ぼく東綺譚
473円(税込)
発売日:1951/12/27
- 文庫
愛の枯れる街で出会った、作家と娼婦、ふたり。私娼街・玉の井を舞台に描く、社会諷刺に満ちた荷風の最高傑作。
小説「失踪」の構想をねりつつ私娼街玉の井へ調査を兼ねて通っていた大江匡は、娼婦お雪となじむ。彼女の姿に江戸の名残りを感じながら。――二人の交情と別離を随筆風に展開し、その中に滅びゆく東京の風俗への愛着と四季の推移とを、詩人としての資質を十分に発揮して描いた作品。日華事変勃発直前の重苦しい世相への批判や辛辣な諷刺も卓抜で、荷風の復活を決定づけた名作。
書誌情報
読み仮名 | ボクトウキタン |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 144ページ |
ISBN | 978-4-10-106906-7 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | な-4-3 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 473円 |
担当編集者のひとこと
「波」巻末を飾る名物連載、川本三郎さんの「荷風の昭和」がいよいよ昭和十一年に突入しました。つまり二・二六事件が起き、永井荷風が『ぼく東綺譚』を執筆した年です(東京・大阪朝日新聞での連載は翌十二年)。
ひさびさに新潮文庫でこの名作を読むと、年齢のせいか、身にしみました。六月末から九月の終わり頃まで、わずか三か月ほどの「わたくし」(大江匡。数えで五八歳の作家)と玉の井の娼婦(お雪。二六歳)との交情の物語ですが、何よりこたえられないのは、移りゆく季節感(および時の流れ)の嫋々たる描き方。滅多にそんなことは思わないのですが、ここには人生がある、という気になります。
とりわけ、へええと唸ったのは、あとがきのような「作後贅言」でした。『ぼく東綺譚』本文は、男の身勝手な思いからお雪から離れることになり、「ここに筆を擱くべきであろう」と書いてから、お雪とのありうべき再会を空想したり、稲妻に照らされた横顔を思い出したりしながら、詩のようなものを書きつけて終わります。尻切れトンボを風情にしたような終わり方。
そのあとに「作後贅言」が来る。ここでの「わたくし」はもう大江匡ではなく、荷風そのままですが、しかしこれも『ぼく東綺譚』の一部だと言いたくなるような詩情と面白さがあります。『ぼく東綺譚』は大江が「失踪」という〈小説内小説〉を構想するところから始まりましたが、「作後贅言」まで至ると、『ぼく東綺譚』自体が〈随筆内小説〉になるような、不思議な読後感がやってきます。
お雪との仲が深まるのは、ちょうど今の季節。ひさびさにいかがですか?(出版部・K)
2020/08/27
著者プロフィール
永井荷風
ナガイ・カフウ
(1879-1959)東京生れ。高商付属外国語学校清語科中退。広津柳浪・福地源一郎に弟子入りし、ゾラに心酔して『地獄の花』などを著す。1903年より1908年まで外遊。帰国して『あめりか物語』『ふらんす物語』(発禁)を発表し、文名を高める。1910年、慶応大学教授となり「三田文学」を創刊。その一方、花柳界に入りびたって『腕くらべ』『つゆのあとさき』『[ボク【サンズイに墨】]東綺譚』などを著す。1952年、文化勲章受章。1917年から没年までの日記『断腸亭日乗』がある。