
東大なんか入らなきゃよかった
825円(税込)
発売日:2025/03/28
- 文庫
- 電子書籍あり
東大に人生を狂わされた卒業生──キャリア官僚、メガバンク行員、地下街警備員ら5人のルポから見えてきたものとは?
東大卒業後に待ち受けていたのは、メガバンクでのつるし上げ、ブラックな官僚人生、市役所での壮絶ないじめ、終わらない大学院生活、地下街の警備員暮らし。華やかな未来とは程遠い現実に苛まれる卒業生を徹底ルポ。そんな東大入学を後悔する5人の姿から見えてきたものとは? 天才型・秀才型・要領型という「東大生の3タイプ」や学生の家庭環境など、知られざる東大の実態についても紹介する。
はじめに
第1部 あなたの知らない東大
第1章 東大生は本当にすごいの?
東大生はそこら中にいる/東大入試の倍率はしょせん3倍/東大生のピンとキリ/3種類の東大生――第1のタイプ「天才型」/3種類の東大生――第2のタイプ「秀才型」/3種類の東大生――第3のタイプ「要領型」
第2章 東大入ってもラクじゃない
入学後さらに熾烈になる競争/「東大までの人」の悲劇/シケ対とシケプリ、『教員教務逆評定』/絶望的な能力の差に心折られ/異世界に生きている人たち/都会の高校生、田舎の高校生/東大京大、当たり前/「東大までの人」の就職活動/「一応、東大です」という定型句に秘められた本音/東大生の80%は男子/東大の教員は東大卒業生ばかり/東大を離れたがらない大学院生たち/東大推薦入試攻略法
第2部 東大に人生を狂わされた人たち
第3章 東大うつ メガバンクで待っていたつるし上げ
午前3時の「死にたい」LINE/東大法学部からのメガバンク/落ちこぼれる先として選んだ銀行/「やりたいこと」が見つからなかった/銀行で優遇される東大卒業生/デスクワークだけをしていたい/東大卒業生の貧弱な対人スキル/慶應卒業生にいじめられる/東大卒業生が病む仕事
東大うつ――5years later
ドカ食いドカ飲みで糖尿病に/サウナがなければ自殺していた/心を壊した東大卒業生の末路
第4章 東大ハード キャリア官僚の悲痛な叫び
東大生の官僚離れ/官僚の仕事は人につく/月200時間超の残業で心も体も壊れる寸前/国会の議論は台本の朗読/朝まで働く奴隷/野党議員の「官僚つぶし」/官僚には人権がない/官邸のパフォーマンスに振り回される/時給1800円、プライドだけが心の支え
東大ハード――5years later
言葉を交わした直後に投身自殺/「定時で帰ります」/減っていく同期、増えていく使えない部下/さらに加速する東大生の官僚離れ/高卒の方が東大卒よりも生涯年収が高い/官僚の仕事の本質/急速に進む霞が関の「働き方改革」/結局、仕事ができる人の出身大学は/頑張らない官僚のキャリアプラン
第5章 東大いじめ 地方市役所での逆学歴差別
地方で受けた壮絶ないじめ/テレビをネタにいじられる/東大生と発達障害/「東大卒なんだからできるでしょ?」/すぐに転職する東大卒業生/地方の医学部が「人生再生工場」
東大いじめ――5years later
毎朝タクシー通勤/医師の給与/「また大学に戻ります」/東大に行くべきか、それとも医学部に行くべきか
第6章 東大オーバー 大学院なんか行かなきゃよかった
食い詰める大学院生と博士/博士課程5年目の袋小路/東大でのアカハラ/「学振」の狭き門/ただ過ぎ去ってしまった時間/自死した女性博士/足の裏の米粒――取っても食えないが取らないと気持ちが悪い
東大オーバー――5years later
ネットに渦巻く悪意
第7章 東大プア 年収230万円の地下街警備員
東大卒の警備員/東大卒の平均年収は1134・3万円なのに/駒場寮はスラム街/新卒一括採用への反発/東大卒の漫画家/「売れ線狙い」ができなくて/年収150万円で生きる/国民健康保険料が払えない/逆学歴詐称/年収230万円で大満足/本とネコ、それだけで満ち足りる/最期は川に流れたい
東大プア――5years later
日々の落書き/不眠をこじらせてアルコール依存症に/抗酒剤を飲み生活再建/両端の世界を行き来する/東大のその先に描く線
終章 生き抜くための4つのヒント
高学歴ゆえに生きづらさを感じている人たちへ/ヒント1・自分の学歴、学校歴を忘れる/ヒント2・環境が合わなければ速やかに脱出する/ヒント3・自分と他者とを比べない/ヒント4・加点法で考える
おわりに
【主な参考文献・ウェブサイト】
書誌情報
読み仮名 | トウダイナンカハイラナキャヨカッタ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 広瀬達郎(新潮社写真部)/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 384ページ |
ISBN | 978-4-10-105881-8 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | い-149-1 |
ジャンル | 文学・評論、社会学、思想・社会 |
定価 | 825円 |
電子書籍 価格 | 825円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/03/28 |
インタビュー/対談/エッセイ

いつか、東京大学で
西岡壱誠さんは偏差値35から東大に合格し、現役東大生ながら、シリーズ累計45万部を突破した『東大読書』を執筆、ドラマ「ドラゴン桜」の監修者としても活躍している。一方、池田渓さんは東大卒業後、同大学大学院を経て、現在は文筆家として活動し「東大に人生を狂わされた」卒業生たちの姿を追っている。東大は、幸せへの扉か、それとも不幸への落とし穴か……東大をめぐる文庫新刊を出した二人が、縦横無尽に語り合った。
池田 西岡さんの『それでも僕は東大に合格したかった─偏差値35からの大逆転─』は、三回目の東大入試を受験した主人公が、試験から合格発表までの八日間に、“今までの人生で関わった人”に会っていく物語です。今回この本を読んで、受験当日の朝に緊張で嘔吐してしまう感覚とか、合格発表を待つまでのとても嫌な気分を、二十数年ぶりに思い出しました。
西岡 僕は二浪でしたし、本当に恐ろしい時間でした。
池田 審判が下されるのを待っているわけですからね。そして、この物語はダンテの『神曲』の「煉獄篇」だと感じました。主人公は、合格発表まで毎日一人ずつと会うわけですが、主人公が「師匠」と呼ぶ中三のときの担任の先生の導きで、先に大学生になった高校時代の後輩、高三で同じクラスだった女子、中学時代に主人公をいじめていた同級生、予備校時代の親友の妹など七人が登場します。これらの人との再会をとおし、主人公は自己を内省して、いじけた魂が浄化されていく……。
西岡 そんなふうに読んでくれたとは。
池田 主人公の名前は「西岡壱誠」ですし、実体験をもとにしたノンフィクションノベルだと聞いていますが。
西岡 そうですね、ほぼ実話です。
池田 高三のときに同じクラスだった女の子への恋心も実話なの?
西岡 ノーコメント(笑)。僕がこの本で書きたかったのは「東大に入るための努力」なんです。最後はもう「合格とか不合格なんて関係ない」という気持ちで。最近、努力を冷笑する風潮を感じますが、僕は、努力の過程で自身を成長させていくことこそが重要だと思うんです。そもそも東大を受験するって、とても愚かな行為なんですよ。試験科目が増えるし、形式が独特だから東大以外つぶしが利かなくなる。
池田 そうそう。よく、東大の受験勉強していれば早慶も受かるよねなんて言われるけど、短距離走と長距離走くらい違いますから。東大に受かって早慶に落ちる人もいます。
西岡 東大受験といえば、東大が推薦入試(学校推薦型選抜)を始めて、今年で十年になりました。累計の合格者数を見ていくと、一位が渋谷教育学園渋谷高校の二十人、二位が日比谷高校の十七人、三位が秋田高校の十五人、四位が広島高校の十四人、五位が灘高校の十三人でした。
池田 秋田と広島の地方公立高校が、灘高より上というのは驚きですね。
西岡 気になって秋田高校を調べました。でも、特別なことはしていないらしい。印象的だったのは、合格した生徒が推薦入試を受けたきっかけを「先生から勧められた」と答えていたこと。「君ならいける!」と背中を押してあげる先生がいたんですね。人間って、人間によって変われるんだと思いました。
池田 それって、この物語の主人公西岡くんと同じですね。
社長として東大生を引っ張る
池田 西岡さんはいま、現役東大生として東大に通いながら、執筆を行い、さらにカルペ・ディエムという会社の社長もされているとか。
西岡 うちの会社は、東大生たちに「拡声器」を渡し、情報発信できるようにする「場」なんです。東大生の中にはいろいろな経験をした人間がいる。週三でアルバイトしながら受験した人、ヤングケアラーで東大に受かった人。彼らに、じゃあ本を書いてみようとか、テレビに出てみようとか、情報発信の機会を作る。それによって個人の経験がパブリックなものになれば、別の人の人生にもプラスになると思うんです。それから、メディアの世界には東大生を「食い物」にしようとする人もいる。だから僕は、東大生が自分たち自身でやってけるシステムを作りたいんです。
池田 僕も学生時代から本を書いてきたので、食い物にされる怖さはわかる。今、書店にはカルペ・ディエムが関わった東大本がたくさん並んでいますね。
西岡 本当は、社長やりたくないんですよ。向いてないと思う。でも僕は、苦手なものって克服したいんです。
池田 東大の受験勉強で苦手科目を克服していったのと同じですね。
西岡 社長をやっているもう一つの理由は、僕が会社で一番「遊び」がうまいからだと思います。東大生は小さな頃から勉強勉強で、あまり遊んでこなかった人が多い。会社で働く東大生と黒部に旅行したことがあったんですが、ダムを見に行くとか、トロッコに乗るとかいろいろ遊べたはずなのに、あいつら足湯に浸かってスマホを取り出し、延々クイズ大会してたんです(苦笑)
池田 作中で、主人公が東大に合格するためやったことの一つが「東大に行くのだと周りに公言する」ことでした。先ほど「システムを作る」と周囲に公言したのは、同じ目的からですね?
西岡 声に出せ、師匠の教えです。ちなみに今回の文庫解説を書いてくれたのは、実在の渋谷先生なんですよ。
東大という幻想
西岡 東大に合格するのにはたくさんの努力が必要です。苦労が大きいからこそ入学後には「楽園」が待っているという“幻想”を抱く人は多い。でもそんな学生たちは、「ここから先はあなたの人生だから好きにしていいよ」って言われると、どうしたらいいかわからなくなる。だけど苦労して手に入れた「東大生」というプライドは手放せないから、どんどんこじらせていく。
池田 そういう学生は、就職活動で「東大までの人」と言われています。
西岡 池田さんの『東大なんか入らなきゃよかった』に登場しますね。僕のまわりにも、そういう人います。
池田 「東大」を冠したテレビ番組が人気ですが、ステレオタイプな「東大像」に大きな違和感があって。だから、違った視点から東大を書きたかった。
西岡 池田さんの単行本は2020年に出ましたが、衝撃が大きくて、面識がなかったのにもかかわらず池田さんに直接メッセージを送ってしまいました。
池田 じつは今回の文庫化に際し、ほぼ全文をリライトしたんですよ。データを最新にするのはもちろん、新規トピックも加えました。
西岡 読みながら「すげー、ここも新しくなってる!」と何度も叫んでしまいました。この本は二部構成で、第一部「あなたの知らない東大」では、学生たちの家庭環境や東大生の就職状況など、世間ではあまり知られていない「東大の実態」が書かれていますね。
池田 担当編集者は東大独自の進級制度「進振り(進学選択)」に驚いてました。東大生の学部学科が最終的に確定するのは二年生後半で、入学後の成績が悪いと希望学科に進めない。だから獣医師になりたいと思って東大に入学しても、「進振り」で獣医学科に入れないと、獣医師への道が絶たれてしまう。受験時に他大学の獣医学部を選んでいれば獣医師になれたのに、東大に入ったために夢が破れてしまうんです。
西岡 第二部「東大に人生を狂わされた人たち」では、東大卒業後、つらい現実にあえぐ人を取材されましたね。
池田 話を聞いたのは、メガバンクの銀行員、キャリア官僚、市役所職員、大学院生、地下街の警備員の五人。メガバンクで働く銀行員は、職場の慶應卒の先輩からいじめられたこともあり、心を壊して休職に追い込まれた。「東大卒」という肩書きを理由に、職場でいじめられるケースは他にもありました。
西岡 東大を卒業したらエリートコースまっしぐら、人生の勝ち組みたいに思ってる人も多いですから、反響も大きかったんじゃないですか?
池田 単行本の内容を抜粋したネット記事は三百万ページビューを超えたと聞きました。月二百時間超の残業に苦しむ官僚は、東大に入らなければ官僚にはならなかった、悲惨な人生を送ることもなかった、と語っていました。
西岡 最近は東大生の官僚離れも進んでいますからね……。
池田 今回は全員に対して追加取材を行いました。五年経つとみなさん状況が変わっていて。たとえば警備員だった齋藤さんはイラストレーターとして活動しており、この誌面で僕の写真に重ねられている絵は、齋藤さんに描いてもらいました。今回の文庫化では、最終的に約百四十ページ増えたんですよ。
西岡 この本は、まさに「裏の東大本」ですよね。アメリカなど海外でこういうアプローチの本が出ていたのは知っていましたが、日本では誰もやっていなかった。東大には、テレビをはじめとしたメディアから強い光が当てられています。でも、光が強いほど、影、闇も濃くなる。池田さんの本には、その闇がしっかり書かれていた。
池田 僕は新規性を重視していて、これまで世の中にはなかったという本にしたかったので、嬉しいです。
西岡 池田さんは東大生を「天才型」「秀才型」「要領型」に分けていましたが、とても腑に落ちる分析でした。
池田 僕は自分のことを「要領型」だと思っていますが、西岡さんは、ご自身はどのタイプだと思いますか?
西岡 うーん、天才じゃないし、要領もよくないから、「秀才型」かなあ?
池田 僕は、西岡さんは「外れ値」だと思っています。
西岡 ええ!?
池田 東大には毎年約三千人が入学しますが、西岡さんみたいなことする人は十人もいませんよ。大学側も興味を持って、じーっと観察しているのでは。
西岡 「出る杭」は嫌われるから(笑)
池田 「東大なんか入らなきゃよかった」と思ったことはありますか?
西岡 僕ほど「東大に入ってよかった」と感じてる人間はいないと思いますよ。僕が東大に合格したかったのは、自分を変えたかったから。東大に入っていなかったら、今の自分はない。本を書いたり、社長をすることもなかった。
池田 僕は、東大ってものすごく複雑な形をした立体だと思うんですよ。どこから見るか、誰から見るかでまったく違う形に見える。東大に入って幸せになった人もいれば、人生が狂ったり、不幸になってしまった人もいる。たとえば「進振り」について、僕たち二人の本は異なった評価をしていますし。
西岡 テレビなんかで取り上げられている東大は、同じ方向から見ているものばかり。でも、一つの視点からじゃ、東大という複雑な立体は正しく理解できない。
池田 だから僕たちの本は、ぜひ二冊セットで読んでほしいですね。

現役東大生はもちろん、東大をめざす受験生や東大に入らなかったかつての受験生にぜひ読んでほしい2冊
(にしおか・いっせい 文筆家)
(いけだ・けい 文筆家)
著者プロフィール
池田渓
イケダ・ケイ
1982(昭和57)年、兵庫県生れ。東京大学農学部卒業後、同大学院農学生命科学研究科修士課程修了、同博士課程中退。出版社勤務を経て、2014(平成26)年よりフリーランスの書籍ライターとして活躍。共同事務所「スタジオ大四畳半」在籍。