阿修羅草紙
1,100円(税込)
発売日:2023/12/25
- 文庫
- 電子書籍あり
不殺のすがると殺し屋・音無。最高のタッグが京で暗躍する一気読み必至の歴史長編。
最高の忍びタッグが室町の都を駆ける! 無駄な殺しはしないくノ一・すがると、手段を選ばない伊賀忍者・音無。正反対の考えを持つ二人は奪われた「呪いの巻物」を取り返すため、陰謀の只中に飛び込む。数多の忍びたちとの死闘を通して、徐々に真相に近づいていく二人。そして明かされた驚愕の真実と二人の想いとは……。任務のために、陰で命を捧げた忍者たちを描く一気読み必至の傑作長編。
鬼の村
火天
伊賀者
下洛
美男風呂
赤入道の館
謎の女
滝ノ糸
後の祭り
長命寺
忍び戦
岩陰
罰
騒乱
沖島
書誌情報
読み仮名 | アシュラゾウシ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 影山徹/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | yom yomから生まれた本 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 640ページ |
ISBN | 978-4-10-101553-8 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | た-127-3 |
ジャンル | 歴史・時代小説 |
定価 | 1,100円 |
電子書籍 価格 | 1,100円 |
電子書籍 配信開始日 | 2023/12/25 |
書評
若き忍者に降臨する、希望としての「共和国」
不穏な空気がただよう。緊迫した日々がつづく。
いたるところで渦巻く混乱は、やがて大きな戦乱となり、飢饉や疫病とかさなればこの世に地獄を現出させるにちがいない――武内涼の最新作、「阿修羅草紙」という不吉なタイトルの物語全篇をひたすのは、そうした民の不安と虚無、恐怖と怒りだ。
時は文正元年(1466)。一一年間つづき京都を焦土と化すとともに、群雄割拠の戦国時代を招きよせた応仁の乱勃発の前年である。室町将軍の権威は衰え、そこかしこに新旧諸勢力の争う乱国(内戦地帯)が生まれていた。
比叡山延暦寺が抱える忍びの集団、八瀬童子の若き忍者すがるは思う。「商業がもたらす未曾有の栄えは、その中にいれば、楽しい今が、
社会の安寧を願う民の危機感と怒りを共有するとともに、醜悪な権力争いにいそしむ諸勢力への不信感をつのらせる。武内涼の忍者ものの特筆すべき基調といってよい。
武内涼が戦国時代を舞台とした『忍びの森』でデビューしたのは、2011年である。この頃から歴史時代小説ジャンルに登場し脚光をあびる新人たち、たとえば和田竜、天野純希、仁木英之、乾緑郎、澤田瞳子、最近では川越宗一、今村翔吾らは、ブームのつづく「江戸市井もの」と距離をおき、社会が分裂し相争う動乱の時代をステージに、スケールのおおきな物語をえがきはじめる。
ただしそれは、おなじみの武将たちがおりなす英雄豪傑譚の復活ではない。むしろ「江戸市井もの」で豊かにはぐくまれた無名の人びとの水平的関係の称揚、かけがえのない平和な日々の称揚のためにこそ、動乱の時代における選び直し、積極的選択をはたそうとする。
おそらくこれは、ながくつづいた「戦後」が、戦争へとむかう新たな「戦前」にのりあげようとするこの時代、この社会の動きとけっして無関係ではあるまい。
わたしのみるところ、武内涼は、歴史時代小説ジャンルにとどまらず新世代の作家皆に課せられた重い選び直しに、もっとも意識的かつ持続的にかかわってきた。『忍びの森』、『戦都の陰陽師』シリーズ、『秀吉を討て』、『吉野太平記』、『暗殺者、野風』など、司馬遼太郎と山田風太郎の忍者、忍法ものへのリスペクトからはじまり、独自の展開をとげた武内涼の忍者ものがそれである。
『阿修羅草紙』は、武内涼の忍者ものの集大成であるとともに、新たな「戦前」の今につきささり、それを突破して一歩前にふみだす、稀有な希望の物語となった。
比叡山延暦寺に盗賊が入り、すがるの父で守部だった般若丸らは殺され、阿修羅草紙をふくむ三つの宝が奪われた。阿修羅草紙とは、見た者の心を邪にし、天下に大乱をひきおこす呪われた秘宝。権力者たちの手に渡してはならぬ。伊賀忍者音無らと探索を開始したすがるを嘲笑うかのように何者かが、まず超有力大名山名宗全に、次は敵対する幕府政所執事の伊勢伊勢守貞親へと阿修羅草紙を移した。
すがるたちは、それぞれ宗全を、伊勢守を守る選りすぐりの忍者集団と死闘をくりひろげ辛勝するものの、次つぎに仲間を喪う。技を究めた忍者たちの死闘の結末は物語に暗い、暗すぎる情感をただよわせる。
しかし、それを深くくぐりぬけたすがるは思うのだった。強さを求め、仲間と戦ってきたが、ついに仲間を守れなかった。自分に足らないのはなにか。「一人の強さは……脆い。違う意見や、異なる知識を持った幾人かの者があつまり、足りないものをおぎない合った時に生れる智恵が、大切なものを守る力になるのではないか」。苦しむ若い忍者に降臨する、希望としての「共和国」だ。そして――。
そして、阿修羅草紙を使い権力者の抗争を激化させた人物があらわれる。権力と権力者を全否定するために戦争を希求する者と、あくまでも民の平和とその未来を全肯定しつづけるすがるとの迫真の対話と帰結は、武内涼忍者ものの思想的な到達点と読めるだろう。
(たかはし・としお 文芸評論家・早稲田大学教授)
波 2021年1月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
武内涼
タケウチ・リョウ
1978(昭和53)年、群馬県生れ。早稲田大学第一文学部卒。映画、テレビ番組の制作に携わった後、第17回日本ホラー小説大賞の最終候補作となった原稿を改稿した『忍びの森』で2011(平成23)年にデビュー。2015年『妖草師』シリーズが徳間文庫大賞を受賞。2022(令和4)年『阿修羅草紙』で第24回大藪春彦賞受賞。他に『戦都の陰陽師』シリーズ、『忍び道』シリーズ、『謀聖 尼子経久伝』シリーズ、『駒姫―三条河原異聞―』『敗れども負けず』『東遊記』『厳島』など。