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問題は憲法じゃない、憲法学者だ! 宮沢俊義、芦部信喜、長谷部恭男、石川健治、木村草太……。「ガラパゴス憲法学」の病理を国際政治学者が徹底解剖する。

憲法学の病

篠田英朗/著

924円(税込)

本の仕様

発売日:2019/07/13

読み仮名 ケンポウガクノヤマイ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 287ページ
ISBN 978-4-10-610822-8
C-CODE 0232
整理番号 822
ジャンル 政治・社会
定価 924円
電子書籍 価格 924円
電子書籍 配信開始日 2019/07/26

日本は憲法で戦争を放棄した世界唯一の国だ――。日本人の多くは漠然とそう信じているが、これは戦後の憲法学者たちが日本国憲法を捻じ曲げて解釈した「虚構」に過ぎない。憲法が制定された文脈と、国際法の常識に照らし合わせた時、本当は「国際主義的」な日本国憲法の真の姿が明らかとなる。東大法学部を頂点とする「ガラパゴス憲法学」の病理を、平和構築を専門とする国際政治学者が徹底解剖する。

著者プロフィール

篠田英朗 シノダ・ヒデアキ

東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。ロンドン大学(LSE)Ph.D.(国際関係学)。『平和構築と法の支配』(大佛次郎論壇賞)、『「国家主権」という思想』(サントリー学芸賞)、『集団的自衛権の思想史』(読売・吉野作造賞)、『ほんとうの憲法』ほか著書多数。

目次

はじめに
第1部 憲法をガラパゴス主義から解放する
1.本当の憲法9条1項「戦争」放棄
2.本当の憲法9条2項「戦力」不保持
3.本当の憲法9条2項「交戦権」否認
4.本当の憲法前文一大「原理」
5.本当の憲法前文「平和を愛する諸国民」
6.本当の憲法前文「法則」
7.本当の「集団的自衛権」
8.本当の「砂川判決」
9.本当の「芦田修正」
第2部 ガラパゴス主義の起源と現状
10.宮沢俊義教授の謎の「八月革命」
11.長谷部恭男教授の謎の「立憲主義」
12.石川健治教授の謎の「クーデター」
13.木村草太教授の謎の「軍事権」
おわりに
コラム 芦田修正/19世紀ドイツ国法学/1972年内閣法政局見解/砂川判決

担当編集者のひとこと

左も右も誤解している

 日本は憲法で戦争を放棄した世界唯一の国だ──。日本人の中には漠然とそう信じている人が少なくありません。リベラル系は当然として、保守系論客でも。

 例えば、最近『江藤淳は甦える』(平山周吉著)が出てにわかに注目を集めている江藤淳は、『一九四六年憲法──その拘束』という本の中で、「もし米国が、憲法第九条二項の『交戦権』否認が、日本の主権行使を少なからず拘束している現実を認めるならば、米国はおそらくこの“主権制限条項”が、なによりもまず対日不信の象徴であることを認めるはずである」などと書いています。
 逆に言うと、江藤は、「日本以外の国は『交戦権』という国家主権を持っている」「その主権国家としての当然の権利を日本はアメリカに奪われた」と考えていたわけです。

 しかし、この問題は「偽物」です。

 日本は憲法で戦争を放棄した世界唯一の国ではない。すでに一九二八年の不戦条約以降、「戦争」なるものは違法化されており、すべての国連加盟国において、「交戦権は否認」されているのです。当然、アメリカにもロシアにも中国にも「交戦権」は存在しない。

 武力の行使が認められるのは、国際社会の平和を維持したり、他国からの侵略を防御したりする場合に限られます。そうした場合の武力行使は集団安全保障の措置、または自衛権(個別的ないしは集団的)の行使として正当化されるのです。逆に言えば、国際社会の平和を維持したり、個別的であれ集団的であれ自衛権を行使するための武力を持つことには、日本が国連加盟国である以上、何の法的制限もないのです。
 つまり、日本国憲法は、日本が国際社会に復帰するに際して、「戦前は『戦争が違法化』されている世界の趨勢を無視して中国を侵略しちゃったりしたけど、今後は国際社会の当たり前の前提に付き合いますからよろしくお願いしますね~」と公的に宣言したもの、に他ならないのです。

 実は、日本国憲法の文言には、不戦条約、国連憲章、アメリカ独立宣言などからの「コピペ」がそこかしこに溢れています。
 その意味するところは、日本国憲法が「戦争を放棄した世界唯一の国としての日本」をうたう「ガラパゴス的経典」ではなく、国際社会との協調を目指した「グローバルスタンダードの法典」であった、ということに他なりません(憲法の前文には「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」とちゃんと書いてある)。
 本書は二部構成になっているのですが、第一部で篠田先生は、日本国憲法のコアの概念が「ほんとうに言おうとしていたこと」を、文言に則して丁寧に読み解いていきます。

 では、なぜ「国際社会との協調を目指したグローバルスタンダードの法典」が、「戦争を放棄した世界唯一の国である日本はエライ。あちこちで戦争しまくりの外国は遅れている!」と、全く逆のことを日本人に信じ込ませる「ガラパゴスの経典」に反転したのか。

 それは、東大法学部を頂点とする日本の権威ある憲法学者たちが、反米イデオロギーに駆られて憲法の精神をねじ曲げて解釈し、日本社会にそれを「正当なもの」として(学校教育や資格試験などを通じて)押しつけてきたからです。
 本書の第二部では、戦後の代表的な憲法学者の論理が、いかに本来の日本国憲法の姿とちがっているのかを具体的に読み解いています。

 終戦当時の東大法学部憲法学担当教授だった宮沢俊義は、真珠湾攻撃が起こった際、熱烈な大日本帝国賛歌を歌い上げましたが(「東と西」)、戦後は熱烈なる民主主義者に転向し、1945年8月に主権が天皇から日本国民に移ったとする「8月革命」なる奇っ怪な論理を紡ぎ出します。
「ってか、アメリカに占領されてんだから、本当の権力はアメリカにあるんじゃねーの?」というのが、普通の日本人の感覚だと思いますが、まさにそこが宮沢の狙いで、「8月革命」なる理屈を捏造することで、「憲法制定権力としてのアメリカ」の存在を憲法学の世界から抹殺することを狙ったのです。宮沢の「反米魂」は戦後も消えていなかった。

 この宮沢説を「国民主権を基本原理とする日本国憲法が明治憲法73条の改正手続きで成立したという理論上の矛盾を説明する最も適切な学説」とした芦部信喜が、戦後ガラパゴス憲法学の「家元」とも言うべき存在になりました。芦部の主著『憲法』は100万部以上を売り上げたそうですが、「国権の発動たる戦争」も「世界の平和を維持するための武力行使」もなんでもかんでも一緒くたにして、「九条一項では自衛戦争を含むすべての戦争が放棄されている」とする解釈を「有力」と打ち出し、いわゆる護憲勢力のバイブルとなりました。
 ちなみにこの芦部の『憲法』なる本、私は本書の編集過程で初めて開きましたが、根拠を示さない言い切りフレーズのオンパレードで、法学書というより政治的パンフレットに感じられてなりませんでした(まあ、目を通したのが第4章の「平和主義の原理」だけ、というのもありますが)。

 現代憲法学の最高峰に位置する長谷部恭男教授は、法学者でありながら、日本の憲法学者は「法文の一字一句に忠実な解釈を行うわけではない」(!)と驚くべき主張をしつつ、憲法の解釈適用は「最後は法律の専門家に委ねられる」と堂々と述べています。
「『法文の一字一句に忠実な解釈を行うわけではない』んだったら、憲法学者に憲法解釈を委ねる根拠はないんじゃね? 他の誰がやったって同じじゃん」とか思うわけですが、長谷部教授によると、それでも憲法学者でなければならないのは、憲法学者が「良識」を持っているから、だそうです。
 平たい言葉で言うと、「法律的に厳密なこと言うとは限らんけど、オマエラ一般大衆は、エライ憲法学者様の良識を信じて、ちゃんと言うことを聞きなさい」ということです。だから、良識ある長谷部教授が「自衛隊と個別的自衛権は合憲!」と言えば合憲になるし、「集団的自衛権は違憲!」と言えば違憲になるのです。
 ちなみに長谷部教授によると、憲法学者以外の一般大衆というのは、放っておくとアイスを20個一気食いしてしまうようなアホなので、憲法学者が「食っていいアイスは一日一個だけだよ」と指導してあげなければいけない存在なのだそうです。長谷部教授の『憲法の良識』(朝日新書)という本にそう書いてあります。もちろんこんな雑な表現ではなくて、エライ先生一流のパターナリズムとオブラートに包んだ表現で、ではありますが(笑)。

 ある意味、ガラパゴス憲法学の「闇」をいちばん感じさせてくれるのが、集団的自衛権を容認する閣議決定が出た際、「これはクーデターだ!」と叫んだ石川健治教授。彼には一般読者向けに書かれた単著がないのですが、木村草太教授が自身の憲法学の論拠の1つとして挙げている「前衛への衝迫と正統からの離脱」なる、いろんな意味ですごい論文があります。ちなみに、一部引用するとこんな感じ。

「軍隊を消滅させることによって軍事力統制の課題そのものの解消を企図した現行憲法九条は、日本の議会政治へのdefinitionalな制約条項としての意味をもちえただろう。すなわち、同条は、第一に、議会の立法権行使に関し、軍編成権(軍政)に関しては、その組織法制定権限に制約を課す、という(消極的な)法的権限規定の側面、第二に、そうした組織法制定権限の制約(その結果としていわゆる軍令の領域も原理的に存立しえなくなる)根拠として、平和主義の理想という──「民意」をも超える──高次の正統化根拠を提示しているという側面と、第三に、それに伴い政府が軍事予算を計上することが不可能になる、という意味での財産権の限界規定の側面とを、もっていたはずである」

 木村教授によると、石川教授のこの論文によって「カテゴリカルな軍事権の消去」なるものが憲法学で確立された、となるのですが、読んでアタマに意味が入ってくる人、どれくらいいるのでしょうか?

 部外者の邪推かも知れませんが、この分かりにくい論文の執筆と評価は、石川教授も木村教授も東大法学部を卒業してそのまま助手に採用された人である、ということも関係しているのかも知れません。東大法学部で受け継がれている「学部卒即助手採用」という制度には、「正統な教義を引き継いでいく『神官』を制度的に作り出していく」という機能もあるはずですが、その「正統な教義」が分かりにくければ分かりにくいほど、教義を守る神官の権威は高まる。石川教授の分かりにくい論文の背後には、そんなロジックが働いている気がしてなりません。それこそ丸山真男の「正統と異端」を引用しながら『異端の時代』(岩波新書)を書いた森本あんり先生みたいな神学者が読み解いたら、もう少しクリアなことが言えるのかも知れませんが。

 とまれ、本来の日本国憲法の姿を伝えるというストレートパンチと、その日本国憲法を恣意的に解釈してきた勢力へのボディブロウという2つの技によって、篠田先生は日本国憲法を「ガラパゴス憲法学」から日本国民に奪還するための孤独な戦いを試みています。

 本来、平和構築の専門家である篠田先生に、「憲法学者の病について書いてくれ」とお願いするのは心苦しかったのですが、結果を見れば大成功。本当に素晴らしい本になりました。
「ガラパゴス憲法学」の影響は、学校教育を通じて、われわれ普通の日本人の身体に入りこんでいます。その影響を「解毒」し、憲法の「ほんとうのメッセージ」を血肉化するには、本書を読むのがいちばん手っ取り早いのは確かです。

 ということで、「編集者のひとこと」というには長い文章になりましたが、実際の篠田先生の本はこの私の文章の10倍くらいの説得力がありますので(笑)、ぜひ手に取ってみてください。

2019/07/25

蘊蓄倉庫

19世紀ドイツ国法学

 日本の憲法学は、その出自から、「ドイツ国法学」の強い影響下にあります。ドイツ国法学の特徴の一つは、国家という法人格を、自然人のアナロジー(類推)で語ること。だから、他者に攻撃された自然人が正当防衛の権利を行使できるのと同じように、他国に攻撃された国家も正当防衛をする権利があると考えるので、「個別的自衛権だけは合憲(集団的自衛権は違憲)」という考え方になるのです。
 しかし、この「19世紀ドイツ国法学」の論理は現代国際法の論理とは全く相容れないので、憲法学者が少なからず「浮き世離れ」してしまう、という結果を招いています。

掲載:2019年7月25日

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