「うつくしい人生」 堂垣園江
この数日、夢の中で凍えている。東京は猛暑の夏がやっと終わり、ラフォーレ原宿の背景にどきんとするほど澄んだ秋晴れの空を見つける日もあったが、息が白く濁る冷たい朝はまだない。それでも、夢の中だけが氷点下にまで下がるのだ。凍るという強い印象が脳の中で寒さをでっち上げ、体感温度を変えてしまうのかもしれない。夢は一晩のうちに何度も見ることがあった。内容はほとんど覚えていないが、寝汗をかいた皮膚の下に、痺れるような冷たい感覚が残っている。唇が破れ、鼻水が凍って詰まり、息を吸い込むと肺の奥が痛くなる。きしむような音を立てて、急速に指先から霜がはっていく。吹雪の山で、猟師が雪女と遭遇した時のように。甲板に釣りあげられたマグロが急速冷凍されるように。 目が覚めると慎は両手をかざして指を動かし、凍っていない自分を確かめた。息を吹きかけ、思い出せない夢の世界を想像する。 慎はだだっ広い冷凍庫の中にいる。薄暗くて、冷たい空気が肌に痛いほど硬くて、天井まで届く背の高い棚が音を立ててきしんでいても、寒さで感覚が麻痺しているから収納されている物にまで気が回らない。白熱灯の侘しい灯りの下で、防寒服姿の男が霜のはったスチール製の机に向かって書類整理に追われている。男は倉庫の番人だ。慎に気付くと顔も上げずに手を突き出し、書類を出せと指を動かす。いつの間にか慎は、黒字で十七と書かれた紙を握っていた。男はひったくるように書類を取り上げ、「黒の十七番」と声を張り上げる。芝居じみた動作で立ち上がり、棚の方へと歩いていく。恐る恐る後をついて行くと、足首に番号札をつけられた素っ裸の死体が気をつけの姿勢で棚に並べられているのが分かった。黒字が男で、赤字が女だ。十七の番号札がついた死体が、慎の受け取る死体だろう。番人は懐からカマを取り出し、勢いよく十七番の死体に突き刺す。力任せに引っ張り出し、満足そうにペタペタ叩く。死体はカマで胸をえぐられても、凍っているから血が流れない。灰色に変色した身体には一面に刺青がある。コウジ? 冷凍死体の顔は生身の顔とどこか違う。 「二時間後になります」 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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