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【冒頭部分掲載】

「美しい魂」

島田雅彦


 運命は時代を変転させるのに、人間たちは自分の態度にこだわり続けるから、双方が合致しているあいだは幸運に恵まれるが、合致しなくなるや、不運になってしまう。私としてはけれどもこう判断しておく。すなわち、慎重であるよりは果敢であるほうがまだ良い。なぜならば、運命は女だから、そして彼女を組み伏せようとするならば、彼女を叩いてでも自分のものにする必要があるから。そして周知のごとく、冷静に行動する者たちよりも、むしろこういう者たちのほうに、彼女は身を任せるから。それゆえ運命はつねに、女に似て、若者たちの友である。なぜならば、彼らに慎重さは欠けるが、それだけ乱暴であるから。そして大胆であればあるほど、彼女を支配できるから。
マキアヴェッリ『君主論』河島英昭訳

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 海辺や湖畔、川のほとりに立つと、君は不意に誰かに見つめられているのを感じることがある。周りを見回しても、誰もいない。君はその眼差しに不安を感じたことはない。むしろ、自分を密かに見守る優しい眼差しとして受けとめていた。
 ああ、父(ダダ)が見ているな、と君は思う。君は目を凝らし、水面を見つめる。水面は父(ダダ)の姿を映し出してはくれない。けれども、海や湖や川の底には父(ダダ)が見た夢が沈んでいて、絶えず海藻のように揺れている。その揺れる夢の尻尾でも手繰り寄せることができれば、今現在の父(ダダ)に辿り着くと、君は信じることにした。
 行方知らずになって久しい父(ダダ)を探し出そうとした君の気紛れから、全ては始まった。もし、その気紛れを起こさなければ、君の記憶に宿る父(ダダ)さえも死んでしまう気がしたから。
 母(マム)はある時、君にこういった。
――理由もなく死んでしまった者は自分が死んだとは思っていない。だから、幽霊になって姿を現す。でも、まだカヲルさんの幽霊は見たことがないから、きっと何処かで地上の空気を吸っている。
 もし、父(ダダ)が生きているのなら、本人を母(マム)のもとに連れて帰らなければならないし、すでに死んでしまったのなら、幽霊になった父(ダダ)とその骨を持ち帰らなければならない。
 旅の途上で君は知ってしまった。
 父(ダダ)は母(マム)とは別の女性を愛していたことを。しかも、その女性は今、神話の時代から続く一族の妃となっていることを。

続きは本誌にてお楽しみ下さい。