犬は喜び、公園を駆けまわった
一月六日
新年早々の大騒動である。フロッピーを失くしたので
ある。それはここ数年間、単発もので書いたエッセイが
みっちり五百枚分くらいは詰まっている、というフロッ
ピーであった。発狂寸前。どうすりゃいいのよオッ、と
泣き叫びながらも、フロッピーと同時に仕事に対するヤ
ル気も失くなったので半ば破れかぶれで近所に飲みにい
ってしまう。
一月七日
角川書店の担当編集者ヒデちゃんが、来月文庫になる
本のゲラを受け取りに我が家を訪れる。格闘技好きで自
らも極真空手を習っている彼は、天然の筋肉ブトンで充
分というわけなのか、この寒空にTシャツとカーディガ
ン、薄いコート一枚という軽装である。
「ねえッ、寒くないワケッ?」
部屋の中にいるというのにスウエットシャツとセータ
ーの重ね着をしていた私は、フロッピーの件で全体的に
不機嫌であったせいもあり、なぜかそこはかとない怒り
を感じながら言った。だが「うううん、ゼンゼン。なん
でそんな厚着してんの?」という返事を聞いて黙った。
とっとと風邪を引け。
近所のレストランで夕食。苦しいほどの満腹感をおぼ
えていた我々は「何か腹ごなしになるようなことをやら
ねば」と話しあった結果、その後ゲームセンターへ直行。
ハイパーホッケーとシューティングゲームで小一時間を
費す。
一月八日
降る降るとは言われていたがやはり降った。しかも近
年稀、というくらいの大雪である。犬の散歩はパス。
エッセイ集の担当編集者と連絡がつき、失くなってし
まったフロッピーのコピーが存在することが判明してい
たが、雪を見た瞬間、私の胸にイヤーな予感が走った。
去年、やはり雪の降った日に起こった出来事を思い出し
たのである。
築十年、と決して新しくはない建物なので、私の住ん
でいるマンションでは特にエアコン関係はかなり旧式の
ものが使用されている。雪が降るほど寒い日になると、
ベランダに設置されたエアコンの室外機が負荷の許容量
を越える、とかなんとかいう理由で、すぐにブレーカー
があがるのである。
去年の降雪日、バックアップしていない原稿を書いて
いる最中にその災難に見舞われた私は、そのときもやは
り発狂寸前の状態になったのであった。ワープロに関連
することでは最近ツイていない、ということを自覚して
いたので、ワープロの使用は一日自粛する。夜半、やは
りブレーカーがあがった。
一月九日
講談社のタマちゃんが『小説現代』二月号の再々校正
の受け取りのため、雪の中わざわざ来てくれた。なんで
も雪の影響でバイク便が使えないらしい。
うちのマンションのすぐ隣りにあるファミリーレスト
ランで昼食をご一緒する。その途中タマちゃんが「子ど
もの受験の年は必ず大雪が降る」というようなことを話
された。今年は下のご子息の大学受験の年にあたるのだ
そうだ。それを聞いて、自分自身も高校、大学両方とも
受験の年は大雪だったということを私は思い出した。と
いうことは、上のお嬢さんのほうは私と三つ違いなのか
な、とふと考えた私は「お嬢さんはもしや昭和四十六年
生まれでは?」とタマちゃんに訊いてみた。
タマちゃんは一瞬きょとんとした顔をしてから首を横
に振る。
「まだ大学生だもん。だからサギサワさんとは……、九
つ違いなんじゃないかな」
「あっ、えろうすんまへん」
瞬間的にあやまっていた。自分のことを不当に若いと
思いこむこの癖は一刻も早く直すべきだと、いつも考え
ることをふたたび考えさせられる。
一月十二日
松竹本社にて映画の試写を見る。同行した角川書店の
格闘技好き編集者ヒデちゃんと銀座で天麩羅。またもや
「腹ごなしが必要」という話になって、またもやゲーム
センターへ行く。しかも場所は銀座。
UFOキャッチャーのガラスケースの中に「ピカチュ
ウ」のぬいぐるみを発見し、やにわに燃える。三歳にな
るヒデちゃんジュニアが大のポケモン好き、ということ
を知っていたのだ。しかもUFOキャッチャーは得意中
の得意。
「ぜえったいに取ってやるからなっ」
別に誰からも頼まれちゃいないのだが勝手に使命感に
燃えていた私は、その後二十分間くらいUFOキャッチ
ャーにへばりついていた。だがピカチュウは見た目より
重く、結果は惨敗。知らぬ間に二千円使っていた。買っ
たほうがナンボか安いっちゅうねん。しかし私も三十に
なろうというのに、UFOキャッチャーに二千円つぎこ
んでる場合じゃないと思う。しかも銀座のゲーセンで。
一月十四日
『フィガロ』のインタビューを受け、その足で渋谷に向
かう。来週末、最高位戦リーグ主催の麻雀大会があり、
その調整戦が渋谷の雀荘において行われていたのである。
毎度のことではあるが麻雀の大会には本職に対する以上
の熱意を燃やす私が、調整戦に顔を出さないわけはなか
った。
二ラスを引いたあたりから止めるに止められなくなり、
結果午前五時まで打ち続ける。くたびれ果てて表に出る
と、町はふたたび真っ白な雪に覆われていた。
一月十五日
BSの番組収録のためNHKへ。このドカ雪では道中
何が起こるか判らん、と思い、一時間以上早くに家を出
たが、休日のためか交通にはさほどの混乱はなく、かな
り早い時間に到着した。町中では振り袖姿の若い女性を
予想以上に多く見かけ、一生に一度の成人の日にこの雪
では気の毒だな、と一瞬思うが、本人たちは「これもい
い思い出になる」くらいにしか思っていないのかも知れ
ない。気の毒なのは親御さんだ、と考え直す。
仕事を終えてタクシーで帰る途中、雪だというのに犬
の散歩をしている人の姿がたくさん見られた。しかも犬
たちはみな異常に楽しそうにはしゃいでいる。よし、帰
ったら私も散歩に行こう、と決意する。
雪の日に犬を外に出すのははじめてである。やはりう
ちの犬も異常にはしゃいだ。「犬は喜び庭駆けまわり」
というのはホントだったのだ、と大発見したような気分
になる。何がそんなに楽しいのか、その前に足は冷たく
ないのか、喜んでいるのはオマエたちだけだ、などとい
ろいろ話しかけるが返事はない。あたり前だ。
帰り道に寄った公園で、地面を覆ったほとんどまっさ
らな状態の雪を見て、ある衝動を抑えきれなくなった。
喜び駆けまわっている犬はほったらかしにして、私はに
わかに雪面に膝をつき、雪玉を転がしはじめた。
雪だるまを自力で完成させたのは、生まれてはじめて
の経験だった。
一月十六日
スッキリと晴れる。
溜まった洗濯物を洗濯機に放りこんで、大急ぎで洗濯
を終わらせ、犬の散歩に出かける。昨日生まれたばかり
の我が子の状態を見るため、散歩の帰りにまた公園に寄
った。多少シェイプダウンはしていたが、雪だるまは滑
り台のかげで直立不動の構えを見せていた。なんだかち
ょっと嬉しい。
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