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新しい言葉の誕生
「新潮」9月号
定価900円
8月7日発売



 本稿を書いている今(七月中旬)、新潮新人賞の予備選考作業が佳境を迎えている。この機会に小誌新人賞の運営を「情報公開」しよう。
 今年三月末の締切までに集まった応募作品は一九六一篇。編集部によるプレ選考で約一一○○篇に絞り、信頼のおける外部の一次選考委員八名に読んでいただく(個人情報保護法に従い、各委員と機密保持契約を結ぶ)。評価はA=受賞の可能性がある、B=二次選考での再検討に足る、C=再検討の必要なし、の三段階。一次選考委員は三段階評価のみならず、全作品について個別の評価メモを記す。この過程で百数十篇にまで絞り込まれた作品を、各篇につき二名の編集部員が読むのが二次選考。今現在は、残った二十数篇を四人の編集部員全員で精読する三次選考の最中だ。そして七月下旬には最終候補作(昨年は小説部門五篇、評論部門三篇)を決定し、候補者の方々に連絡をとり、五名の選考委員に原稿コピーを送り届ける。選考会は例年九月上旬。
 ある伝説の名編集者は新人の小説を読む前に、庭の井戸で水をかぶったという。私の家には井戸などないが(庭もない)、その気持ちは分かる気がする。自分の価値観で読むしかないが、その価値観では捉えきれないものをこそ見逃してはならない。すべての応募作がオリジナルだが、真のオリジナリティを持った作品はもしかしたら一篇もないかもしれない。執筆し応募する側にとっても、読み選択する側にとっても、「効率」という概念ほど無縁のものはない。ただ一人の才能の登場を祈っている。               
「寒い! 寒い! おおさむーい! 痛い! 痛い! 嗚呼いたーい!」
 この書き出しを読み、私は打ちのめされた。今も書き写しているだけで鳥肌が立ってくる。御年八六歳の島尾ミホ氏が十七年ぶりに執筆した短篇小説「御跡慕いて――嵐の海へ――」を本号に掲載する。島尾敏雄と島尾ミホ。奄美諸島のひとつ、加計呂麻島で出会った日本文学史上の伝説的カップルについて説明は不要だろう。終戦の混乱で離れ離れになった島尾隊長の「御跡」を追い、ミホは特攻戦用ボートに乗って、嵐の海に漕ぎ出した。その荒れ狂う南洋の「萬本の銀の針で全身を突かれるが如くに肌を刺す寒気」を描く言葉に触れると、今ここで日本語が新しく誕生し直しているような気さえする。
(編集長・矢野 優)