イギリス通信
二月三日 ロンドンのロイヤルアカデミーオブアート
へモネ展を観に行く。今世紀に入ってからの、六十歳以
降の作品を集めたもの。テムズ川、ヴェニス、そして睡
蓮。すべて油彩。大きさも形も様々。パネルもある。
それほど遠くもないのでパリへでも出かけ、オランジ
ュリー美術館でモネの絵の中にいたいと思っていたら、
ボストンから睡蓮がやって来た。日本同様、イギリスで
もフランス近代絵画は高く評価されている。大変な人出。
ロイヤルアカデミーオブアートはピカデリーサーカス
から歩いてすぐ。正門両脇に濃紫に白くMONETと染
め抜いた旗が何枚も掲げられている。歌舞伎座の幟のよ
う。
門を抜け、正面入口への道を真っ直ぐ歩こうとすると、
背広姿の立派な男が中程に立っていて、慇懃な態度で
「アーユーアメンバー?」と訊く。「ノー」というと、
じゃああっちから入れと横の入口を指さす、のだが今日
は門を入ったところがすぐチケット売場になっていて、
どの客も正面口から入れた。
小ぢんまりしたカフェでお茶を飲んだ後、美術館を出、
曇り空の下をナショナルギャラリーへ。用のあるのは大
抵いつも同じ部屋、コンスタブル、ゲインズボロー、タ
ーナーの三十四番、レンブラントの十四番(ここへ移っ
てまだ間もない、壁が全面紅い)、そして印象派の二、
三の部屋。
五時に外へ出ると、すっかり暗くなっている。雨が降
ったらしい。小止みになったところを、ネルソンの聳え
る像を見上げながらバス停へ。外灯の下を行く数知れな
い黒いオースティンが霊柩車に見える。そういえば午頃、
来る道イーストエンドで派手な葬列に出くわした。磨き
上げられた二頭の黒馬がギャロップしながら花で埋まっ
た柩の車を引いていた。後に黒の車が数台、身分のある
人が死んだのだろう。
冬のロンドンは夏に較べれば観光客も減る。ギャラリ
ーの中も人が少ない。今年に入ってトラファルガースク
エアを眺めるのは三度目。去年十二月に来てクリスマス
ツリーを見た。確か雨の日で、三時過ぎにはもう暗かっ
た。
イギリスにいて懐しくなるのは日本画だ。浮世絵はわ
りによく見られる。この前もナショナルギャラリーの“
鏡”をテーマにした企画展で歌麿を一枚観た。
イプスウィッチの主にプリントを扱った店のセールに、
北斎の「神奈川沖浪裏」が出た。三倍ほど拡大されたサ
イズで額装が施され、ショウウィンドウの一番高いとこ
ろに飾ってあった。偶然見つけた時欲しいと思ったが、
二、三日経って行ったらもう売れていた。
モネ展会場を出る時、階段前壁の今年の展示予定の中
にボイスの名が見えた。去年、テートギャラリーで短期
展示の作品を数十点観たばかりだ。ターナー目当てで行
ったら、この時はブランクーシも数点出ていた。
理由もなく時折思い出すのは、日本を発つ直前、竹橋
で観たキーファーの「革命の女たち」だ。面白いので二
度観に行った。ボイスの弟子といわれる人の中ではある
意味でとても興味深い。彫刻は空間の仕事である。キー
ファーの本質は時間の方に属しているのではないか。彼
はそれを悲劇と思っていないらしい。むしろ楽しんでい
るように見える。他の弟子たちより師に近い位置にいる
ように感じる時もある。
ロンドンでキーファーを観たことは私はまだない。
二月五日 リス用のピーナツを持ってクライストチャ
ーチパークへ。公園内の旧領主館は内部大掃除のため半
年間の休館。イースターを過ぎないと開かない。
リスのために苗木屋で買ったピーナツを、雀たちにも
とフラットの窓辺に撒いたら、公園のブルーティットや
ロビンが時々姿を見せるようになった。ブルーティット
はとても早起きさんで朝暗いうちからやって来る。動き
が敏捷でシルエットでもそれとわかる。他に来るのはあ
ずき色で首に黒いラインの入ったカラードダブ。
公園を散歩している時、一度ミソサザイの囀っている
ところを見かけた。七センチあるかないかの小さい体で、
驚くほど大きく、旋律を奏でるように啼く。褐色の目立
たない小鳥だが、ヨーロッパ各語で“鳥の王”を意味す
る名を与えられている。
昔、降誕祭に近いある聖人の日に毎年この鳥は殺され、
飾りのついた枝に吊されて人家の戸口を回り、寄附と引
き換えに羽根を抜かれ配られた。この日に殺したミソサ
ザイの羽根は魔除けになった。ケルトの旧習だ。
春を感じるのは小鳥の囀りを聴く時、黄色いクロッカ
スを芝生にみつけた時。梅も早い木はもう五分咲きであ
る。
二月七日 タウンセンターの書店で買った『桜の園』
を読む。
去年ペーパーバックオリジナルで出版されたばかり、
日本の文庫本より小さいサイズだ。百冊シリーズの一冊。
チェーホフの四つの戯曲はどれも出ているらしいが、書
店の棚にはこの一冊だけがあった。
訳文が簡潔で気に入った。翻訳によってずいぶん印象
が違うものだと思う。一ト月前同じ書店で買った戯曲集
(四つの戯曲と批評から成る厚い本)は男の台詞は自然
で元気があっていいが、女の台詞が堅過ぎると思った。
それでもう手元にないので、新しいのを探しに行った。
チェーホフが選んだ言葉というのはどこまで簡潔なも
のか、訳文をいくら読み較べてもわからない。簡潔なら
ばいい、というわけでもない。
一月末、ベリーセントエドモンズのシアターロイヤル
にその『桜の園』を観に行った。おととし『かもめ』を、
去年『オセロ』を観てこれが三回目。
正面から見ると至って簡素な建物だが、設計はナショ
ナルギャラリーやノーリッチのレジメンタルミュージア
ムと同じウィリアム・ウィルキンス。彼はこの劇場の経
営者でもあった。後年人手に渡す羽目となり、失意のう
ちに世を去った。新しい主の指揮下で再開場したのが二
年後。――ここまで書いてここがイギリスなら、後どん
な話が続くか見当がつきそうだ。ウィルキンスの幽霊が
度々劇場に現れたそうである。
私が好きなのはこの劇場の天井画だ。青空に白い雲が
浮かんでいるだけ。天使も花も飛んでいない。
客は年配者が多い。
『オセロ』も『桜の園』も劇場付きの劇団と演出家によ
る上演。『オセロ』は布団が面白かった。『桜姫』の権
助殺しの場を思い出した。
『桜の園』もよく役者たちが正座して台詞をいい合って
いる。役者の視点の高さに変化を与えるための演出なの
だろうか。
この冬は暖かく、気温は日中の最高が十度前後の日が
続いていたが、その日に限り五度か六度しかなかった。
こちらの体調が悪かったため、一幕だけで席を立った。
写真を撮れという編集部のため、小雨の降る中、寺院廃
墟にレンズを向けたりしているうち、熱が出て来たのか
も知れない。最近いつも微かに熱っぽい。風邪ではない。
小一時間バスに揺られて、閉店間際のベーカリーでパ
ンを買い、フラットへ戻った。
ロンドンシアターガイドはよく見ている方だが、去年
チェーホフはなかった。年末、バービカンにイェーツの
短いものが一つかかったが観逃した。ワイルドの『アイ
ディアルハズバンド』は一昨年秋から劇場を数箇所替わ
り、少し間を置いて延々と続いている。ずっと同じ演じ
手なのか。私が観たのは九七年十月二日、ヘイマーケッ
トの公演(一○二年前の初演劇場)、始まって間もない
頃だ。寄席のような雰囲気だった。
二月九日 フラットから通りを一つ隔てたカーペット
店がパブになってから、週末とそうでない日を問わず最
低週三日、夜十一時まで大きく音楽を流している。熟睡
している者が目覚めるほどの音響。数度夜九時頃横を通
り過ぎたことがあるが、若者向けの流行っている店だ。
もう半年ほどになる。周辺から何かいう人はいないらし
い。もっとも近くには私の住むフラットの他、二、三の
パブと雑貨商の二階に人が寝起きしているばかりで住宅
もない。
イギリス人はこういう時あまり苦情をいわないと聞い
たことがある。我慢して黙っているか、どうしても嫌な
ら出て行くそうだ。
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