交通崩壊
902円(税込)
発売日:2023/05/17
- 新書
- 電子書籍あり
鉄道網・道路・歩道……。ツギハギ行政はもう限界! STOP交通カオス。
日本の交通行政は「部分最適」の集合体である。新幹線の延伸によって寸断される在来線のネットワーク。欧州で復活続くも日本では広まらない路面電車。自転車に加え電動キックボードも乗り上げカオス化が進む歩道。権限を警察が握り、「まちづくり」の観点での施策が進まない道路行政……。そろそろ全体最適を意識した総合的な交通政策を構想すべきではないか。都市・交通問題に精通したジャーナリストによる提言。
年表 戦後日本の交通をめぐる歩み
書誌情報
読み仮名 | コウツウホウカイ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-610997-3 |
C-CODE | 0265 |
整理番号 | 997 |
ジャンル | 地球科学・エコロジー |
定価 | 902円 |
電子書籍 価格 | 902円 |
電子書籍 配信開始日 | 2023/05/17 |
蘊蓄倉庫
イタリアの路面電車ルネッサンス
かつては約80都市で路面電車(トラム)が走っていたイタリアでは、1960年代には14都市にまで縮小していました。それが、21世紀になって劇的に転換、2003年4月のメッシーナを皮切りに、パドヴァ、ベルガモ、フィレンツェ、パレルモなど、多くの都市でトラムが復活しています。この背景には、イタリア政府が「持続可能な移動に向けた国家戦略プラン」を策定し、トラムの復活・新規増設を後押ししていることもあります。
掲載:2023年5月25日
担当編集者のひとこと
脳内妄想の観光列車
日本の交通政策の特徴の一つは、「部分最適の集合」になってしまっていることです。鉄道は鉄道、クルマはクルマ、歩道は歩道という形で政策が分断されてしまい、「全体最適」の視点が希薄なのです。フランスでは鉄道で二時間半以内の航空路線を禁止にする法案が通ったりしていますが、日本ではこうした部門横断的な政策はなかなか採用されません。
たとえば新幹線網の整備にともなって、在来線のネットワークはどんどん寸断されていっていますが、鉄道ネットワークを「鉄道だけの経済性」で議論していたら、ほとんどの地方鉄道が廃止になってしまいます。人口減少が続いている以上、ある程度は仕方ない部分もありますが、北海道新幹線の札幌延伸で函館本線の「山線」(長万部~小樽間)まで廃止が決定されたのは深刻な事態だと思います。
「山線」沿線のニセコは海外資本の投資によってバブル状態ですが、個人的には山線そのものだって、立派な「インバウンドの資産」になるのに、と思います。
本書でも論じているように、鉄道ネットワークを「公共資産」としてとらえ、欧米では一般的な「上下分離」(線路や施設は公共財として、鉄道会社は運営のみを担う)を実現させれば、「山線」にはスイスの氷河急行のような観光列車だって走らせられるでしょう。個人的な妄想を言えば、函館~小樽間に列車を設定すれば、どちらの観光地にも人が呼べる。いまや貴重な「始発駅」「終着駅」の風情をたたえた頭端式ホームの函館駅には、豪華列車が似合うはず。こういう列車を走らせれば、いまはニセコにとどまっているインバウンドによる価値の上昇をもっと広い地域に行き渡らせることだってできるかも知れない。
でも、「利用者が減っている」「JR北海道にカネがない」「新幹線の並行在来線はJRから切り離すのがルールだ」という原則論で終わってしまい、国土政策や観光政策の視点が全くないのが現状です。
「都市の路上」にも深刻な問題があります。電動キックボード、電動三輪車、電動カートなどの新しい交通手段が増え続けて、「歩道(と車道の側道)のカオス化」が進んでいるからです。
また歩道には、これだけ使う人が増えてきているのに、自転車が「鬼っ子」になっているという問題もあります。
都心部に自転車専用道路はほとんどありません。ありませんが、幹線道路では車道のはじっこに申し訳程度の矢羽根表示が記されていて、自転車はそこを走れ、と促されてはいます。でも、都内の移動はいつも自転車の私の感覚では、これがかなり使いにくい。例えば内堀通りの半蔵門から桜田門に至る区間は毎日のように走っていますが、矢羽根部分を走るのはかなりオソロシイ。そもそも大半のクルマに、自転車走行部分を意識している気配は皆無です。新潮社の地元である神楽坂の本通りは一方通行で、車道の両端に矢羽根表示がありますが、常に車が停止しているので、矢羽根部分だけで走って行くのはほぼ不可能。ということで、申し訳ないと思いつつ、歩道に自転車を乗り上げる場合も少なくありません。
本当は、道路交通法上は自転車は子どもを乗せているとかの事情があってゆっくりと走るという前提でないと歩道走行はできないことになっていますが、現状は野放しです。私がいつも走っている皇居の周辺でも、千鳥ヶ淵交番のお巡りさんが半蔵門まで歩道を走っていく姿をよく見かけるくらいですから、これは警察も「黙認」しているということでしょう。
自転車族の本音としては、車道を減らして歩道と自転車道を拡張してもらいたいのですが、これはなかなかハードルが高い。ハードルが高くなる理由の一つに、欧米では自治体が持っている交通規制権限を日本では警察が握っており、まちづくりの観点から道路の配分を変えたりしにくい、という問題があります。本書でも論じていますが、ここもボトルネックの一つです。
本書では、鉄道ネットワークの寸断、路面電車の導入が進まない現状、CASE時代の自動車の再定義の必要性、「歩道のカオス化」などの問題に着目し、日本の交通政策の現状をトータルに概観し、「部分最適」から「全体最適」への交通政策の転換を提唱しています。
交通政策や都市政策に興味を持つ方や、私のようなソフトな鉄ちゃんなどには、強くお勧めできる本かと思います。
2023/05/25
著者プロフィール
市川嘉一
イチカワ・カイチ
1960年埼玉県生まれ。都市・交通ジャーナリスト。立飛総合研究所理事。1984年早稲田大学卒業、日本経済新聞社入社。「日経グローカル」主任研究員などを経て2018年退社。埼玉大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。主著に『交通まちづくりの時代』。