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【冒頭部分掲載】

白バラ四姉妹殺人事件

鹿島田真希


 
 そうなの、という女医の返事は、そうでしたか、という感心を示しているのか、本当にそうなのですか、という疑いを示しているのか、やや曖昧ではあったが、そんなことは婦人にはどうでもいいことなのだった。婦人はとにかく自分の話を聞いてくれる、この数少ない人物に、人の良さそうな笑みを見せて、この婦人科で出している東洋の健康茶の入った紙コップを手に、焼きガラスのような熱さを感じながら、しかしそのことを知られないように取りつくろい、代わる代わる持ち手を取り替えていた。
 ――そうなんです。洗濯物を入れたかごを覗くと、娘の、もう二十代の後半にもなろうかっていう娘なんですけど、赤く湿ったパンツが、それはもともとブルーやベージュだったのに、紛れ込んでいて、まずそれと、汚れていない、そりゃ洗濯物ですから汚れているんですけどそのパンツほどではないですから、それに分けるんです。
 ――あらあら。
 ――それで、娘のパンツは洗面器に湯を入れて、そこに浸けるんです。それから漂白剤を入れるといいみたい。ただの洗剤ではなくてね。するとパンツはきれいに元通りにはなるんですけど、洗面器の湯はなんともいえない色になるんです。それになんか臭うみたい。赤茶色で、温かくて、おいしいですね。
 ――好きなだけお代わりして頂戴。
 婦人が健康茶をお代わりする。
 健康茶っていうけど、本当に効能があるのだろうか。婦人は考える。待合室に貼ってある手書きのポスターには、美肌効果とか抗リウマチ効果とかリラックス効果とかいろいろ紙からはみでるぐらい書いてあって、ついでにミニーマウスとその口から出ている吹き出しが、おいしいよっていってる絵も描いてあるけど、ネズミはリウマチにはならないし、健康茶も飲まないから変な感じだ。味は緑茶でもなく、烏龍茶でもなく、変わった匂いのほうじ茶みたいだ。この健康茶はタダってことが売りで、無料です、という言葉にはエクスクラメーションマークが二つもついてるけど、この婦人科が金儲け主義なのは近所でも有名。このクリニック、更年期障害が専門だけあって、ゼリービーンズみたいなきれいな色のホルモン剤をいろいろと飲むようにいわれて、おまけに精神安定剤までくれて、保険もきかないからやたらとお金がかかる。でもこの先生、話はよく聞いてくれるようだ。隣りに住んでいる足の長い若い女の子が嫌で、挨拶されてもこそこそと逃げてしまうのも、ぷりぷりとしたお尻の男の人の写真が載っている、ゲイの専門誌を子供に隠れて熱中して読んで、後になってそんな自分に嫌気がさして、胸のあたりがむかむかしてしまうのも、更年期とか情緒不安定とかのせいにしてこの人に話すと、うんうんと頷いて聞いてくれる。この人には私の言っていることがわかるみたいだ。子供には、要するにママはなにが言いたいの? とか、今日は冷静じゃないからマティーニでも飲んで寝たほうがいいとか言われるけど。なんだかこの先生は死んだ夫みたいだ。あの人もよく私の話を聞いてくれた。私の話を遮ることなんて絶対になくて、私が話し終えるまで頷いて聞いてくれた。結論を急いだり、愚痴を禁止したりはしなかった。私の子供は二人ともなんだかきつい性格みたいだ。私も夫もきつくないのに。私が怒り出すと、娘が、「ママは怒るとまるで心の病気の人みたい。普通の怒りかたと違う気がするわ」なんていう。心の病気って言葉が出てくると私は怖くなる。嫌われてしまうと思って。だから「平気よ。ママはあの日なの。怒って悪かったわ」っていう。自分が生理でもパンツを洗わない娘に対して。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。