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「普通の人」が、一番怖い……。新婚夫婦が惨殺された。歪な欲望が闇を招く傑作ミステリー。

ハーシュ

前川裕/著

737円(税込)

本の仕様

発売日:2019/08/01

読み仮名 ハーシュ
装幀 plainpicture/カバー写真、アフロ/カバー写真、広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-101461-6
C-CODE 0193
整理番号 ま-56-1
ジャンル 文学・評論
定価 737円

東京荻窪の閑静な住宅街で、新婚夫婦が惨殺された。凶器は手斧。意味不明の遺留品が残され、血まみれの若妻は、結婚式場のパンフレットを口中に押し込まれていた。かつて吉祥寺で起きた類似事件と関係があるのか。謎めいた密告、捜査幹部と被害者の秘められた関係。捜査は泥沼化し、またも新婚夫婦が手斧で殺される……。苛酷(ハーシュ)な真相と重い衝撃が胸を抉る傑作ミステリー。『酷ハーシュ』改題。

著者プロフィール

前川裕 マエカワ・ユタカ

1951(昭和26)年東京都生まれ。一橋大学法学部卒。東京大学大学院(比較文学比較文化専門課程)修了。2019年7月現在、法政大学国際文化学部教授。専門は比較文学、アメリカ文学。2012(平成24)年、『クリーピー』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞、作家として本格デビュー。他の著書に『ハーシュ』『イン・ザ・ダーク』『アンタッチャブル』『クリーピー スクリーチ』『イアリー 見えない顔』などがある。

書評

ざらざらした不気味さ

吉野仁

 ちょっと「おかしな人」は、どこにでもいるものだ。
 たとえば、陰険で攻撃的な人、病的なまでに神経質な人、何かに夢中で周りが見えない人など、だれでも身近にひとりやふたりは数えられるはず。もしかすると、ある種の犯罪は、ふとした拍子でそういう人たちが追い込まれたり、抑えていたタガが外れたりして一線を越えたときに生まれるものかもしれない。なにより恐ろしいのは、その境界線上にいる「おかしな人」が、自分の身近な者だった場合ではないか。
 前川裕の描くクライム・サスペンスの凄みもまた、そこにある。隣人の恐怖だ。
 まさか、隣に住む者が血のしたたるナイフを手にしながら、じっとあなたの家をのぞいているとか、チャイムが鳴ってドアを開けるといきなりヤクザな男たちが土足で家にあがりこみ問答無用で暴力をふるってくるとか、通常ありえないだろう。だが、それは違う。前川裕の小説世界では、あたりまえのことなのだ。一見ふつうに見える隣人が、実はいささか度が過ぎた「おかしな人」で、ささいなきっかけで凶悪な顔をこちらへ向けてくるかもしれない。実際、いまの日本では保険金目当ての殺人や家庭内暴力などが数多く発生している。そうした犯罪が周囲で起こったり自分の身に降りかかったりしても、なんら不思議ではない現実がある。
 待望の最新作『酷―ハーシュ―』もまた、作者の持ち味が十全に発揮された犯罪小説だ。身の毛もよだつ恐ろしい犯罪がごく近くで起こっていく。しかも謎は深まるばかり。
 プロローグで語られているのは、1993年、東京・吉祥寺のマンションで起きた殺人事件。新婚の夫婦がセックスをしている最中に何者かに襲われ、手斧で惨殺されるというショッキングで凄惨な事件である。
 そして、物語は現在に移り、主に警視庁捜査一課の刑事、手塚京介の視点で展開していく。あるとき手塚は、二年前に荻窪で起こった殺人事件の捜査に加わることとなった。新婚夫婦が手斧で撲殺され、およそ二万円ほどの現金が奪われるという残忍な犯罪だった。しかも殺された妻の口に、あるブライダルサロンの宣伝パンフレットが押し込まれていたというきわめて異常なものだ。
 警視庁の捜査会議では、強盗もしくは怨恨による殺人という見方が有力だった。ところが東大出のキャリア警察官である山上達彦は、サイコキラーによる猟奇殺人の可能性を示唆した。やがて手塚は、かつての上司で恩人である相良繁之に相談したのをはじめ、相良の娘・涼の先輩であり、くだんのブライダルサロンに勤めている徳川皐など、さまざまな関係者にあたり捜査を進めていった。そんなとき、ある人物の失踪につづき、第二の殺人が起こる……。
 前川裕は、法政大学国際文化学部教授でありながら、第十五回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した気鋭の作家。受賞作『クリーピー』は、現実に尼崎で起きた連続変死事件を思い起こさせられる異様な隣人犯罪を描いた傑作だ。続く第二作『アトロシティー』もまた、おぞましさの点では負けていない。押し込み強盗や少年犯罪をはじめ、極悪非道の連中がこれでもかと登場し、都会で暮らす恐ろしさを実感させられるクライム・サスペンスである。
 第三作となる本作もまた、良識や理性を持っているはずの隣人が、ひと皮むけば獣にすぎない現実をまざまざと見せつける。自分の伴侶や肉親さえも例外ではない。
 題名の「ハーシュ」とは、過酷な、厳しいという意味だが、辞書にはもうひとつ「(手触りが)ざらざらした、粗い」という言葉が載っている。この小説には、たしかに何かざらざらした不気味さがそこかしこに漂っている。ひとたびその感触を味わうと病みつきになってしまう何かだ。あなたの中の「おかしな人」は、これを読まずにおれないだろう。

(よしの・じん 文芸評論家)
波 2014年3月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ
第一章 残光
第二章 疑惑
第三章 離人
第四章 戦慄
エピローグ
解説 吉野仁

判型違い(書籍)

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