立ち読み:新潮 2024年12月号

愛すのぢゃーにぃ/日比野コレコ

 光のもとで逆三角形型のフォーメーションでふぞろいに踊る少女たちのうち、センターの少女にカメラは近づく。そうすると、彼女の右目のまわりでほくろが輪になって踊るのがよく見える。少女がカメラを見初めると、今度はカメラが少しズームアウトする。そしてサビ終わりに少女は、顎を引き、左右の腕をぐんと伸ばして舵をとりつつ、アンバランスな姿勢でウインクをする。
 ああ、ほんとうにそうなのだ、とまつりはまた確信を強めた。つまり、彼女はひとつ眼で左右非対称、あべこべでかたわの身体を持って生まれてきて、それが初めて、この瞬間、ぴたりと完成するような感じがするのだった。ふたつ眼で生まれてきてしまったひとつ眼小僧のような奇妙さが、このグループに属する少女たちにはあった。
 光が消えた液晶画面はまつりの顔のパーツを黒々と映し出した。まつりはソファに体育座りしたまま、自分の顔の凹凸に指先で触れた。
 まつりは、どこか間が抜けた丸くて大きな鼻と目、すこし受け口で、唇はとくべつに分厚い、ふとった牛のような顔をしている。歯を出して笑うことはめったになく、いつも、口のなかになにか秘密めいたものでも隠しているかのように大きな唇を鼻の方にわざわざ持ち上げて笑う。顔の大きな猛獣とキスをし過ぎたあまりに潰れてしまったような欲情的な魅力が自分の顔にはあると思う。そして、このようなかたわの顔に生まれて、自分の顔を潰した犯人を捜さずに、ひたすら消極的に生きるなんて不可能だったと思う。
 このアイドルたちの顔の奇妙な物足りなさは、まつりが自分の顔に強く抱く「不完全かたわ」のイメージととても似ていた。まつりがこのアイドルグループのオーディションに応募したいと思うのも、また締め切りぎりぎりになるまで躊躇っていたのも、同じ理由によるものだった。
 自らを完成させたい、顔の「まちがい」を正したいというごく自然な気持ちと、それに伴う多大な恐れ。たったひと筋の希望と、その光の筋が出ている小さな壁穴を指のはらで閉ざされたときの身の毛がよだつほど深い暗闇。
 まつりはソファに横向きに座っていたところから腰をゆっくりずり落として、ソファに全身を預けて寝ころんだ。
 インターネットで、このアイドルグループのオーディションの応募条件をもういちど確認した。
 応募締め切り時点(二〇二四年九月六日二〇時)において満二十歳までの女性。まつりが二十一歳になる誕生日は九月七日で、そして、今日は九月六日だった。
 このアイドルグループのオーディションの開催が発表されてから、一か月間まつりは応募を迷い続けていた。三年に一度オーディションが開催されると、一万人の応募があつまるなかで、年齢比では高校生がもっとも多く、中学生も多く応募してくるこのオーディションにおいては、まつりの年齢はもっとも不利だったし、その瑕疵をものともせず合格するほど自分の顔が整理整頓されているとは思えなかったからだった。
 しかしまつりがそれに応募して合格するという希望を捨てきれないのもまたこの「整理整頓」という部分によった。このグループには顔にパーツが美しく散乱したメンバーばかりが在籍していて、オーディションでも、眼がきれいな形に大きく、鼻が高くて目立たず、口が綺麗なかたちに閉まる繊細な顔の女のひとは問答無用で落とされるのだともっぱらのうわさだったのである。
 十人ほどが在籍するこのアイドルグループには、鼻の大きすぎる子や鼻の穴が目立ちすぎている子、目がひょうたんのように突飛な形をしている子、そもそも顔があまりに歪で笑うともっと歪すぎたり、笑窪が前例のないほど大きく深すぎたりそれに挟まれた口がそれにぴったりなものを生涯食べることはないであろうほど大きかったりした。それでも、両頬が薔薇色にふっくら肉づいていて、お揃いのデザインの睫毛エクステによって上下の睫毛が濃く繁った彼女らの顔には、ふしぎな統一感があった。少女のだれもが無闇に笑う種の人間ではなかったから、たいていは真顔でそこにいたのに、そのなにか大切なものが欠けたような真顔が、見る人をひどく不安にさせた。歌う曲も、メロディーラインが不安定で、語尾の音がふいっと跳ね上がったかと思えば、ふと音が骨ばって耳に刺さってくる、こちらが気の抜けない、どぎまぎさせられるようなものばかりを歌った。
 まつりはほんの少ししか存在しない「若い女」というカテゴリーに属するファンのひとりで、歌い踊る彼女らの顔をじっと眺めているのが好きだった。メンバーは皆、パステルピンクがかった虹色のチークを目の下にまるくつけていた。メンバーにはひとりひとつ、円形の虹のクリームチークに、持ち手部分にグループのロゴが入っている丸く平たいパフが付属したコンパクトが配られるということだった。しかしその見たこともない色のチークは、メンバーの顔の好き勝手な散らばり様をむしろ縁取り目立たせるようになされている総じて苺色ばんだメイクをごまかすためだけに存在するようにも思えた。

(続きは本誌でお楽しみください。)