井上ひさし
1 と き 昭和十(一九三五)年秋から、昭和二十六(一九五一)年夏までの十七年間。 ところ 東京新宿下落合の林芙美子の借邸および自邸、JOAKのスタジオ、信州志賀高原の村役場宿直室など。 ひ と 林芙美子(三二) 林キ ク(六七) 島 崎 こま子(四二) 加 賀 四 郎(二三) 土 沢 時 男(二二) 三 木孝(三四) ピアニスト(年齢不詳) 年齢は、いずれも、劇が始まったときのものである。また、俳優は自分の扮する人物の年齢に忠実である必要は、ほとんどない。 第一幕 まもなく開幕というころ、黒っぽい衣裳のピアニストがあらわれて、悪魔のささやきに似せたように甘く、静かに序曲(「ハレルヤ」)を弾きだし、それに誘われて、場内が闇の底に沈みこむ。と……、 一 ドン! 「ドン!」の短い前奏。 できるだけすばやく明るくなり、六人の俳優が登場、そして歌う。 1、(とき、ところ) ドン はるかかなたどこかで ドン かすかに地鳴りがする ドン あれは大砲のおと ドン 火薬の匂いもする ときは昭和の十年の秋 ドン ある晴れた日 ところは東京 西の外れの ドン 下落合 ドン どんな物語なのか ドン 見てのおたのしみ 2、(ひと――自己紹介) ピッ いつのまにか近くで ピッ 笛を吹くひとがいるよ ピッ あれは祭りの笛か ピッ いくさの合図なのか (芙美子)笛の音など気にもとめない ピッ 林芙美子 (キク)笛はとにかくホラなら吹きたい ピッ 芙美子の母 (四郎)笛や太鼓を売り売りあるく ピッ 行商人 (時男)笛のほかにもなんでも商う ピッ 行商人 (こま子)笛におびえてビクビクくらす ピッ 活動家 (三木)笛や太鼓でレコードつくる ピッ プロデューサー ピッ この六人の物語 ピッ みてのおたのしみ 3、(ふたたび1へ) ドン はるかかなたどこかで ドン かすかに地鳴りがする ドン あれは大砲のおと ドン 火薬の匂いもする ときは昭和の十年の秋 ドン ある晴れた日 ところは東京 西の外れの ドン 下落合 ドン どんな物語なのか ドン 見てのおたのしみ 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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