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梅田望夫、平野啓一郎『ウェブ人間論』
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   はじめに


 梅田望夫氏の著書『ウェブ進化論』は、玉石混淆の新書のベストセラー本の中にあって、まさに新書かくあるべしと言いたくなるような、平易に書かれてはいるが、読む者の世界観を揺さぶらずにはおかない、新鮮な驚きに満ちた本だった。
 私はこれを発売後間もなく読んで、ただちに、文芸誌「新潮」の編集部に推薦した。ところが、メールの返事が来てみると、驚いたことに、実は自分たちも同じことを考えていて、さっき『ウェブ進化論』を一冊、そちらに郵送したところだ、とのことだった。
 私は、このささやかな偶然を意義深いものと感じた。私たちは、読後の興奮に静かに浸っているのではなく、やむにやまれぬ何かに突き動かされて、もう次なる具体的な行動へと移っていたのである。
 ここ数年、私は、インターネットの拡充が現代人の「生」にもたらした決定的な変化について、自分なりに考えを巡らせ、小説やエッセイの形で発表してきた。そうした私にとって、梅田氏の著書は、ウェブ世界の現状及び未来について、多くの点で知識の欠如を補い、誤解を正してくれたというだけでなく、これまで採用していた思考の枠組み自体を思いきって「更新」する必要を感じさせるものだった。これは、問題意識を共有していた文芸編集者にとっても同じであっただろう。

   (中略)

 梅田氏と私とは、職業はもちろん、経歴からして、およそ懸け離れた世界でそれぞれにものを考えてきた人間であるが、にも拘わらず、これほどの長時間にわたって密度の濃い議論をすることが出来たのは、二人の間に、「ウェブ進化」によって、今、世の中はどう変わりつつあるのか、そして、人間そのものがどう変わりつつあるのかということへの素直な関心があったからである。これは言うまでもなく、同時代の多くの人が抱いている関心だろう。

   (中略)

 日本におけるインターネット元年は、一九九五年と言われている。たった、十年ほど前のことである。しかし、私たちは最早、それ以前の生活を実感として想像し難くなっている。ネットがなかった頃、仕事はどうやって進んでいただろうか? 友人とはどうやってつきあっていただろう? いや、そもそも自分自身は、どんなだっただろうか?――ウェブ2.0という新たな局面を迎え、更に驚くべき変化を遂げつつある状況の中で、私たち二人は、ともかくも話し合った。現在について、そして、未来について。
 この対談が、ジャンルを超えた幅広い語らいのきっかけとなれば幸いであるし、また内容に関する多方面からの批判についても謙虚に受け止め、今後の糧としたい。
 ここで顔をつきあわせて話し合ったのは、二人の人間に過ぎないが、対話はきっと、届けられたその先々で、ページを開いた誰しもを、その都度新たな参加者として歓迎するだろう。

二〇〇六年十月
平野啓一郎

発売日:2006/12/15

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