
富める者だけの資本主義に反旗を翻す
1,980円(税込)
発売日:2025/04/24
- 書籍
アメリカ型経営が支配する世界で、日本の若者はどうすれば生き残れるのか。
ベンチャー激戦区シリコンバレーで成功した実業家は、世界各地で企業経営を行う中、アジアやアフリカの貧困問題など格差拡大による弊害に何度も直面してきた。元凶はアメリカ主導の「株主の利益が最優先される経済」。その現状に強い憤りを覚える著者が、自らの経験を元に提言する、誰も見捨てない「希望の国」へのロードマップ。
はじめに
第1章 大切なのは「自分の頭で考える」こと。
他人の決めたルールがおかしいと思ったら、どうする?
父は、あこがれ。信念の人
鉄道模型の知識や技術をコクヨで活用
技術の力で、多くの人を幸せにする
競合他社をつぶすなと言い続けた祖父
母から教わった「公平であること」の重要性
ひとりだけ長髪を貫いた中学時代
校則を破るなら「きちんとした身なりで」
病院のベッドでドイツ語を習得した高校時代
自分の頭で考えなければ、新しいものは生まれない
各国の政府顧問を引き受けてきた理由
公益資本主義とは何か
世界があこがれる日本をつくりたい
第2章 自分の目で見よう、肌で感じよう。
机の上の勉強だけじゃわからないことだらけ!
大学入学祝いは、共産圏への旅費!?
ポーランドで見た共産主義の矛盾
中央アメリカで「考古学」と出会う
第3章 解決策は、必ずどこかにある。
困ったときこそ「自分の頭で考える」が試される
エルサルバドルで人生の師と出会う
大学卒業後、本格的に考古学の道へ
なぜか海外ツアーを主催することに
「自分も将来、こういう仕事がしたい」
最後に待っていた、大ピンチ!
第4章 なぜ学ぶ? 人生を切り拓くために。
大学とは夢を実現するための武器を得るところ
考古学の資金を稼ぐためにスタンフォードへ
ビジネススクールから工学部へ
ノーベル賞受賞者に生化学を学ぶ
伝説の起業家たちとの「ブラウンバッグランチ」
第5章 人は「信頼」されると「奮起」します。
リーダーになったら、まずは仲間に信頼を与えよう
光ファイバーディスプレイの会社をシリコンバレーに設立
はじめて注文してくれたのは「ディズニー」だった
ディズニーが教えてくれた「信頼」の大切さ
東京ディズニーランドの技術顧問に
第6章 大好きなものがあることの、つよさ。
「好き」こそが将来の可能性を広げてくれる
ジョブズのAppleを急成長させたもの
ベンチャーキャピタルの道へ
出資金は「ちょっと足りないくらい」がいい
はじめての出資はウォロンゴング社
国防総省の役人をリクルートする
出資の基準は「考古学に役立つかどうか」
なぜ、テクノロジーが重要なのか
第7章 夢のまた夢? それ、実現できるかもよ?
イメージは「見えない階段を1段ずつ」登ること
バングラデシュの遠隔教育・遠隔医療
アフリカの栄養不良を解決するために
見えない階段を1段ずつ登っていく
第8章 ルールやシステムは、もっとよくできる。
いい子で従ってるだけじゃ何も変わらない
格差社会の原因となる株主資本主義
なぜ短期主義がいけないのか
大銀行家との議論
まじめに働く人が報われる社会に
ルールの変更で日本人の給料を上げる
株価に一喜一憂する必要はない
公共投資も公益資本主義の発想で
香港をハブに日本と中国を結ぶ
なぜいま香港なのか
公益資本主義を浸透させるために
第9章 尊敬する人を見つけよう。
その人から学ぼう、その人の話を聞こう
自分の頭で考えて、自分で決めること
現地へ行くこと
長い時間軸で考えること
失敗の経験から学ぶこと
最後は「人」
わたしが影響を受けた人物
従業員とその家族を守るのが企業の使命
日本を「希望の国」にする
おわりに
書誌情報
読み仮名 | トメルモノダケノシホンシュギニハンキヲヒルガエス |
---|---|
装幀 | 二宮由希子/装画、三森健太(JUNGLE)/装幀 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-356261-0 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | 文学・評論、ビジネス・経済、経済学・経済事情 |
定価 | 1,980円 |
書評
「世界があこがれる日本」をいかにしてつくるか
ある時、原さんから横浜にある原鉄道模型博物館のパンフレットをもらった。どうして原さんが館長をしているのかずっと謎だったが、この本を読んで理由がわかった。原さんの父親が世界的な鉄道模型の制作者である故・原信太郎さんだったのだ。
本書は、原さんが自らの半生を振り返りながら、「世界があこがれる日本をつくる」にはどうしたらいいか、自身の考えを述べたものだ。原さんと話しているとおもしろいし、熱くてフェアな人だとは思っていたが、ここまで独自の視点と信念を持っていることに驚いた。
僕が認識していた原さんの経歴は、1952年に生まれ、大学卒業後に考古学を研究し、27歳でスタンフォード大の大学院に入学。シリコンバレーで起業し、(ご自身はそう呼ばれるのを好まないのだけれど)ベンチャーキャピタリストになった。以来、世界中でテクノロジー企業を経営しながら各国の政府委員を歴任し、政策提言を行ってきた。
だが本書には、学生時代に冷戦下の東欧を旅したことや、アジアやアフリカで実践した貧困改善プロジェクトなど、驚くような話がたくさん出てくる。
コクヨの専務だった父の信太郎さんは、数多くの新技術を発明し、戦後の同社の躍進を支えた。幼い頃、原さんがお父さんに仕事の内容を尋ねると、技術の力で工場のケガ人をゼロにすることだと答えたという。その時の感動が、テクノロジーの力でより良い社会を実現したいという原さんの原点になったのだ。
とても原さんらしいのは、本書の中で何度も出てくる「マネーゲームが嫌いだ」という話だ。
一般的にベンチャーキャピタリストといえば、ベンチャー企業に投資し、上場した際に株の売却益を得る。その時のリターンが大きいほど良いとする人が非常に多い。
しかし原さんの考えは違う。企業は社会の公器であり、世の中に貢献することが最優先。企業の利益は、従業員、取引先、株主といったすべての関係者(=原さんは「社中」と呼ぶ)で分かち合うべきであり、ベンチャー企業だからといって必ずしも上場する必要はないと考える。
そんな原さんだから、世界を席巻するアメリカ主導の「株主資本主義」が大いに問題だという。株主偏重の利益配分は貧富の格差を拡大し、社会の分断を生むからだ。
そこで原さんが提唱しているのが、本書でも紹介されている「公益資本主義」だ。「公益資本主義」は、企業が「社中」に利益を分配することで「健康で教育を受けた豊かな中間層」を生むことを目的としている。民主主義とは、「豊かな中間層」がいてはじめて成り立つシステムだからだ。実際、シリコンバレーで働いていた原さんが30年近く前に危惧した通り、アメリカでは格差が広がり、社会が分断してしまったし、日本もまったく他人事ではない。
そもそも、「公益」あるいは「公共」という考え方を忘れると、社会はうまく回らなくなる。新陳代謝を促す上で市場原理は重要だが、たとえば「教育」と「ビジネス」では、それぞれに働く力学はまったく異なる。僕は大学で教えながらベンチャー企業の経営もしているが、両方の肌感覚を知る目で見ても、原さんの主張はもっともだと思う。
奴隷貿易のエピソードも象徴的だ。
現代において、歴史上もっとも非人道的な行いのひとつとされている奴隷貿易は、かつて莫大な利益の出る「あこがれのビジネス」だった。イギリスのリバプールに残る当時の建物には、黒人奴隷のレリーフが誇らしげにあしらわれているという。原さんには、その奴隷商人の姿が、マネーゲームによって利益を貪る現代の「ヘッジファンド」や「アクティビスト」と重なって見える。200年後の人類は彼らに対して、「なんて非人道的な儲け方をしていたんだ」とあきれるに違いないというが、僕もまったく同感だ。
世界中でテクノロジー企業を経営してきた原さんが、〈インターネットでやりとりできるのは「データ」だけ〉と述べていることも本質的だ。
僕も「筋肉の知能が重要」とずっと考えてきた。人間が頭脳で推論能力を駆使してきたのは、たかだかこの10万年か20万年に過ぎない。本来、人間が得意だったのは、踊ったり、歌ったりといった身体性の部分だ。AIは吹奏楽の音色をスピーカーから鳴らすことはできても、楽器を吹くことはできない。僕自身、研究室の学生に「AIが持っていないデータを得るには、足で稼ぐしかない」と言っている。原さんが大切にする「現地に足を運び五感で感じること」は、AIの進化が著しい今こそ重要なのだ。
この本には、原さんの思想と冒険人生譚がとても読みやすく書かれているから、若い人に薦めたい。原さんが言うように、ぜひ未知の場所に飛び込んで、想像もしていなかったような経験をしてほしい。そこで得たものが、不確実性の時代を生きる上ではいちばん大事だからだ。本書を手に取った人の中から、どんな分野でもいいから、世界でいちばんを目指す人が出てくれたらいいと思う。
(おちあい・よういち メディアアーティスト)
波 2025年5月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
原丈人
ハラ・ジョウジ
1952年大阪府生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、中米で考古学を研究。27歳でスタンフォード大学経営大学院に入学。その後、工学部大学院に転籍。在学中にシリコンバレーで光ファイバーディスプレイ開発メーカーを創業。1984年デフタ・パートナーズを創業し、情報通信、半導体技術、創薬等のベンチャー企業に出資、経営を行う。1990年代には、自身がパートナーを務めるアクセル・パートナーズが全米第2位のベンチャーキャピタルとなり、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストとなる。1985年アライアンス・フォーラム財団を設立し代表理事に就任。「世界中に健康で教育を受けた豊かな中間層を生むこと」を目的とした活動を続けている。並行して各国の政府委員等を歴任。日本では、財務省参与(2005~2009年)、内閣府本府参与(2013~2020年)、経済財政諮問会議専門調査会会長代理など。著書に『新しい資本主義』『増補 21世紀の国富論』『「公益」資本主義』などがある。
奥野武範
オクノ・タケノリ
1976年群馬県生まれ。編集者。早稲田大学政治経済学部卒業後、宝島社に入社。2005年、東京糸井重里事務所(現ほぼ日)に入社。「ほぼ日刊イトイ新聞」編集部に所属。宝島VOW3代目総本部長も務める。企画・構成・文を担当した書籍に『インタビューというより、おしゃべり。』『世界を見に行く。』『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』『33の悩みと答えの深い森。』『編集とは何か。』『バンド論』『赤の謎 画家・笹尾光彦とは誰なのか』『常設展へ行こう!』『挑む人たち。』『現代美術作家・加賀美健の最近、買ったもの。』がある。