最後に残るのはただの言葉 編集長・矢野優
「新潮」8月号 特別定価950円 7月7日発売 ◎6月10日、倉橋由美子氏が亡くなられた。その一週間ほど前、手紙をお送りしたら、お電話をいただいた。その手紙は近況伺いにかこつけて、以前より約束していた長篇小説の現況を尋ねる、いかにも編集者的な浅ましいものだったが、倉橋氏は新作に賭ける意欲を語られた。柔らかな響きの中に鋼線を秘めているような強い声だった。 「生きていた肉体が年月を経て白い骸骨になるように、最後に残るのはただの言葉」。これは川端茅舎の句をめぐる氏の随筆からの言葉◎以前より、ノンフィクション作品を掲載したいと思っていた。虚構と事実の狭間に広がる領域を事実の光源により発見するような作品を。沢木耕太郎氏の「百の谷、雪の嶺」(430枚)は、人間の限界を試す極限の登山にとり憑かれた日本人夫妻を追う。ヒマラヤの高峰の頂上まで後わずか。登ることはできるが、生きて下山できる可能性は極めて低い。そのとき、壮絶なドラマが始まる。 |