セルロイド 川上弘美
「この前は、裸じゃなかったよね?」と言うと、タケオは浅く頷いた。 「いつの間に、服脱がせたの」そう聞いてから、聞き方が妙だったことに気づいた。 裸じゃなかった、というのは、先日タケオがわたしの部屋に来たときにしたスケッチのことである。ゴヤの、「着衣のマハ」のポーズ――といっても、むろん意識してポーズをとったのではなく、たんに食後だらだらしていたときの姿勢なのだけれど――のわたしを、タケオは素早くスケッチしたのだ。スケッチの線は、思いがけず端正だった。絵、うまいね。わたしが感心して言うと、タケオは少しばかり複雑な顔をしながら、それでもわたしの言うがままに、丸山氏の大家の犬やマサヨさんのつくる人形をさっと素描してくれたのである。 そのときの「着衣のマハ」が、いつの間にか「裸のマハ」になって、あろうことか店の額縁の中に入っていた。 いつの間にか服を脱がせた、という言い方は妙である。絵の中のわたしの服を脱ぎ着させることはできない。 「いつから、裸になったの」わたしは言いなおした。これもちょっとへんだったが、タケオが上目づかいで見るのにいらいらして、正しい言い方を思いつかない。 タケオは黙っていた。 「ねえ、こういうのって、なんか、感じ悪い」 タケオはいったん口を開いたが、すぐにまた閉じた。「着衣のマハ」のわたしは、わたしに似ていたが、「裸のマハ」の方は、似ているどころでなく、わたしそのものだった。ふとももの質感や乳首の離れかた、膝から下はけっこう長いのに、あしのつけねから膝までがせせこましく短いという特徴まで、ぞっとするほど正確に、わたしを写しとっていた。 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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