英語の害毒
792円(税込)
発売日:2015/06/17
- 新書
- 電子書籍あり
会話重視、早期教育、公用語化……
バイリンガル化は奴隷への道だ! 気鋭の言語学者がデータに基づき徹底検証!
日本人の多くは英語を必須能力と捉えている。会話重視の教育はさらに低年齢化し、「日本語禁止」の企業まで登場する始末だ。それが「自発的な植民地化」への道だとも知らず――。本書では、気鋭の言語学者がデータに基づき英語の脅威を徹底検証する。「企業は新人に英語力など求めていない」「アジアなまりの英語こそ世界で通用する」等、意外な事実も満載。英語信仰の呪縛から解き放たれること必至の画期的考察!
主要参考文献
書誌情報
読み仮名 | エイゴノガイドク |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-610624-8 |
C-CODE | 0282 |
整理番号 | 624 |
ジャンル | 言語学、英語 |
定価 | 792円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2015/12/11 |
インタビュー/対談/エッセイ
エスキモー語研究者が見た「英語の脅威」
このたび、英語に関する本を書いた。とはいっても、英語を話せるようにするにはどうすればいいか、というような本ではない。タイトルの通り、英語の負の側面に照準を定めている。現状のような、あこがれ一辺倒の無防備な態度で英語にのぞむことの危険性を、様々な観点から検証する。
私は英語学や英文学の専門家ではない。専門は言語学ではあるけれど、主に研究しているのはエスキモー語だ。専門が英語だったら、こんなことを書こうとはきっと思わなかった。この本はエスキモー語にふれてはいないけれど、ある意味でエスキモー語研究者の視点から見た英語の本だ。
アラスカ北部のエスキモーは、みんな英語を話す。エスキモー語を話せるのは一部のお年寄りだけ。村には、テレビを通して白人の文化・価値観が入り込んでいった。今では、村長も学校の先生もみんな白人だ。そんなエスキモーの間には、若者の自殺やアル中などの社会問題が蔓延している。
このように、みんなが英語ができるようになった社会は、ことばの障壁を失ってしまう。英語の母語話者に有利な社会、つまりは英語国の文化的植民地になってしまう可能性がある。英語を学ぶことは、自発的に植民地化を進めることでもある。
しかしながら日本人の多くは、英語はいいもの、ありがたいものと考え、英語について実に多くの一面的な誤解をいだいている。いわく、「グローバル化が進んだ社会では、英語ができないとやっていけない」「英語の重要性は増していく一方だ」「就職活動では英語がものをいう」「アメリカ英語やイギリス英語が正しい発音で、日本語なまりでは通じない」「英語が上手になりたければ、早くからネイティブに習うべきだ」――。
本書で様々なデータにもとづいて検証する通り、これらの「常識」はいずれも誤りだ。しかし、このような英語観にもとづいて、日本の英語教育は急速に変わりつつある。
英語教育が会話中心になった。小学校に英語が導入された。大学の授業に英語で行うものが増えている――。すなわち、バイリンガルを究極の目標とする方針だ。しかし、この程度で完璧なバイリンガルが育つわけがない。うまく行けば、日本人の多くが日常会話程度の英語力をもつようになるかもしれないが、それはエスキモーと同じように、日本人もことばの障壁を失うということだ。
一方で、社外取締役制度が導入・強化されてきた。英語を社内公用語とする企業も出てきた。こうした中で日本人が中途半端な英語力を持てば、外国人経営者が日本人社員を支配することになるだろう。日本の植民地化が進むということだ。
日本人はなぜ英語に多くの無防備な誤解をいだいているのだろうか。誤解から解放される途はあるのだろうか。この本では、英語に対する適切な距離の取り方を提案する。英語に興味がある人、英語をやらないといけないと思っている人、社会全体が英語をこんなに推している現状に疑問を感じている人、多くの方々に読んでいただきたい。
(ながい・ただたか 言語学者・青山学院大学准教授)
波 2015年7月号より
蘊蓄倉庫
日本人の多くは、英語の発音にコンプレックスを持っています。アメリカ人やイギリス人の発音こそが正しくて、カタカナ発音は格好悪いし通じない、と。けれどもそれは、日本人ならではの自虐的な評価のようです。
世界各地で話されている英語を、世界の人に聞かせて、どれだけ聞き取れたかを調べた研究があります。それによれば、もっとも通じやすかったのはスリランカ人の英語で、内容の79%が通じたそうです。日本人の英語は75%で、調査対象9か国の上から3番目。アメリカ人の英語はというと、55%しか理解されず、下から2番目でした。
日本人のカタカナ発音が英語の母語話者(いわゆる「ネイティブ・スピーカー」)にどのくらい通じるかを調べた実験でも、単語のみの場合は別として、文章の形ではかなりの割合で通じるという結果が出ています。世界に通用する日本人の英語を、恥じることなくどんどん活用していきたいものです。
担当編集者のひとこと
英語ができても白人にはなれない
このまま英語の力を過信して、早期かつ会話重視の英語教育を推し進めれば、日本は英米の植民地に成り下がるしかない――。
これが、本書の主張です。もちろん、本書はトンデモ本ではありませんし、著者も右翼的愛国主義者ではありません。歴とした言語学者が、先行研究やデータにもとづき検証した結果、導かれたのがこのメッセージなのです。
「日本人には英語ができるようになった自分たちを無意識にアメリカに重ねて見る人が多いが、本当はアジアの英語国と重ねて見るべきではないか」と著者は言います。実際に、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドという先発の白人英語国以外は、「二級の英語国」としか見られていないからです。
バイリンガル国家として知られるシンガポールでは、二か国語のいずれも読み書き能力が最低水準に達しない国民が多いといいます。その一方、英語と中国語の新聞が読める若者は13%しかいないのだとか。
もちろん、英語ができるようになれば、いいこともあります。英語ができる人が多いおかげで、インドには英語国からデータ入力や電話応対のような下請け仕事が回ってくるし、フィリピンの人は海外に出稼ぎに行くことができる――。
このことだけ見ても、みんなが英語ができるようになることの費用対効果には、大きな疑問符が付くのではないでしょうか。本書は、“ネイティブ”みたいに英語が話せたらかっこいい、子どもはバイリンガルに育てたい、などと英語に対して無邪気な夢を抱く日本人に、冷や水を浴びせる一冊です。
2015/06/25
著者プロフィール
永井忠孝
ナガイ・タダタカ
1972(昭和47)年、熊本市生まれ。東京大学文学部言語学科卒。米アラスカ大学フェアバンクス校大学院人類学科にて博士号取得。青山学院大学経営学部准教授。専門は言語学(エスキモー語)。著書に『北のことばフィールド・ノート』(共著)など。