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小島信夫
「残光」
編集長・矢野優
「新潮」2月号
特別定価950円
1月7日発売



 十数年前、キューバに赴いて音楽を聴いてまわったことがある。村上龍氏が現地の豊穣なポピュラー音楽を紹介する本のための取材旅行だったが、バンド・メンバーの年齢的な幅広さが印象的だった。時には十数名に及ぶ精鋭ミュージシャン達が強烈で複雑なメロディーとビートを繰り出すとき、演奏全体の原点をなすクラベス(拍子木のような打楽器)を受け持つのが老匠であることは決して珍しくなかった。
 デビュー間もない新人作家から大ベテランまでが創作を競い合う文芸誌を編集しながら、私はしばしキューバのバンドを思い出す。


 先の1月号では「新しい作家の飛躍」と題して、新鋭作家3人(鹿島田真希、島本理生、舞城王太郎)の作品を掲載した。だが、「新しい」という形容詞を「作家」だけに掛けたつもりはない。「新しい飛躍」こそが問題なのだ。
 今月号では、小島信夫氏の長篇小説「残光」(400枚)を一挙掲載する。
 現在90歳の小島信夫氏が小誌に初登場したのは、昭和27年12月号掲載の短篇「小銃」(全国同人雑誌推薦小説特集)。不勉強にして未読だったためその短篇を古い誌面で読み、わずか7頁に凝縮された思考と感覚の密度に圧倒された。それから、約半世紀後の今、私は「残光」に圧倒されている。
 記憶を失った妻を介護施設に入れ、自らの心身の切実な衰えを淡々と受け止めながら、老作家は驚嘆すべき執拗さで「小説」を思考し続け、傍らにいない妻を思い、〈今〉を描く。過去を思い出すことは紛れもなない〈今〉であり、散歩をしながら不意のめまいに路上に崩れ落ちることも〈今〉であり、東京の書店イベントで保坂和志氏と対話することも〈今〉であり、その対話に触発され、自らの文学的軌跡(そこには「小銃」も含まれる)を問い直すことも〈今〉であり、すべてが集積された「残光」は生々しい文学の脈動【ビート】を刻んでいる。


 だからこそ、この号には若手の力作もあわせて掲載したかった。『四十日と四十夜のメルヘン』で野間文芸新人賞を受賞したばかりの青木淳悟氏の「いい子は家で」(120枚)。中原昌也氏の新境地『点滅……』(100枚)等。
 これらの作品のみならず、本号に犇くさまざまな創作がキューバのバンドのように響き合えば嬉しい。