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【冒頭部分掲載】

朝子さんの箱

長嶋 有


 無地屋のメールアドレスは長い。muji-ya-yorozu-soroimasu。アットマークまでに二十四字もある。muji-yaだけで申請すればよかったと思うのだが、それでは目立たないと店長はいう。
「電話で苦情がきましたよ」何度うち直して送っても宛先不明の返信がくるって。
「駄衛門から?」店長の言い方には、どこかちょんまげの感じがあった。メールアドレスをうち間違えると宛先不明を知らせる返信があるのだが、その返信元の差出人名の欄には必ず「MAILER-DAEMON」と書かれている。そんなはずないのだが僕も少し、ちょんまげを想像してしまう。
「でも、苦情ってその一件だけでしょう」名刺を配ったとき、長いアドレスはウケがいいのだと店長はメリットを主張した。僕も店長も店の奥にかがんで、段ボール箱から皿を出していた。皿はすべて新聞紙にくるまれている。
「長い名前の方が、やっきになって覚えたがるものさ」といって店長は手をとめ、寿限無を暗唱して見せた。
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末……」店長はおしまいまでいわないと気がすまないという顔をしている。

続きは本誌にてお楽しみ下さい。