ベートーヴェンと日本人
902円(税込)
発売日:2020/11/18
- 新書
- 電子書籍あり
なんで「第九」が年末の風物詩になったのだ? クラシック音楽が「異物」から「教養」に変容する姿を描いた発見と興奮の文化論。
幕末から明治にかけての日本人には「耳障り」だったクラシック音楽は、「軍事制度」の一環として社会に浸透し、ドイツ教養主義の風潮とともに「文化」として根付いていった。そして日本は、ベートーヴェンが「楽聖」となり、世界のどこよりも「第九」が演奏される国となっていく――。明治・大正のクラシック音楽受容の進展を描きながら、西欧文明と出会った日本の「文化的変容」を描き出す。
書誌情報
読み仮名 | ベートーヴェントニホンジン |
---|---|
シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-610884-6 |
C-CODE | 0273 |
整理番号 | 884 |
ジャンル | 音楽 |
定価 | 902円 |
電子書籍 価格 | 902円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/11/18 |
薀蓄倉庫
ぜんぶ女性
日本のクラシック音楽黎明期に、この分野のパイオニアとなったのは女性音楽家たちでした。1885年に撮影された「音楽取調掛(現在の東京芸術大学)」の第一期卒業生たちの集合写真には、14人の学生(卒業生および伝習生)が写っていますが、なんとその全員が女性です。まだ江戸時代の「歌舞音曲は男の仕事ではない」という意識もあって、日本のクラシック音楽は、この女性たちによって切り開かれていくことになりました。
掲載:2020年11月25日
担当編集者のひとこと
日本人にとって、西洋音楽とは何なのか
今年は、1770年に生まれたベートーヴェンの生誕250年という節目の年にあたります。とはいえ、もちろんベートーヴェンが現役の頃の日本は、同時代の彼のことはまだ知りませんでした。
日本人が西洋音楽と出会ったのは、幕末から明治にかけての文明開化期。尺八や三味線の音色に親しんでいた当時の日本人にとって、それは「耳障り」なものですらあったようです。海外のオペラ歌手の公演を聴いた日本人は、「まるで鶏が絞め殺されるような歌声」に、大声で笑い出したとも言います。
それが今では、第九が年末の風物詩になり、ベートーヴェンが「楽聖」と言われるほどに、日本の社会に根付きました。
音楽とは本来、日常生活の習慣や娯楽にも結びついており、一朝一夕に変えられるものではありません。ドレミの音階を、我々は当たり前に受け入れていますが、それが「当たり前」になるまでには、とてつもない文化的変容があったのです。
本書は、日本がクラシック音楽という「異物」と出会ってから、それが「制度」として社会に導入され、「教養」として根付くまでの変容を描いた文化論です。扱った時期は幕末・明治から昭和初期までですが、なにしろ「変容」がテーマなので、エピソードには事欠きません。
例えば、明治の最初期にクラシック音楽の地平を切り開いたのは女性だったこと。本書には、1885年に撮影された音楽取調掛(今日の東京芸大)一期生の集合写真が掲載されていますが、そこに写っている14人全員が女性です。
その中の1人に、幸田延がいます。彼女は、日本におけるクラシック・ピアニストの先駆けとなった人物で、麹町にあった私邸を「音楽文化」の発信基地にしていました。名前からお察しされた方もいるかも知れませんが、彼女は幸田露伴の妹でした。
幸田に続いたピアニスト、久野久は、15歳からピアノを始めたという遅咲きの人でしたが、そこから血のにじむような努力を重ね、東京音楽学校本科一年生の時に、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第一番」を同校の管弦楽団と共演し、一躍名を馳せました。母校の教授になり、ベートーヴェン演奏家としての名も確立したものの、彼女はその後、欧州に渡り、ウィーンで自殺して38歳で生涯を閉じることになります。
彼女たちだけでなく、ドイツ教養主義の風潮の中で起こったワーグナー・ブームを巡る文学者たちの論争、日本のシンフォニー演奏をリードした2人の指揮者(山田耕筰と近衛秀麿)の確執、ベートーヴェン100年祭(こちらは「死後100年」の1927年頃)の熱狂ぶりなどが、さながらタペストリーのように綴られていきます。
著者の浦久俊彦さんは音楽プロデューサーで、フランスに20年以上住んでいた経験があります。それだけに、「日本人にとって、西洋音楽とは何なのか」という問いを自分のものとして考え続け、今回、「ベートーヴェンと日本人」というテーマと向き合うに至りました。
著者のオリジナルな視点から語られた「文化変容」の物語、ご堪能いただければ幸いです。
2020/11/25
著者プロフィール
浦久俊彦
ウラヒサ・トシヒコ
1961年生まれ。文筆家・文化芸術プロデューサー。一般財団法人欧州日本藝術財団代表理事。代官山未来音楽塾塾頭。サラマンカホール音楽監督。著書に『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』『悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト パガニーニ伝』など。