立ち読み:新潮 2024年9月号

女の子と女たちの生きかた/エピローグ フォトグラファー/アリス・マンロー 訳・小竹由美子

女の子と女たちの生きかた

 大通り沿いの雪の壁が高くなりすぎて、一か所など通りと歩道のあいだにアーチ型に穴が穿たれた、郵便局の前だ。これは写真に撮られてジュビリー・ヘラルド=アドヴァンス紙に掲載された、切り抜いて、こんなとんでもない気候ではない、イギリスやオーストラリアやトロントに住んでいる親戚や知人に送れるように。郵便局の赤レンガの時計塔が雪の上に突き出していて、アーチ型の出入り口の前には二人の女性が立ち、トリック写真ではないことを示している。この女性たちは二人とも郵便局で働いていて、コートを、ボタンは留めずに羽織っていた。一人はファーン・ドウアティ、わたしの母の下宿人だった。
 母はファーンが写っているからというのでこの写真を切り抜き、取っておいてわたしの子どもたちに見せなさいと言った。
「子どもたちはきっとこんなもの見たこともないだろうからね」と母は言うのだった。「そのころには、雪はぜんぶ機械に吸い込まれて――消散されるようになってるから。それか、みんな透明のドームのなかで暮らしてて、温度は管理されていて。きっと季節なんてもうなくなってるだろうね」
 こうしたとんでもない未来像を母はいったいどこで拾ってきたのだろう? 母はジュビリーのような町がドームやコンクリート製キノコの群れに変わり、動くスカイウエイで移動するようになることを、田園地帯が舗装された幅広い道路網によって永続的にかっきりと整備されることを期待していた。わたしたちの知る現在の様子とはすっかり様変わりしていることだろう、フライパンも、ヘアピンも、紙の印刷も、万年筆も、残ってはいないだろう、と。母にとってなくなって惜しい物など一つもなかった。
 母がわたしの子どものことを口にしたのにも驚かされた、子どもなんて持つつもりはさらさらなかったからだ。わたしが追い求めていたのは栄光だった、ジュビリーの通りを亡命者かスパイみたいに歩くわたしは、名声がいつどの方角からやってくるのかよくは分からないまま、ぜったいやってくるはずだと骨の髄から確信だけはしていた。この確信は母と分かち合っていたもので、母はわたしの支持者だったのだが、今やわたしはもうそのことについて母と話しあうつもりはなかった、母は考えなしだし、母の期待はあまりに露骨な形をとるからだった。
 ファーン・ドウアティ。新聞の彼女は、両手であだっぽく上等の冬のコートの襟もとを掻き寄せている、その日はたまたま仕事に着てきたのだ。「あたし、スイカ並みに見えちゃうね」と彼女は言った。「あのコート着てると」
 ミスター・チェンバレンは一緒に眺めながら、彼女の腕の、手首線の上をつまんだ。
「頑丈な皮だ、頑丈な古スイカだな」
「意地悪なこと言わないで」とファーンは言った。「ほんとにもう」彼女の声はあんなに大柄にしては小さくて、哀れっぽく、いかにもひどい扱いを受けているかのようだが、しまいには陽気で従順になるのだった。わたしの母が生きていく武器として高めてきた資質――鋭敏さ、抜け目のなさ、決断力、こだわり――の正反対のものがファーンのなかにはあるように思えた、彼女のあの不満たらたらのところとか、気だるげな身のこなし、適当に人に合わせてしまうこととか。彼女の肌は浅黒く、オリーブ色というのではなくくすんだ薄黒い感じで、硬貨ほどの大きさの茶色い染みが幾つもあり、陽光降り注ぐ木の下のまだらになった地面みたいだった。歯は四角くて、白くて、僅かに突き出していて、歯と歯のあいだにはほとんど隙間がなかった。この二つの特徴はどちらもそれだけでは特に魅力的には感じられないのに、なぜか彼女の容貌に悪戯っぽい官能的な雰囲気を与えていた。
 彼女はルビー色のサテンのドレッシングガウンを持っていた、華やかでセクシーな形で、座ると腹と太ももの膨らみがあらわになった。彼女は日曜の朝はこれを着て我が家の食堂に座り、煙草を吸ったりお茶を飲んだりして教会へ行く支度をするまでの時間を過ごした。ガウンの膝のはだけたところから、肌に張り付く淡い色のレーヨン生地が見える――ネグリジェだ。ネグリジェというのはわたしにとっては我慢のならない衣類だった、よれるし、寝ているあいだにずり上がるし、それに脚のあいだがすうすうするからだ。もっと小さかったころ、ナオミと二人で男や女の絵をぎょっとするような嫌らしい性器をくっつけて描いたものだった、女のそれはぼってりしてつんつん尖った毛が生えていて、ヤマアラシの背中みたいだった。ネグリジェを着ているとどうしたってこのひどく不快な部分を意識してしまう、パジャマだと慎み深くちゃんと覆ってくれるのに。同じ日曜の朝食時に、母はゆったりした縞模様のパジャマを着て、色の褪せた赤褐色のキモノを羽織って飾り房のある紐で結わえ、ウールのソックスに靴底を縫い付けたみたいなスリッパを履いていた。

(続きは本誌でお楽しみください。)