新潮 くらげバンチ @バンチ
対談 vol.3 シチリアは私の縄張り


とり 第一話の舞台は、噴火直後のウェスウィウス火山でしたが、二話目以降、舞台は時代を遡ってシチリア島に移ります。世界で最も活動的な火山であるエトナ山が噴火した後で、プリニウスはシチリア属州の総督代行として現地を調査。それから皇帝ネロの命令で、ローマに向かって旅をする――と、ここまでが第一巻に収められています。
 ここではそのシチリアについて話をしましょう。ヤマザキさんと言えば、フィレンツェで学生時代を過ごしたり、現在はヴェネト州のパドヴァに住んでいたりで、北イタリアのイメージが強いのですが......。

マリ シチリア大好きなんです。それにシチリアとは縁も深くて。フィレンツェに留学していた頃、本当に絵に描いたような貧乏学生だったのですが、そのときに助けてくれたのが、シチリア出身の大工さんの家族。娘のサンティーナが私よりちょっと年上で特に仲が良くて、いろいろ嫌なことや辛いことがあって泣いたり喚いたりしていると、いつも最初に慰めに来てくれました。貧乏でいつもお腹を空かせていたのですが、そんな時はシチリア風の分厚いピッツァを焼いてくれたり。シチリアを初めて訪れたのも、その家族に招かれたのがきっかけです。
 同じイタリアでも、フィレンツェの人というのは日本だと京都の人に似ています。歴史のある街で文化度も高く、その分だけ外部からくる人に対して保守的。でも、シチリア人はとても謙虚で腰が低い。それでいてプライドがある。何か味わい深い人たちなんですよ。

とり シチリアとイタリア本土の関係というのは、日本の沖縄と本土の関係にちょっと似ているのでしょうか。

マリ そうですね。沖縄のようにシチリアも文化の交差路で、世界史上特に地中海文化を語る上では絶対に看過できない場所です。

とり それこそ古代から中世まで支配する国が激しく入れ替わっていますね。

マリ それによって多くの悲劇を生んだし、複雑なアイデンティティがあるのですが、一方で文化は多様で豊かになりました。古くはフェニキア、ギリシア、北アフリカのカルタゴ、古代ローマ、その後はアラブ、ノルマン、フランス、スペインと、時代ごとに支配する国が代わり、それぞれが自国の文化を持ち込んだ結果、それがシチリアで堆積しています。

とり 実は、僕もシチリアにちょっと縁があるんです。というのは、初めてイタリアを訪れたのが、シチリア東部の都市・カターニアだったのです。当地で開催されたマンガフェスティバルに呼ばれたわけですが、本当は吾妻ひでおさんが行くはずだった。でも当時の吾妻さんは療養中(笑)であらせられたので私が代役で。

マリ あ、思い出した。そのことをとり先生がツイートしていて、「ちょっと何で私に黙ってシチリアに行くのよ。シチリアといったら私の縄張りじゃない!」って、「これは絶対に見てください。食べてください!」とお節介をしたのを覚えています。

とり 僕もシチリアには『ゴッドファーザー』『ニュー・シネマ・パラダイス』それからヴィスコンティのいくつかの映画のイメージしかなかったのですが、行く前に調べたらかなり面白そうなところだな、と。僕は小松左京研究会というのに昔いたんだけど、小松さんもまた、僕の中ではプリニウスと重なるイメージがある。聖俗分け隔てなく知識に対して貪欲なところが......。その京大イタリア文学科出身の小松さんが卒論で取りあげたのが、シチリア出身のピランデッロなんですね。で、調べ出すと一口にシチリアといっても、東と西、南と北で全然違うし、各地に重層的な歴史がある。それから興味を持つようになって、この『プリニウス』までつながってくるのですけど。

マリ ピランデッロは私の大好きな作家でもあるのですが、日本でこの作家を話題にできたことがなかったのに、とり先生に「実はピランデッロという作家が」と切り出したら、「あ、ピランデッロは小松さんが卒論で......」というリアクションが戻ってきて、あの時は本当に驚きました。まあ、なかなか初めてのイタリアで訪れた場所がシチリア、という人はいませんからね。

とり その後、北イタリアにも行きましたが、それぞれの街の魅力を感じつつも、やはりどこかお高くとまっているというか、ツンとしている感じがしました。

マリ そうそう。昔、北海道のテレビ局でキュレーターの仕事をしていたとき、「今度ギリシア展をやるから視察に行ってくれ」と言われシチリアに長期滞在したことがあるんです。シチリアの美術館に行って出展をお願いするのですが、「最近出てきたばかりなんです」とギリシアの女神像を見せられたときはゾクゾクしました。掘りたての生々しいオーラがあって。古代ギリシアの美術品を探すなら、ギリシアより断然シチリアです。だからよく「ナポリを見て死ね」と言いますけど、私からすれば「シチリアを見て死ね」です。

とり 皇帝ネロについても話そうと思ったのですが、ここで紙幅が尽きたようです。ネロは『プリニウス』における重要なキーマンで、逸話も多い人物。続きはまた別の機会に。

 

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