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中国皇帝の条件─後継者はいかに選ばれたか─

阪倉篤秀/著

1,980円(税込)

発売日:2025/04/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「二代目で傾き、三代目が潰す」を回避するための鉄則とは?

中華の絶対権力者であると同時に、一人の親でもある皇帝にとって、皇太子の選定は王朝存亡を賭けた最重要課題であった。強烈な個性を押し通した先代と比較されて苦しむ二代目、甘やかされる三代目など、皇位継承に見られる構造的な困難を乗り越える秘訣を、秦の始皇帝から清の康熙帝まで歴代14人の事例から明らかにする。

目次

まえがき

リーダーに必要とされる冷酷さ/集団が機能するための組織/皇帝政治が安定する条件/最重要課題の後継者確保/父子相続から生まれるドラマ/王朝存続を決める「立太子」のタイミング/始皇帝が蒔いた秦王朝滅亡の種/「創業皇帝」と「承継皇帝」/「操り人形」や「裸の王様」になる危険/現代人と共通の悩みを持つ中国皇帝たち

第一章 我ありてこそ――後継者指名の遅延とそれがもたらすもの

一 秦の始皇帝エイ政
長子扶蘇の自害/「奇貨、おくべし」/今を生き、未来に向かう/封建制度は受け継がない/王を越えて皇帝に/官僚制と監察権の独立/強権的な統一政策/確信に裏付けられた政策展開/「天に二日なく、地に二君なし」/始皇帝の失態

二 前漢の武帝劉徹
皇后との確執/皇帝称号の復活/「弱幹強枝」から「強幹弱枝」へ/武帝の生母王シ/館陶公主劉嫖の策謀/皇太子劉徹/太皇太后の横やり/解放された武帝/皇后陳阿嬌/衛青と霍去病/内政の充実/男児の出生と立太子/皇太子の宮中クーデター/外戚の禍を防ぐ究極の策

第二章 頼るしかなかった、とはいえ――血縁のありがたさとその反動

一 前漢の恵帝劉盈【附:高祖劉邦】
衝撃の事態を前にして/始皇帝と劉邦の出会い/劉邦に尽くす呂氏/呂氏の捕縛と戚夫人の出産/劉邦の皇帝即位/資質に欠ける劉盈/劉邦の死/外戚介入の先例

二 清の順治帝愛新覚羅福臨【附:太祖ヌルハチ・太宗ホンタイジ】
ドルゴン断罪/女真族の系譜/遼と金の民族国家/ヌルハチの後金建国/後継者ホンタイジ/イメージ操作/満洲と満州/事業達成目前の急死/後継者はまだ六歳/呉三桂の開門/「飴と鞭」政策/増長するドルゴン/憎しみからの名誉剥奪/順治帝親政のつまずき/意図的に過ぎる施政方針/宦官依存と皇后問題/「己を罪するの詔」

第三章 我をおいてほかになし――ともに業をなしとげたものとして

一 唐の太宗李世民【附:高祖李淵】
李淵と李世民/李氏の系譜/隋朝の崩壊/李建成と李世民の確執/宮中クーデター「玄武門の変」/運命を分けた人徳の差/「貞観の治」/度重なる周辺民族の征圧/三人の男児/後継者の決定

二 宋の太宗趙匡義【附:太祖趙匡胤】
孝行息子の趙匡胤/後継者を決めた「金匱の盟」/唐滅亡と五代十国/後周郭威による束の間の平和/柴栄の活発な軍事的遠征/「陳橋兵変」と開封帰還/平和裏に建国された宋朝/都護府体制から節度使体制へ/宋の節度使対策/中国統一とその限界/君主独裁体制の確立/生前になかった後継指名/噂がとびかう趙匡胤の死

第四章 思いもしていなかったのに――王朝を継続するために

一 東晋の元帝司馬睿【附:武帝司馬炎】
司馬睿の即位/晋の成立/禍根を残す封地分配/司馬炎死後の混乱/「八王の乱」と「永嘉の乱」/司馬睿の琅邪王襲封/建康の亡命政権/晋王から皇帝に/神輿に乗る皇帝

二 南宋の高宗趙構
屈辱の講和/万里の長城と北方系民族/契丹による遼の建国/燕雲十六州の割譲/遼の南侵と「セン淵の盟」/「夷をもって夷を制す」/趙構の人質と「靖康の変」/傀儡政権の限界/趙構の即位と江南巡幸/臨安遷都/立場の逆転/屈辱のなかでの平和/虚しい戦勝パフォーマンス

第五章 なにがなんでも我こそが――皇帝即位への意欲とそれがもたらすもの

一 隋の煬帝楊広【附:文帝楊堅】
兄弟の争いと母/楊堅と独孤氏/楊氏の系譜/婚姻と二人の誓い/宇文護の専横と独孤信の死/隠忍自重がもたらした外戚の立場/独孤氏の存在感/支配体制と経済政策/大運河/南部中国の状況/楊堅と五人の嫡子/聞き耳を立てる独孤氏/皇太子楊勇に対する怒り/「孝行息子」楊広/廃太子の決断/楊広の即位/大規模工事と高句麗遠征

二 唐の玄宗李隆基
父には知らせずに/高宗による立太子/策謀で手にした皇后の地位/「武韋の禍」/李隆基と「唐隆政変」/功績がある者が後継に/「開元の治」/仕事人間の行く末/楊貴妃への傾倒/安史の乱

第六章 父を受け継ぎ飛躍を目指す――父の遺産とイノベーション

一 後漢の明帝劉荘(劉陽)【附:光武帝劉秀】
自己をわきまえた「即位の詔」/劉氏復活を待望する声/漢の復興と洛陽進出/「光武中興」による社会再生/「一夫二妻」/二人の皇子の誕生と立太子/皇后と皇太子の入れ替え/父を越えた明帝/父子二代による王朝の基礎

二 宋の神宗趙キョク【附:仁宗趙禎・英宗趙曙】
王安石との出会い/意欲を失った仁宗/男児の運に恵まれず/皇帝になりたくなかった皇帝/意欲あふれる青年皇帝/王安石の登用/新法派と旧法派の対立/強行突破をはかる神宗/王安石の失脚と新法派の自壊/神宗とその時代への評価

第七章 準備万端整えたはずが――早期の後継者指名が崩れた結果

一 明の洪武帝朱元璋【附:建文帝朱允ブン・永楽帝朱棣】
朱元璋のお墨付き/皇帝の呼び名/民間史料への向き合い方/元末「紅巾の乱」/明王朝の成立/こだわりの強い朱元璋/徹底的な海禁令/建国功臣への対策/皇子による北辺防衛/「地に二君なし」をものともせず/皇太子朱標の死/皇子を飛び越して皇孫に/「君側の難を靖じる」/建文帝はどこに行ったか/手堅くも斬新な永楽政治/永楽時代の歴史的存在意義

二 清の康熙帝愛新覚羅玄ヨウ【附:雍正帝愛新覚羅胤シン】
究極の「太子密建法」/満漢の血統を受けた皇帝/準備万端整えたうえでの親政/「三藩の乱」/支配領域の確保/嫡長子へのこだわり/皇子間の対立/胤ジョウの廃太子/再度の立太子と再度の廃太子/「天下、第一の閑人」/憶測とびかう康熙帝の最期/雍正時代の始まり/積年の課題への挑戦/一三年の在位が残したもの

あとがき

書誌情報

読み仮名 チュウゴクコウテイノジョウケンコウケイシャハイカニエラバレタカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-603925-6
C-CODE 0322
ジャンル 歴史読み物、歴史・地理・旅行記、世界史
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2025/04/24

書評

「名君」の素質でもどうしようもない「命運」

冨谷至

「天子」とも称された中国の皇帝は、紀元前221年に、秦王政(始皇帝)が、天下平定の偉業を喧伝し、後世にそれを伝えんとして、新たに造語した帝号である。以後、清宣統帝(在位1908-1911)に至る二千余年間、皇帝のもとでの政治体制が続き、歴史家はその時代を「帝政中国」とも呼んでいる。
 本来「帝」とは、「天帝」「上帝」を意味するが、始皇帝が自己を天帝に擬えたことから始まって、神秘性をもつ絶対君主と見なされていた。しかしながら、現実はそうではない。いったい、帝政中国において、何人の皇帝が登場したのか、これは歴代王朝をどう数えるのか、殺害された幼帝、廃位された皇帝を含むかどうかで、あがる数は異なるが、おおよそのところ、二百人余と見てよいだろう。その二百余の皇帝のなかで、「三皇」「五帝」を兼ね備えた名に値する人物が果たして何人いるのか、著者はまず皇帝たるべき素質をあげる。冷酷ともいえる決断力、自己のおかれた立場の冷静な認識、軍事と民政の両面に優れた能力、このような条件を備えた皇帝は、数えるほどしかいないこと、本書を読み進んでいくなかで、我々は実感させられる。
 本書では、二十七人の皇帝が登場する。すべて中国史上有名な皇帝であり、高校世界史の教科書にも彼らの治績はとりあげられ解説されている。なかでも、漢武帝、唐太宗、この二人は、歴代皇帝の中で屈指の名君、偉大な皇帝として以後の王朝を通じて高く評価されてきた。
 積年の敵であった匈奴をゴビ砂漠の北に駆逐した対外政策、以後二千年にわたって王朝支配の基本となる儒教を官学化した内政、何にもまして「漢」という帝国が以後の王朝の理想となったことが武帝の偉業を物語っている。また太宗李世民の治世は、「貞観の治」と称賛され、太宗は、有能な臣下を適材適所に用い、対外的には周辺異民族を従える「天可汗」の称号をもって、ユーラシアに君臨する大唐帝国を築き上げた。著者があげる皇帝たるべき素質、能力を十二分に備えていたからにほかならない。
 しかしながら、名君の誉れ高い彼らにおいても、その能力が及ばず、失敗に終わったことがある。それは後継者問題であり、後継者の選択が帝政中国の歴史を左右したのである。
 先の漢武帝においては、晩年の立太子をめぐっての冤罪事件と、後継者の力量不足がもたらす政治の混乱、李世民にあっても、嫡長子を太子に立てたものの、後継の重圧が彼の精神を壊して太子の廃位を招き、最終的に後を継いだ三男(高宗)の気弱な性格が唐王朝の転覆(武則天による武周革命)の原因をつくったのである。もとより、武帝も太宗も熟慮の上の後継者選びであったのだが、それは名君の素質をもってしてもどうしようもない命運であったのか。
「後継者はいかに選ばれたか」を副題にもつ本書は、とりあげた皇帝にかんして、この後継者の選出、後継者となろうとした経緯、即位した後の行動を解説したものであり、皇帝中心史観でもって中国史を概説することを意図したわけではない。

――「あとがき」で「皇帝ははずせない」ということを著者は言を尽くして述べているが、人間がもつ打算と失敗、傲慢の内にある小心、慢心と悲哀、さらには力ではどうしようもない命運、これらは普通の人間だけでなく、特別な存在である皇帝でも同じい。この特別な存在をとりあげることで、むしろその普遍性が明確となる、ということを読者に伝えたかったのではないだろうか。
 簡潔、平易な文体で、テンポよくことがらの経緯を説明し、読者を牽きつける。中国史の概要も通史的にそこから得られる。行論において記述が制度、社会、名称の解説へと「脱線」する個所もあるが、それは一種の補助的「コラム」としての役割を担っている。
 本書はおそらく読者の期待を裏切ることは無かろう。

 この紹介文を閉じるに際して、評者から読者に向けてひとつ質問を出すことをお許しいただきたい。
 本書にあがる二十七人の皇帝のなかで、皇帝たる条件、つまり冷静で非情ともいえる決断力と実行力をそなえ、独裁君主たりえることが義務付けられているにもかかわらず、それができないのは君主の怠慢だとする立場を認識し、強靭な精神力をもって、遊楽とは無縁でひたすら皇帝としての「職務」を全うした人物がいた。加えて彼は、斬新ともいえる後継者選びを成し遂げ、その後の王朝を一層隆盛にしたのである。
 このことは、本書の行論の中から読み取れるのだが、その皇帝は誰だと思われますか?

(とみや・いたる 京都大学名誉教授)

波 2025年5月号より

著者プロフィール

阪倉篤秀

サカクラ・アツヒデ

1949年京都市生まれ。関西学院大学大学院博士課程修了。関西学院大学教授を経て、2025年4月現在同大名誉教授。専門は明代史。学校法人関西学院常任理事(2007~2016年)。著書に『長城の中国史 中華vs.遊牧 六千キロの攻防』(講談社選書メチエ)、『明王朝中央統治機構の研究』(汲古書院)、編著に『さまざまな角度からの中国論』(晃洋書房)がある。

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