友の中で得た、具体的な手触りや実感のある肉声証言とクロスさせて検証しているところなどもまさに読みどころなのですが、これも読んでいただくほかない、としか言えないのです。
昨今、「中を読まなくても結論が先に見えているような本」が多い中で、本書はその対極にある「読んでみなくちゃ絶対にその良さが分からない本」です。
ぜひ、編集者の宣伝文などはうっちゃって、本書そのもののご高覧をよろしくお願い申し上げます。
2015/02/25
著者プロフィール
米村耕一
ヨネムラ・コウイチ
1972(昭和47)年、熊本県生まれ。毎日新聞社・外信部記者。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、西日本新聞社に入社。同社を退社後、韓国留学を経て毎日新聞社へ入社。福島支局、政治部などに勤務の後、北京特派員を務め、中朝国境地帯から朝鮮半島をウォッチした。