キラキラネームの大研究
924円(税込)
発売日:2015/05/18
- 新書
- 電子書籍あり
苺苺苺(まりなる)ちゃん、紗冬(しゅがあ)ちゃん、愛夜姫(あげは)ちゃん、手真似(さいん)くん。「神様、読めません……」目からウロコの日本語論。
苺苺苺と書いて「まりなる」、愛夜姫で「あげは」、心で「ぴゅあ」。珍奇な難読名、いわゆる「キラキラネーム」の暴走が日本を席巻しつつある。バカ親の所業と一言で片づけてはいけない。ルーツを辿っていくと、見えてきたのは日本語の本質だった。それは漢字を取り入れた瞬間に背負った宿命の落とし穴、本居宣長も頭を悩ませていた問題だったのだ。豊富な実例で思い込みの“常識”を覆す、驚きと発見に満ちた日本語論。
☆ コラム
1 伝統の角界にも出現した「キラキラ四股名」
2 キラキラ人、わが大学に集まれ!?
3 タカラジェンヌはキラキラネームの元祖?
4 中国の驚きのキラキラネーム「@」
5 英語圏のDQNネーム事情
6 ああ、絶滅危惧ネーム「木綿子」
7 ラノベ作家はカルさが命!?
主要引用・参考文献
書誌情報
読み仮名 | キラキラネームノダイケンキュウ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-610618-7 |
C-CODE | 0281 |
整理番号 | 618 |
ジャンル | 言語学 |
定価 | 924円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/11/13 |
インタビュー/対談/エッセイ
キラキラネームの謎を追う“旅”
私にとって「光宙(ぴかちゅう)」はキラキラネームの中でも格別に印象深い名前である。なにしろ、古代漢字の本を執筆中だった数年前、この名前に遭遇し、出会いがしらのインパクトの強烈さに引きずられるように、私は無謀にも「キラキラネーム」というミステリーの謎を追う“旅”に乗り出してしまったのだから。
キラキラネームのどこがミステリーなのだ? 単に名づけ親が無教養で浅はかというだけの話ではないか、と思われる方もいらっしゃるだろう。たしかに「苺苺苺」と書いて「まりなる」、「心太」で「はあふ」、「愛夜姫」で「あげは」、「紗冬」で「しゅがあ」、「黄熊」は「ぷう」――巷間言われている難読名の珍奇ぶりは凄まじい。しかし今や、心の「ここ」+愛の「あ」で「心愛」を「ここあ」、「桜」を「はる」などと読ませる名前が新生児の命名ランキング上位に入る時代。これまでの常識がまったく通用しない、フリガナがなければ読めない名前はすっかり主流派と化し、フツーの親がフツーにつけるものとなっている。ヤンキー気質の親による「夜露死苦」風の命名と嘲笑している場合ではないのである。
ここで不可解なのは、どうしてフツーの親がわざわざそんな命名をするのか、ということだ。しかし、当て字・当て読みという視点から考えていくと、読めない名前は、かわいいわが子にステキな名前をプレゼントしたいと願うあまり、音の響きも、漢字の意味も、画数も、どれもこれも最高のものを! と欲張ってあれこれ盛っているうちにキラキラ化してしまったものと思いあたる。
そもそも日本語は、異なる体系を持つ中国語の文字である漢字を借りて形成された。それゆえ日本語そのものが無理読みという宿命を背負っている。一見奇抜な「光宙」ですら、「光一」と書いて「ぴかいち」と読む語句が昔からある。もとより漢字の読みは一筋縄ではいかないものなのだ。
しかも、歴史上には「光宙」という名を持つ人物も実在(読み方は本書で)。また「藤原明子」は「ふじわらのあきらけいこ」、徳川第十四代将軍「家茂」は「いえもち」と、無理読みしている例は枚挙に暇がない。かの本居宣長の門下生にさえ、「稽古(とほふる)」「光多(みつな)」など難読名の人が大勢いて、宣長を嘆かせている。
だが、そうなると新たな謎が浮上してくる。無理読みが日本語の宿命なら、なぜ最近になってキラキラな難読名が増殖したのか。なぜ常識からの逸脱が急速に進んだのか――。キラキラネーム現象は、「個性化願望」や「下流社会」などのキーワードで解説されたり、キラキラの次は古風なシワシワネームが流行るといわれたり、時代の表層を彩る一過性のトレンドと見られがちだが、じつは太古からの日本語の深層につながっている。結局、私の“旅”は遠く言霊や習俗の世界にまで及ぶものとなった。日本人の名前の歴史を繙きながら、奥行きの知れない日本語の森に分け入る謎解き旅に、どうかしばしお付き合いください。
(いとう・ひとみ 文筆家)
波 2015年6月号より
蘊蓄倉庫
日本語の常識をかるく超えた「珍奇な難読名」、キラキラネームが今や珍しくなくなった一方で、「シワシワネーム」にも注目が集まっています。誰もが読めて書ける、古くからある名前の総称だそうですが、そんな正統派ネームのひとつが「和子(かずこ)」かもしれません。ところが、これもかつてはキラキラネームだったという事実が本書で明かされました。江戸時代の国学者、本居宣長が「和子」を挙げて批判したというのですから、穏やかではありません。「かず」は「和」の通常の読み方ではない、ということなのですが、それがどのようにして「普通の名前」になっていったのか(第三章 無理読みは伝統だった)。その解説を読むと、漢字を無理やり読ませる「キラキラネーム」の底知れぬ力がじわりと伝わってきます。
担当編集者のひとこと
うちの子の名前も、キラキラかも……
「音はかわいい響きにしたい。漢字の意味も大切にしたい。漢字の画数も吉数にしなくちゃ。それでいて、少し変わった、でも変じゃない、個性的でステキな名前をプレゼントしたい――」(第2章 73ページ)
『キラキラネームの大研究』の面白さのひとつは、「珍奇な難読名」はヤンキー親の所業でなく、フツーの親のフツーな選択であることが明らかになった点です。
では一体どんな思いで、彼らはキラキラな名前を選んでいるのか。著者の伊東ひとみさんによる解説を読みながら、担当編集はひそかに抱いていた心配が濃厚な不安に変わるのを感じました。「ならばうちの子の名前も、キラキラじゃないか!」。
まず読み方の音を選ぶ。漢字も意味を大切に。少し変わった名前をと考えた順序は担当編集もまったく同じだったのです。そこから「誰もが知る漢字を、誰にもなじみのない読み方で読ませる」方向には行かなかったものの、10人中9人は読めない、書けない漢字を選んでしまいました。もちろん親戚の困惑を振り切って、です。
知り合う人ごとに説明をし、メール等では相手が面倒だろうと先回りしてひらがな表記をする日々。大きくなった子どもにも同じことをさせるんだなと今さら考え込んでしまいますが、きっと誰もがすぐ覚えてくれるというキラキラネームの効用に、すがりたい思いです。
2015/05/25
著者プロフィール
伊東ひとみ
イトウ・ヒトミ
1957(昭和32)年静岡県生まれ。奈良女子大学理学部生物学科(植物学専攻)卒業。京都大学木材研究所を経て、奈良新聞社文化面記者として勤務。その後、上代文学、漢字の成り立ちを研究し、編集者から文筆家に。作家竹西寛子氏に影響を受け、言葉を恃(たの)むことの覚悟を知る。著書に『漢字の気持ち』(新潮文庫、高橋政巳共著)、『キラキラネームの大研究』(新潮新書)、『恋する万葉植物』(光村推古書院、絵・千田春菜)などがある。