ビジネス戦略から読む美術史
836円(税込)
発売日:2021/06/17
- 新書
- 電子書籍あり
フェルメールの「牛乳を注ぐ女」は、「パン屋の看板」だった!? イノベーションは美術史から学べ!
フェルメールの名画は「パン屋の看板」として描かれた!? ガラクタ扱いされていた印象派の価値を「爆上げ」したマーケティング手法とは? 美術の歴史はイノベーションの宝庫である。名画・名作が今日そう評されるのは、作品を売りたい画家や画商、そして芸術を利用しようとした政治家や商人たちの「作為」の結果なのだ。ビジネス戦略と美術の密接な関係に光を当てた「目からウロコ」の考察。
参考文献
書誌情報
読み仮名 | ビジネスセンリャクカラヨムビジュツシ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-610912-6 |
C-CODE | 0222 |
整理番号 | 912 |
ジャンル | アート・建築・デザイン |
定価 | 836円 |
電子書籍 価格 | 836円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/06/17 |
薀蓄倉庫
西洋の風景画に風車が多い理由
西洋の風景画にはしばしば風車が登場しますが、これには理由があります。西洋で「風景画」なるものが誕生したのが、17世紀のオランダ(ネーデルラント)だったからです。当時のオランダにあたる地域は、宗教改革を経てプロテスタントの国家となっており、美術界は従来の大スポンサーだったカトリック教会の注文を期待できなくなりました。そこで、勃興する市民層のニーズに応えるべく、彼らの生活風景を描いた「風景画」というジャンルを生み出します。その「風景画」を描くに際し、最も絵になる題材の一つが、オランダにはありふれた「風車」だったわけです。
掲載:2021年6月25日
担当編集者のひとこと
美術史はイノベーションの宝庫だ!
美術の経済的側面に関する話題は、人によっては「芸術性に反する」と感じるかも知れません。しかし、美術というものは、経済的な余剰が存在しないところではそもそも存在しえないものです。その意味で、美術と経済は不即不離。名画・名作が今日そう評されるのは、もちろん作品そのものの価値もありますが、一方で作品を売りたい画家や画商、そして芸術を利用しようとした政治家や商人などの「作為」の結果でもあります。
その「作為」は、別の言い方をすれば「イノベーション」。美術史は「イノベーション」の宝庫なのです。
本書では、美術の歴史の中から著者が選び出した「面白いイノベーション」の事例を紹介しています。
例えば、フェルメールの名画「牛乳を注ぐ女」。実はこの絵、「パン屋の看板」として描かれたと考えられています。プロテスタントの共和国となった当時のオランダ(ネーデルラント)では、従来の芸術の大スポンサーだった教会の注文が期待できなくなり、商業に勤しむ市民のお気に召さなければ芸術家は生きていけなくなりました。そうして生まれたのが、市民の日常を描くという絵画のジャンル。「牛乳を注ぐ女」は、フェルメール行きつけのパン屋に、パン三年分の代金代わりに収められたと考えられています。
もう一つ事例を。
いまでは世界的に大ブームとなっている印象派の絵画は、発表当時はガラクタ扱いされていて、二束三文でも買い手がつきませんでした。当時の風刺画には、「見るとショックを受けるから」という理由で妊婦が印象派の展覧会への入場を拒否される場面を描いたものや、戦場で「武器」として印象派の絵画を掲げて突進していく兵士を描いたものまであります。
完全にバッタもの扱いですが、この印象派の作品群は、金ピカ額縁に入れられて猫足家具を配したサロンで展示されることによって、アメリカの新興富裕層という大市場を獲得し、現代にまで続く印象派バブルの歴史を開幕させています。
当時の「前衛芸術」である印象派を、ルイ十五世時代の宮廷風俗である猫足家具と金ピカ額縁で演出して売り込むのは相当に下品、というかミスマッチですが、欧州の歴史と伝統に憧れを持つ(自国の歴史のなさにコンプレックスを持つ)アメリカの新興富裕層にはハマったのです。
その仕掛人で「印象派の父」と称される画商デュラン=リュエルは、今日の美術市場のビジネス・モデルの確立者として知られます。
デュラン=リュエルは、印象派を褒めた批評を載せる雑誌を自前で創刊し、顧客に印象派の市場価値を保証するメディア戦略にも手を染めました。当時は近代ジャーナリズムの確立期であり、新聞雑誌に載る批評はそのままブランドの創出マシンとなったのです。このマシンを最大限に活用して創出された、史上最初にして最強の絵画ブランドが印象派に他なりません。
ブランド創出に際してデュラン=リュエルは、当時の論壇や出版界の御意見番を取り込み、今日でいえば国民的人気番組の司会者やカリスマ的インフルエンサーにあたる人物を味方に付けています。そうした戦略の舞台裏をよく知るモネは、「もはや新聞雑誌の批評の助けなしに画家の成功はない」と画商に書き送っています。ルノワールも、「絵の価値は値段で決まる」と公言していました。
なんだか、現代でもそのまま応用が利きそうな話ですよね。
この他にも、「映え」の元祖とも言うべきナポレオンの芸術利用のノウハウ、芸術家としては天才ながらビジネス戦略的には「出遅れた」ダヴィンチの蹉跌など、「聞いたら誰かに話したくなる」逸話が満載されています。
著者の西岡文彦氏は多摩美術大学の教授で、1992年に刊行した『別冊宝島 絵画の読み方』で、その後の「名画の謎解き」ブームの口火を切った方です。新潮新書でも『ピカソは本当に偉いのか?』と題した著書がありますが、その姿勢は「高踏的に流れがちな美術を、市井の人の素朴な疑問に答える形で読み解いていく」ということで一貫しています。
とても読みやすい本です。ぜひご一読ください。
2021/06/25
著者プロフィール
西岡文彦
ニシオカ・フミヒコ
1952年生まれ。多摩美術大学教授。著書『絵画の読み方』で「名画の謎解き」ブームを起こす。美術出版、美術番組の制作・企画多数。国連地球サミットや愛知万博の企画にも参加。著書に『ピカソは本当に偉いのか?』『絶頂美術館』『名画の暗号』などがある。