シシリエンヌ〈前篇〉 嶽本野ばら
貴方の丁寧に塗られた左の薬指の爪先、血の色をしたネイルが、試すよ……に、僕の唇の輪郭をゆうるりと、なぞらえてゆくのです。 我慢し切れず、顔を上げ、貴方の指をこの口に銜えこもうとするのですが、嗚呼、貴方は微笑みを浮かべつつも、それをさせてはくれず、黒いワンピースを着たまま、代わりに小さな胸を僕の腹部に押し当てます。僕の心臓の鼓動はどんどんと早くなり、己の身体全体が暴発寸前のペニスと化してしまったような錯覚に襲われる。髪の毛の一本一本までもが貪欲に官能を欲しているみたいだ。――そんな僕の上で主導権を握る貴方は、やがて僕の顔をその大きな黒目がちの眼で凝視し、毒々しい程の少し安っぽいグロスの利いた、ネイルと揃えた真っ赤なルージュを纏った口を微かに開きます。僕はもう既に自分の欲望を貴方に全て悟られていることを知りながらも、貴方の瞳に自分が映っていることを確認すると、つい、顔を背けてしまう。 「こちらを観てはくれないの?」 頬に貴方は唇に当てたのと反対の右の手を遣り、僕の顔を正面に向けようとします。 「恥ずかしいの?」 眼を伏して、小さく頷いてみせると、貴方はコケティッシュな高い声を急に低くして、少しだけ乱暴な口調になります。 「どうして恥ずかしいのか、ちゃんと私の眼を観ながら、いってみて」 貴方の薬指は僕の唇から瞼へと愛撫を移行させます。「長い、睫毛ね。可愛いわ」。右手で僕の髪の毛を掴み、顔が動かぬように固定します。瞼に吐息を感じた刹那、貴方は舌の先で睫毛を軽く舐めます。僕は電気ショックでも受けたかの如くに、硬直した身体を痙攣させる。眼をゆっくりと開くと、貴方は満足気な、しかし残忍な悦びの表情を浮かべ、上唇と下唇の間から透明の唾を一滴、つうっと僕の口に垂らします。甘い、しかし野蛮な香りと味のする液体を、僕は残さぬように舌で掻き集めます。もう、羞恥心など、どうでもいい。僕は唇に唇を併せ、舌に舌を絡ませ、貴方の肌を貪りたい。貴方の華奢な肉体の隅々に顔を押し当て、その懐かしくも、卑猥な匂いを嗅ぎたい。ヴァギナを舐め廻し、その中にペニスを挿入し、貴方の子宮が壊れるくらいに乱暴に、腰を動かしたい。貴方の中で、貴方に拠って、果てたい。 堪え切れず、貴方の手を振りほどき、背中に両手を廻し、強引に抱き締めると、貴方は抗わず、仰臥した僕の上に倒れ込みます。小さな吐息を漏らしながら。でも貴方は決して全権を僕に委ねてはくれないのです。きつく抱擁されつつも、貴方は上手にワンピースの裾を捲り、ズボンもボクサーブリーフも穿いたままの僕の股間に、自分の生の太股を押し当てます。僕は腰を上下させ、熱くなった自分のペニスを摩擦させずにはいられない。苦悶の表情を浮かべながらも、快楽に支配された僕の姿はきっと、とても滑稽だろう。でも僕は更なる深き肉欲に溺れたい。僕は貴方の首を片手で掴み、もう片方の手で、自分のズボンのジッパーを下ろし、下半身を顕にします。ペニスを直接、貴方の鼠蹊部に密着させると、貴方は僕の耳許に囁きかけます。 「嫌らしいコ。一人で勝手に脱いで。大きくなったものを、私に擦り付けて。――これを、どうするつもりなのかしら」 問いつつも、貴方は自由が利くようになった左腕で僕の喉を軽く絞め、右手でペニスにそっと触れます。 「どうするつもり」 再度の質問。ペニスに指を這わされた僕は思わず歓喜の声を上げながらも、応えます。「貴方の、膣に、差し込みたい……」と。 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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